2-10
「フリードマン。なぜお前がここにいる?」ジャックが言う。
「おい、なんのジョークだよ?」キティは銃を向けた。
青年は首を横に振ったあとで、話し始めた。
「君達は大きな勘違いをしている」
「勘違いだって?」
「私はフリードマンではない。彼は私と同一の肉体を持ってはいるが、複製に過ぎない」
「何言ってんだこいつ?」キティが言う。
「複製だって?」
ジャックもキティも、青年の言葉に混乱する。どう見ても、彼は先ほど自分たちと対峙した男。フリードマンに見える。
「ハオレン、これはどういうことなんだ?」ジャックが老人に尋ねる。
「彼が会いたいというから屋敷に入れただけだ。むしろ貴様らが知り合いなら説明してもらえると思っていたのだがね」ハオレンは肩をすくめて見せた。
どうやらハオレンも状況を把握できているわけではないようだった。そうであるなら、この場は青年に説明を求める以外にないだろうと、ジャックは判断する。
「ジャック、悲しいね。君は私のことを忘れてしまったようだ」青年が言う。
「さっきも久しぶりだと言ったな。あなたがフリードマンじゃないとすれば、僕とは面識がないはずだ」ジャックが言う。「名前だってまだ聞いていない」
「まずは座ったらどうだい? 長話になるかもしれない」青年は座布団に座る。
二人は長机を挟んで、対面に座った。ハオレンは青年の隣に腰を下ろす。
「私の名前は……、古い名前で申し訳ないがアルメルとでも呼んでくれ」青年は名乗る。「ところでジャック。君は私を見て、何も思いださないか?」
「残念だけど」ジャックは首を横に振る。
「千年前に会ったと言っても?」
「まさか、知り合いはみな死んだはずだ」
「君に薬を与えた」
青年の言葉を聞いて、ジャックは顔を歪ませた。古い記憶が蘇る。イングランドの戦場における、自分の最期。そして怪物としての始まりを。
「なぜ、いまさら僕の前に現われた?」
「必要だからさ」
「僕が必要だったときは影も掴めなかった」
「本来ならこんなに早く、再開する予定はなかったよ」
「ずっと探していたんだぞ!」ジャックの声は震えていた。
「結局どういうことなんだよ? ジャック、そいつは敵なのか?」キティが言う。
「私は君達の敵ではない。ただ頼みごとをしに来たんだ」
「頼み事だと?」ジャックは彼を睨みつける。
「君の望みを叶えることにも繋がる」
「僕の望み?」
「死だ。私は報酬として、君に死に方を教える」青年は微笑む。「ずっと私を探していたのは、その方法が知りたかったからだろう? 今回の事件を追っていた理由だって、そのはずだ」
「死に方を教えてやるだって? 死ぬためって、何を言ってんだこいつ」キティはそう言って、横にいるジャックの方を見る。ジャックは彼女の視線に気がつくと目を伏せた。
「私が作った不死の薬だ。その終わらせ方だって知っている」青年が続ける。「君はずっと死にたかったんだろう?」
「それ本当なのか? あたしはあんたが……、死ぬための手伝いをしてたってことなのか?」キティが言う。
「今回もどうせ、何もわからないと思っていた。でも、いや、違うな。僕は銀の薬を追えば、自分が死ぬ方法が見つかるかもしれないと期待していた」
「最低だぜ。友達が死ぬ手伝いをしてたなんてさ」
「言ったら止めただろう?」
「そうだな。知ってたら、絶対止めてた」
「死ねないことは、永遠に失い続けることだ。僕が本気で信じていた神様は、今じゃコミックのヒーローに過ぎない。ヴァルハラは今じゃただのお伽噺だ。仮に故郷に戻ったとしても、僕が懐かしいと思えるものは一つも残っていない。千年経てば、全てが変わってしまう。信仰も、信条も、必要なものは、何も残されてはいない」
「それが死ぬ理由?」キティが問いかける。
「そうだよ、キティ。僕は何百年も前から死にたいと思っていた」ジャックが答える。
「初めて会った日に言ったよな? 『僕は死なないから、ずっと一緒にいられる』ってさ」
「違う。『僕は死ねないから』だよ。あのときは諦めていた」
「事情が変わったから、あたしとはさようならか?」
「僕がもし、本当に死ねたら。そうなるのかな」
アルメルが咳ばらいをした。他の三人は同時にそちらを向く。
「私の頼みはきいてもらえるのかな」
「ああ」ジャックが返事する。
「フリードマンを殺してほしい。彼は私の望みから外れてしまった」
「彼は何をしたんだ?」
「下僕の身で、私の知識を盗み。不完全な薬をばらまいている」
「貴様、不完全と言ったのか?」今まで黙っていたハオレンが口を挟む。
「そう不完全。あれは不死のなりそこないを産む薬だ」アルメルは語る。「なりそこないは姿すらも人間を逸する。不死人とは違う、意思のない化け物だ。それが街に溢れたらどうなると思う?」
「地獄だ」ハオレンが言う。
「フリードマンは何のために、そんなことをする?」ジャックは尋ねる。
「私を引きずり出し、捕える。不死の知識を手に入れるために」アルメルは答えた。「ただそれだけのために、奴は小さなカルト教団に手を貸した」
「彼には部下がいた」
「それが教団だろう」
「わかった、彼はどこにいる?」
「もうすでに札幌にはいないだろう」
「打つ手なしか?」
「いや、彼の拠点を知っている。おそらくはそこにいるはずだ」
「向かおう。どこにある?」
「北加伊道の最北端だ」アルメルは言った。
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