第2話
帰宅して、昨日までと変わらない家族とのやりとりに、ももは自分が白昼夢でもみたんじゃないかと思うようになっていた。
(結構暗くなってても、白昼夢っていうのかなぁ)
自習するからと伝えて、家族のいるリビングから出て二階に上がる。自室のドアノブに手をかけて、ふと思いつく。
(これって…開けたら居たりするやつ!?)
得体の知れない、人外ながら男の形をしたそれは、あの後こう言った。
「また後で。」
その口元がふわりと上がる。うさんくさいとは思いつつ、ももは計らずも見とれた。
(きれい)
ぼうっとして相手をじっと見つめると、一陣の風がさっと吹いた。そして、桜の木陰の中に細く散る月光に溶けるように、男は消えてしまった。
ももは我に返って周囲を見回す。
(え?)
人影はなかった。ほんの少し前、自分が歩いて来た遊歩道と何も変わらない、日常の風景だった。
心なしか桜並木は声を潜めた。なお一層輝きを増した銀の月が、いよいよ高みに登ろうとしている。
ももは少し躊躇したのち、ドアを開けた。
「ええい、ままよ!」
自室を急いで見渡す。何も変化は見られない。
(浮いてるとか?!)
天井の四隅まで目視して、何も変わっていないことがわかると、出鼻をくじかれたような気分になってドアを閉めた。
ドアノブを離すと掌の筋肉がふっと緩んで、肩の力が抜ける。
「なあんだ、いないじゃん。」
知らぬうちに力がこもっていた自分が滑稽に思えて、ふうっとため息をつきながらお気に入りのビーズクッションに腰かけた。
(なんだったんだろ、あれ)
通学かばんからスマートフォンを取り出して、いつもやっているようにのんびりとリラックスする。そういえばと思い立ち、撮り溜めていた写真や動画を整理しようと手を動かし始めたところで、眉間にしわを寄せて画面を睨んだ。
そこに写っているのは、ももよりひとつ年上の、他校の男子中学生だった。友達の知り合いがいるからと誘われてついて行った文化祭で、たまたま知り合った仲だった。その場の流れで連絡先を交換したらマメに連絡が来て遊ぶようになり、夏休み前に告白されて付き合いはじめた。
夏休みにも何度か遊びに行ったし、毎日のように連絡をとっていた。ももは心底不思議に思った。
(全然、疑いもしなかった。連絡マメだったし。)
いったいどうやって立ち回っていたのだろうかと想像すると、それまで優しくて洗練された雰囲気に感じていた相手の印象が、全く違うものに変貌していく。
別れは唐突だった。休日に大きな駅の繁華街で友人と待ち合わせていたら、たまたま相手も同じ場所にいたのだ。
当然話しかけたももは、相手の態度に初めて違和感を持った。焦っているような、何か隠している様子におかしいと思った。ほどなくしてそこに見ず知らずの女がやってきて言った。
啓介、どちらさま?と。
ももはじっと男を見つめた。「友達。たまたま会った。」というその横顔を、他人事のように妙に冷静に眺めていた。
ももはにっこり笑って、女に言った。
「こんにちは」
そして男に向かって言った。
「デートの邪魔してごめんね。じゃあね。」
すぐにその場を離れると、ももは友人と別の場所で落ち合い、ケーキビュッフェに突入していった。
ももはベッドにゴロゴロしながらぼやいた。
「そのうえ三股って」
寝返りを打つ。
「なんかむしろひくわ。」
それでも人間の男なんかよりもずっと理解不能なあの男の、三股の話はすんなり信じてしまう自分はどうなんだろう。やっぱり今でも騙されやすいのだろうかと、自分でも呆れる気がした。しかし、あれに遭遇した後、不思議と鬱屈とした気分が軽くなっている。案外いい体験だったのかもしれない、と思い至った。
「ああいうのって…タヌキとか、キツネとか?化かされた~みたいな、あはは。」
「キツネはどうかな。タヌキはまぁ、うん、違うな。」
驚いてももは持っていたスマートフォンを落っことした。寝転がって腕を伸ばした体制だったので顔面で受け取る羽目になった。
「いった!!え!?え!?」
「入るぞ。」
慌てて起き上がったももは何もない空間にキラリと何かが煌めいたのを見つけた。と思うと、ふわりと光が広がって男が降りたった。
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