もう一巡、不遜な弟子
私は幼い頃から、確信があった。
私は前世というものを、おぼろげながら覚えていた。
そこでの私は王子であり、仙人であり、戦士であり、度々苦しみに喘いでいた。そして、それを救ってもらったこともある。
私はこの地で、師から寺を任されるほどに大成した。
私の確信は日に日に大きくなる。私は今生で、この輪廻の渦を閉じることだろう。
その前に、やることがある。私の後任者を決めねばならない。
さてはて、誰がいいか。そう言えば今日は、異国から来訪者があるという。
彼も同じ道を志す同胞と聞くが、異国はまだまだ発展途上だ。我々の築いてきた文化が分かるだろうか。
◇
私の後任は、彼しかいない。
そう思っていたが、あっさりと断られてしまった。邦に帰って寺を開くそうだ。
彼は語学が堪能で、梵字まで習得してしまったからこちらに移住するのだと思っていた。
私ももう長くない、彼との交流を絶やさないように後任者には言い含めておかねば。
「失礼します」
床に臥せる私の下に、弟子たちがやってきた。
その中には彼もいる。
弟子たちは次々に私を気遣う言葉を述べていく。みんな、私のかわいい弟子だ。
そして、最後に弟子たちに促されて彼が言葉を述べる。
彼は最初合った時と変わらぬ、自信に満ち溢れた表情で口を開いた。
「師匠。あなたは東の地で、私の弟子として生まれ変わるでしょう」
その言葉を聞いた弟子たちは、彼の胸ぐらを掴んで罵り出した。確かに、師に向けるには許容されぬ発言であっただろう。
それはつまり、私が悟りには至れず、あまつさえ自分の下につくと宣言しているのだから。
「貴様――」
「よい、みなのもの。下がれ。彼だけ残して、な」
私は弟子たちを下がらせた。
弟子たちは納得のいかない表情だったものの、渋々と外に出て行く。
「……さて、異国の弟子よ。何故そのようなことを言う?」
私の問いに、彼は答えない。
「君は優秀だが、人を軽んじる人間ではなかったはずだ」
「ええ、私は人としての礼を弁えているつもりです。先ほどのは、予言です」
彼は不敵に笑う。
「予言、とな」
「巡り、巡りて。もう疲れたでしょう。ですが、あと少し辛抱いただきたい。私が――我が成すものを見るまで」
私は、彼の正体に気づいた。
まさか、彼が彼の者だとは思わなんだ。わざわざ、私の弟子になるなんて。
「奴の教えに則るのは癪だが、お前に教えを請うのは幾分マシだ。我がここまでしてやってるんだ。解脱するのを先延ばししても構うまい?」
「……ふふ、なるほど。これは身に余る光栄ですな。いつぞやの神様が我が弟子になっているとは」
「次は、お前の番だ。お前が私の弟子になる。私の残したものを見て行ってくれ」
不遜だが、彼の目は真剣で嘘がない。目の奥には宇宙が煌めき、人間ではない絶対的な存在が伺える。
だけど、そこにある意思は尊いものだ。
悩み、苦しみ、一歩を踏み出したのだろう。人間の編み出した教えを学ぶ一歩を。
「それでは、楽しみに待っております」
「ああ、任せてくれ。我はお前が逝ったのを見届けたら、邦に戻る」
東へ、東へと。最後の地は極東か。
それも、楽しみである。
◇
東の地で生まれし、ある僧。
かつて偉業を成し得た開祖の流派を復興させる。
教えを再び興した彼は、大師として祀られることとなる。
「あなたの弟子として、あなたの偉業を見届けましたぞ」
遍く神と巡る人間 古代インドハリネズミ @candla
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