三巡目、兄殺しの王子
またも王子にして、王にして、王仙にして、ただの人となった奴は輪廻の荒波に揉まれる。
その魂は悲鳴を上げ、苦しげに震えている。
次の生で、立派な王になってもらう。
◇
なんと、あの聖仙にして原初の亀も転生することに気がついた。よりにもよって王子にして王にして、王仙であった奴の家系に生まれてくるのだ。
我があれほど口を酸っぱくして唱えないようにと伝えていた
忌々しく、奴と寄り添った亀の魂を宿して。
太陽神の子として生まれた子は、我の囁きによって川に流された。
いずれ王族の下に嫁ぐ娘。愚かな娘よ。いま父なき子が生まれようなら、縁談は破談になる。
いっそのこと川に流してしまえ。
その後、かつての王仙は五兄弟の三男として生まれた。そう、六兄弟ではなく、五兄弟の。
三男はすくすくと育ち、弓の名手にして勇敢な戦士、頭も良く度胸のある王に相応しい王子となった。
兄弟たちも我の授けた
長兄、道徳神の息子。次男、風神の息子。四男五男の双子、双神の息子たち。
そして三男、雷神にして神々の王の息子。
いずれ来る、百人兄弟との戦争が待ち遠しい。
そうして我も、兼ねてより準備していた化身としての姿が成長した。
戦車の御者として、そして王子の友人として生きていく運命。我の優秀な化身である。
ある時、三男を見かけた。奴は女装して宮廷に潜り込んでいた。
「見ろ、パーンドゥだ」
「うん?」
兄はわからなかったようだが、我にはわかった。
パーンドゥの五兄弟が三男よ。いずれお前は、我の引く戦車に乗るのだ。
またある時、三男は太陽神の子と対決した。太陽神の子はかつての聖仙としての前世から考えられないほど、劣等感に塗れていた。
捨てられ、拾われた先は異なる階級同士の夫婦。合いの子として世間から疎まれてきたのだ。
正当な王家の子として成長した三男と相対し、太陽の子は黄金の輝きに塗れながら卑屈になっていた。
愉快、愉快である。
三男も奴を敵として認識し、晴天に雷鳴が轟いた。
◇
なぜ泣く、勇者よ。
三男は泣いていた。
我が神々の詩を詠んでやったというのに、戦士の心得を、この世の真理を説いてやったというのに、敵を打ち倒したというのに、王となるべき王子は泣いている。
敵が戦車から降り、
我が『グズグズするな! 殺せ!』と叫ぶと、三男は弾かれたように弓を放った。そして、敵を打ち倒したのだ。
敵の首は太陽の方に飛び、体には西日が差していた。
「勇敢だった。勇者だよ、君は」
「……僕は、兄を殺してしまった……和解することはできなかったんだろうか……」
また、甘いことを言っている。
「できるわけがない。奴は百人兄弟の思想に染まりすぎた。運命は決まっていたんだ。あの選択の時、百人兄弟の長子は軍隊を、お前は俺を選んだ。戦争の結末も、決まっていた」
「そうだろうか……」
やがて、戦争は百人兄弟側の敗北で終わる。
長く苦しい、得るものの無い苦行のような戦争は終わった。
しかし、悲劇は続いた。破壊神の力を受け継ぐ男に、五兄弟の息子たちが皆殺しにされてしまったのだ。
そして、我が化身の身を手放してから五兄弟は王位を受け渡し、それぞれが霊山を目指す。その道半ばで息絶えた。
今生の罪を洗い流すため、五兄弟とその妻は地獄に落ちる。
功徳を積んだはずの道徳神の息子は疑念の渦に包まれ。
戦で大きく功績を上げた風神の息子は怒り狂い。
医療を司る双神の双子は傷つき、やつれた。
そして、太陽神の息子は覚悟ができていたのか、目を閉じ。
雷神の息子は絶望し、同じ地獄にいる太陽神の息子に助けを求めた。
すぐにでも引き離してやりたいが、地獄は我の管轄ではない。
「助けてくれ、助けて……に、兄さん」
「初めて兄と呼ばれたな、お前に。昔は殺し合った仲だが、今は……悲しみと慈しみを覚えるよ」
地獄の、輪廻の荒波に飲まれながら兄弟は手を取り合う。
「今はただ、耐えるのみ」
「耐え、る?」
三男は絶望の表情を色濃くして、自らが首を刎ねた太陽神の息子を見つめる。
「そう、俺が何とかする。この苦しみからの救済を」
太陽の息子の言葉に、三男の表情がいくらか軽くなる。
我はそれを、ただ見ていることしかできなかった。
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