三巡目、兄殺しの王子

 またも王子にして、王にして、王仙にして、ただの人となった奴は輪廻の荒波に揉まれる。

 その魂は悲鳴を上げ、苦しげに震えている。


 次の生で、立派な王になってもらう。







 なんと、あの聖仙にして原初の亀も転生することに気がついた。よりにもよって王子にして王にして、王仙であった奴の家系に生まれてくるのだ。

 我があれほど口を酸っぱくして唱えないようにと伝えていた真言マントラをあの小娘が唱えてしまったせいで、太陽の子が生まれようとしている。

 忌々しく、奴と寄り添った亀の魂を宿して。


 太陽神の子として生まれた子は、我の囁きによって川に流された。

 いずれ王族の下に嫁ぐ娘。愚かな娘よ。いま父なき子が生まれようなら、縁談は破談になる。

 いっそのこと川に流してしまえ。


 その後、かつての王仙は五兄弟の三男として生まれた。そう、六兄弟ではなく、五兄弟の。

 三男はすくすくと育ち、弓の名手にして勇敢な戦士、頭も良く度胸のある王に相応しい王子となった。

 兄弟たちも我の授けた真言マントラによって神の子として生まれている。

 長兄、道徳神の息子。次男、風神の息子。四男五男の双子、双神の息子たち。

 そして三男、雷神にして神々の王の息子。

 いずれ来る、百人兄弟との戦争が待ち遠しい。


 そうして我も、兼ねてより準備していた化身としての姿が成長した。

 戦車の御者として、そして王子の友人として生きていく運命。我の優秀な化身である。


 ある時、三男を見かけた。奴は女装して宮廷に潜り込んでいた。


「見ろ、パーンドゥだ」

「うん?」


 兄はわからなかったようだが、我にはわかった。

 パーンドゥの五兄弟が三男よ。いずれお前は、我の引く戦車に乗るのだ。


 またある時、三男は太陽神の子と対決した。太陽神の子はかつての聖仙としての前世から考えられないほど、劣等感に塗れていた。

 捨てられ、拾われた先は異なる階級同士の夫婦。合いの子として世間から疎まれてきたのだ。

 正当な王家の子として成長した三男と相対し、太陽の子は黄金の輝きに塗れながら卑屈になっていた。

 愉快、愉快である。

 三男も奴を敵として認識し、晴天に雷鳴が轟いた。






 なぜ泣く、勇者よ。


 三男は泣いていた。

 我が神々の詩を詠んでやったというのに、戦士の心得を、この世の真理を説いてやったというのに、敵を打ち倒したというのに、王となるべき王子は泣いている。


 敵が戦車から降り、マントラ真言を思い出せないでいる間。そのチャンスに三男はためらっていた。

 我が『グズグズするな! 殺せ!』と叫ぶと、三男は弾かれたように弓を放った。そして、敵を打ち倒したのだ。

 敵の首は太陽の方に飛び、体には西日が差していた。


「勇敢だった。勇者だよ、君は」

「……僕は、兄を殺してしまった……和解することはできなかったんだろうか……」


 また、甘いことを言っている。


「できるわけがない。奴は百人兄弟の思想に染まりすぎた。運命は決まっていたんだ。あの選択の時、百人兄弟の長子は軍隊を、お前は俺を選んだ。戦争の結末も、決まっていた」

「そうだろうか……」


 やがて、戦争は百人兄弟側の敗北で終わる。

 長く苦しい、得るものの無い苦行のような戦争は終わった。

 しかし、悲劇は続いた。破壊神の力を受け継ぐ男に、五兄弟の息子たちが皆殺しにされてしまったのだ。

 そして、我が化身の身を手放してから五兄弟は王位を受け渡し、それぞれが霊山を目指す。その道半ばで息絶えた。


 今生の罪を洗い流すため、五兄弟とその妻は地獄に落ちる。

 功徳を積んだはずの道徳神の息子は疑念の渦に包まれ。

 戦で大きく功績を上げた風神の息子は怒り狂い。

 医療を司る双神の双子は傷つき、やつれた。


 そして、太陽神の息子は覚悟ができていたのか、目を閉じ。

 雷神の息子は絶望し、同じ地獄にいる太陽神の息子に助けを求めた。

 すぐにでも引き離してやりたいが、地獄は我の管轄ではない。


「助けてくれ、助けて……に、兄さん」

「初めて兄と呼ばれたな、お前に。昔は殺し合った仲だが、今は……悲しみと慈しみを覚えるよ」


 地獄の、輪廻の荒波に飲まれながら兄弟は手を取り合う。


「今はただ、耐えるのみ」

「耐え、る?」


 三男は絶望の表情を色濃くして、自らが首を刎ねた太陽神の息子を見つめる。


「そう、俺が何とかする。この苦しみからの救済を」


 太陽の息子の言葉に、三男の表情がいくらか軽くなる。

 我はそれを、ただ見ていることしかできなかった。

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