ヴァルハラは何処にも無い

3-1

 ジャックとキティは、札幌から出発して最北端である稚内へと向かう汽車に乗っていた。車窓から見える景色は汽車が札幌を離れるほど、文明が遠ざかっていくように感じられる。建物らしい建物は次第に見えなくなっていき、雪を被った針葉樹ばかりが目に飛び込んできた。

 汽車は観光用の豪華な寝台列車で、アルメルが二人分のチケットを用意してくれた。頼み事があるなら当然と言えば当然だが、ジャックは旅路はもっと過酷なものになると考えていたので素直に嬉しかった。窓から視線を移す。自分が座っている席の向かいにいる、キティを見た。

「あたしはまだ納得してない」キティが言う。

「じゃあ、なんでついてきてくれたんだ?」ジャックはきいた。

 キティは質問に答えずに、帽子を深く被りなおした。ジャックからは表情が見えない。

「君がついてくる理由はないはずだ」

「うるせえよ」

 彼女は席を立ち、通路を通って食堂車の方へと行ってしまった。残されたジャックは溜息をつく。しばらくして、キティが向かったほうの通路から制服を着た鉄道員がこちらに向かってきた。鉄道員の男はジャックの席の近くで立ち止まると声をかけてきた。

「切符を拝見」

「さっき見せたはずだ」

 ジャックが言うと、男は鉄道員の帽子を脱いだ。褐色の肌の青年、彼はアルメルだった。

「仕事を見張りに来たのか?」

「ちょっと話をしに来ただけさ。ここ空いてる?」彼はジャックの向かいの席を指差すと、返事を待たずに座った。

「そこはキティの席だ」ジャックは顔をしかめる。

「彼女なら今は食堂車のバーで酒を飲んでる。しばらくは戻ってこないさ」

「要件を言ってくれ」ジャックは再び溜息をつく。

「不機嫌だね。もうすぐ望みが叶うというのに。それともこの列車が気に入らなかったかな」

「強いて言うなら、あなたが気に入らない」

「どうして?」アルメルが尋ねる。本当に理由がわからないという顔だった。

「僕に不死を与えたくせに、今は死に方を教えると言う。なら、どうして最初に僕を不死にした?」

「君を死なせるのは私の本意ではない。単に君の最大の望みを、対価として示しただけのことだ」

「僕が別のことを望めば、それで支払うと?」

「そうだ」アルメルは頷いた。

「なぜ不死にした?」

 アルメルは少し考えるそぶりを見せた後で、微笑みながら言う。

「簡単に言うなら、友達が欲しかったからだ」

「なんだって?」

「永遠の孤独を理解できる友人が欲しかったんだ。だから、ずっと接触せずに君を見ていた。こんなことにならなければ、あと一万年は待つ予定だったよ」

「そんな理由で?」

「君は私がどれくらい長い時間を生きてきたと思う?」

「さあ、わからない」ジャックは首を振る。

「最初の文明が生まれたのと同じぐらい昔から、ずっとだ」

「そんな昔から、いったい何を?」

「私は観察が役目だ。ずっと役目を果たしてきた」

「ファンタジーの話か?」

 ジャックは笑ってしまった。アルメルの話はスケールが大きすぎる。自分の千年という時間が小さく見えるほどには。

「だから、本当は君に死んでほしくない」アルメルはそう言って、席を立った。

 アルメルが去り、キティの席には誰もいなくなった。

 ジャックは立ち上がり。食堂車の方へ歩き出す。そろそろキティを迎えに行くべきだ、と思った。

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