1-4

 四人死んで、一人が逃げて、最後の一人が残された。その最後の一人であるアフロの男は、キティに銃を向けられていた。

「まだ笑えるか?」キティは言う。「笑えねぇだろ」

「笑えるわけがねえ、なんなんだよ。そっちの化け物はよ」男はジャックの方を見て言う。

「特殊な体質なんだ」ジャックは言った。「そんなことよりも、ダグラス。返済金の話をしよう」

 アフロの男は、目の前にいる二人を交互に見てから口を開いた。

「何を勘違いしてるのかしらねえが。俺は、ダグラスじゃねえよ」

「変わった命乞いだな」キティが銃の撃鉄を倒した。「それで、そうですか、なんて納得すると思うか?」

「おい! 本当だ!」アフロは後ずさりした。

「じゃあ、てめえは、いったい誰なんだ!」

「俺の名前は、ドレッド。俺は、ただ、あいつに雇われていただけ。ダグラスは、そこで、死んでるのがそうだ」

 アフロの男、ドレッドが指を差した方向には。最初の銃撃で死んだ男が倒れていた。

 そういえば、誰がダグラスなのか確認する前に銃撃戦になったのだ、とジャックは思い出す。彼の態度から、勝手に自分たちが勘違いしたらしい。

 ジャックはキティの方を見る。キティもジャックの方を見た。お互いの目が合い、しばらくの沈黙。少し考えたあとで、ジャックが先に口を開いた。

「キティ……、債務者が死んだ場合。借金は帳消しか?」

「いや、そうだとしても。帳消しじゃあ、爺さんが納得しないだろ」キティは深刻そうな顔をした。

「そうは言っても、困ったな」ジャックは再び、ドレッドに視線を戻す。「ドレッド。残念なことだが、ダグラスの借金は、君から徴収する以外になさそうだ。ダグラスの持っていた金か、または、価値のある物品でも良い。どちらかを君から受け取る必要がある」

「ダグラスは、爺さんから借りた金で薬を買って。それを売り捌いたはずだ。売り上げがどこにあるのか、お前、知ってるだろ」キティが言う。

「あいつは、儲けを全部使っちまったよ。最近付き合ってた、妙な団体に寄進したんだ」

「寄進だって? 相当の金額があったはずだ、それを全部、見返りもなしに払ったっていうのかよ。そんな馬鹿な話があるわけないだろうが」

「俺だって命が惜しい、嘘は言わないって!」

「寄付ではなく、寄進と言ったな。何かの宗教団体に渡したってことかい?」ジャックは訊いた。

「いや、あいつがそういう言葉を使っていたんだけで、俺は、詳しくは知らない。でも、デカい組織が絡んでる雰囲気だった」

「じゃあ、つまり、今回の仕事は。一銭にもならない、と」キティは口もとを歪めた。「ああ、ジャック。アタシ、いまにもブちぎれそうだ」

「ドレッド。何か、彼女の怒りを鎮められるようなものはあるかな。なければ、君は、おそらくだが、死ぬと思う」

「待ってくれ!」

「待たない、噴火三秒前」キティが言う。「チクタク、チクタク……」

「思い出した!」

「くだらないことだったら、殺してやる」

「頼む、信じてくれ。あいつが、大金と引き換えにして、たぶん、例の組織から受け取ったものだ」

「それは、くだらなくはないな」

 ジャックはキティの機嫌が、いくらか良くなったのを見て安心した。彼女の機嫌を損ねると、晩飯のメニューに影響するのだ。キティはストレスを、辛いものを食べて解消する傾向がある。二年前に、一度、彼女が作った激辛餃子は、ジャックのトラウマになっていた。

「そこに、ハッチがあるだろ。あの中にケースがあるはずだ」

 確かに、壁に六十センチ四方のハッチがある。ジャックは、そちらに近づいた。

「鍵は、ダグラスが持ってる」

「いや、いらない」

 ジャックはそう言って、ハッチの取っ手を掴み、強引に引き開けた。

「なんで、いちいち、壊すんだ」ドレッドが文句を言う。

「面倒だったからね」

 ハッチの中には、小さなジェラルミンケースが入っていた。こちらは三十センチが長辺の長方形で、頑丈そうだった。

「開けてみてよ。そのサイズなら、宝石か何かじゃないか?」キティは、もうすっかり機嫌がなおっていた。

 ジャックは、留め金を二つ外して、ケースを開いた。そして、キティに中身を見せる。

「なんだ、それ。砂時計?」

「いや、液時計だな。銀色の液が流れている」

 その液時計は、装飾のないシンプルな品で。木で作られた四本の柱に守られるようにして、膨らんだガラスが埋め込まれており、その中には、銀色の液体が入っている。

「こんなの、狸小路のお土産屋さんで、いくらでも買えるじゃねえか。やっぱりぶっ殺してやる、クソ野郎」キティは再び銃を向けた。

「待てよ! どうしてアンタは、そんなに気が短いんだ。大金と引き換えの液時計だぜ? それに、ダグラスはそいつを大切に守っていた。本当にただの時計なら、そんな風に扱わねえって」

「ドレッドの言うとおりだよ、キティ」ジャックは言う。「いや、まあ、何かの価値はあるかもしれない」

「ハオ爺に怒られるだろうな」キティは溜息をついた。

「今日は、僕もついていく」ジャックは言う。「二人いれば、叱責も二等分になるさ、キティ」

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