七巡目、月の兎
我は再び、退屈していた。
退屈はしていたものの、日課となっていることがあった。
かつての王子、かつての王仙、かつての雷神の息子の生を観察することだ。
奴はあれから、仙人を目指すことが多くなった。どこぞの王の息子として生まれても、仙人に弟子入りしてはこの世の真理を探究しようとする。
苦行を重ね、神通力を得ても求めるものが手に入らないのか、奴は落胆したままに死ぬ。
今回もそんな仙人に至る苦行者の道半ば。奴の生はかつてのように我の興味を引くものではない。
だが、我はそんな奴から目が離せん。理由はわからないが、奴をそのままにすることに嫌悪感を覚えるのだ。
時には仙人の振りをして奴に近づいた。奴に
されども奴は、満足しないのだ。首を傾げ、やがて漠然とした不安を抱えながら死んでいく。
理想の王に戻そうと、戦士の心得を説いてやったこともある。
だが、奴は怯えて逃げていくのだ。戦うということを強く忌避している。
苦行中の奴は何の因果か、かつての五兄弟とその妻が登った山にいた。
しかし、今回も奴はこれまでだ。酷使した体が悲鳴を上げ、死にかけている。
最期の力を振り絞って火を焚き、体を温めているがもう遅い。何か口にせねば死んでしまうだろう。
我は熊に擬態し、奴に近づいた。不思議と他の動物たちも奴に寄ってきていた。
ヘビ、ウサギ、タヌキ、タカ。そして
我らは同時に、山のあちこちに散った。食べ物や水を探しに行ったのだ。
我は魚と果実を取ってきた。この大きな体でなければ取れないだろう。
道中、ヘビを見かけたが口の中に何かを加えていた。ネズミだろうか。
タヌキやタカも、水や木の実を集めていた。そして、我はウサギを見てあることに気づく。
ウサギの奴はかつての聖仙、かつての亀、かつての太陽神の息子であると。
我は奴に襲いかかり、足を切り裂いてやったが仕留めるには至らなかった。だが、奴は修行僧の下に食料を持ってたどり着くことはできないだろう。
我が空腹にあえぐ奴の下へ行くと、既にヘビ、タヌキ、タカが集めた水や木の実を差し出していた。
奴は水や木の実を口にしたが、ネズミが生きているのを見ると逃がしてやっていた。我が魚を差し出しても、奴は川へ戻してやってくれと弱々しく微笑むだけだ。
肉を食わねば、生きられん。生きてはいけん。奴が虫の息なのは変わらない。
やがて、忌々しいことにウサギがやってきた。
ウサギは修行僧の下へたどり着くと、引きずる足を隠して言った。
「お坊さん、すみません。私はあなたにあげられるものを何も見つけることができませんでした」
流石の我も、奴の前でウサギをくびり殺すことはできない。
「いいんですよ、ウサギさん。その気持ちだけで、どんなに嬉しいか」
微笑を浮かべる奴を見て、ウサギは顔を強張らせて火に突っ込んだ。
これには、我も驚いた。修行僧も驚愕して、苦しい体を起こして火に近づく。
「ウサギさん! いったい何をするんです!」
「私はあげられるものがありません。なので、私を食べてください……お坊さん」
火に包まれているというのに、ウサギの声は穏やかだ。
修行僧は、枯れた体から涙を流す。
火はウサギを焼き、その煙が天に昇る。頑なに肉を食らおうとしなかった僧は、ウサギの意思を無駄にしないためか火に手を伸ばした。
そこで力尽き、僧侶は息絶えた。
後に残された我は、いたたまれなくなって姿を消した。
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