1-3
狭い路地を抜けて、また、抜けて。それを繰り返す。
「ここは海じゃないし、星も見えない。道案内は君に任せるよ」ジャックは言う。
「アタシの方も、あんまりあてにならないぜ」キティは首を横に振った。「正直に言うと、もう、かなり迷子だ」
「ダグラスは本当にこんなところに住んでるのかな?」ジャックは疑問を口にした。
「ここに住んでいるとは聞いたけどね、ここのどこにいるのかは分からない」キティは返す。
「キティ……、じゃあ、どうやって探すんだい?」
ジャックはキティを見つめる。キティは肩をすくめた。
「聞き込みするしかないだろうぜ。そこらの人間をつかまえて、くそったれなダグラスを見ませんでしたかって、言ってまわるんだ」
「ここの住民は、そう簡単に教えてくれるかな?」ジャックは辺りを見回した。「みんな、親切そうには見えない」
住民のほとんどは、半裸に入れ墨、注射の跡に、青い顔。遠慮を知らない、尖った視線。すれ違う人々は皆、チャーミングさに欠けている、とジャックは感じていた。
「仕方ないだろ、運に任せて歩き回るよりはマシだ」キティが言う。
「じゃあ、あそこの店で聞いてみるのはどうかな? 商店なら、ある程度ここらの人間を知っているだろう」ジャックは提案する。「まあ、君が言うようにマシってぐらいだけど」
そこは、肉屋だった。精肉台の上には、何かの動物の死骸が皮をむかれた状態で置かれている。店内は、血で汚れ、独特な異臭がした。店の中を観察していると、商品である豚の生首と目が合った。「こんにちは」とジャックは挨拶をしたが、もちろん首は返事をしなかった。
「遊びに来たんじゃないからな」キティが苦情を言った。
「どんなときでも、ユーモアは大切だろう?」ジャックは言う。
「豚の死骸に挨拶するのがユーモア?」
そんな会話をしていると、店の奥からアジア系の男が出てきた。彼はこちらをドロリとした目で見てくる。ジャックは彼の態度を見て、臆病そうな印象を受けた。
「店主だな?」キティが男に尋ねる。「ダグラスという名前の売人を探している。この辺りに住んでいるはずの男だ。詳しい居場所を知らないか?」
「なんだ、やっぱり客じゃないのか」男はそう言って、店の奥に戻っていこうとする。
「分かった、何か買っていくから! その代わり、ダグラスがどこに居るのか教えてくれ」キティが慌てて引き留める。「ほら、ジャック。腹減ったよな? 何か食べるだろ?」
「いや、昼なら食べてきた」ジャックが言う。だが、キティは彼を無視した。
「骨付き焼き、一本が二千円」店主が言った。
「随分と高級だな、あんた商売上手だよ。くそったれ」キティは財布を取り出す。
「情報料だ。ダグラスには俺のこと、絶対言うなよ」
結局、二千円と引き換えに情報を手に入れた。ダグラスは、涅槃場のさらに奥にある広場を根城にしているらしい。二人はそこを目指して再び歩き始める。
「これ美味しいね。今まで食べたことのない味だ」ジャックは骨付き肉に齧りつく。
「げっ、食ったのか?」キティは眉間にしわを寄せて、ジャックから少し身を引いた。「捨てちまえよ、そんなの」
「なんでそんなこと言うんだ? ただの照り焼きじゃないか」
「何の肉か分かんないだろ」
ジャックは黙って肉を捨てた。手についた油はズボンで拭う。それ以降、肉の話はしなかった。
また、いくつかの路地を抜けて、「広場」に出た。広場といっても、ただ建物の間隔が多少開いているというだけで。決して、野球ができるほどのスペースがあるわけではなかった。
そして、広場の端には、集合住宅らしきものがあった。それはやはり、今まで見てきた建物と同様に傷んでいた。コンクリート造の外観から浮くようなデザインの扉を見つける。極彩色のペンキで塗られた鉄製の扉は、目に痛いほどファンシーだった。
キティがドアノブに手をかけた。開かない。鍵がかかっているようだった。
「ノックしてみようか」ジャックが言う。「見たところ、呼び鈴はないみたいだから」
「聞こえなきゃ困るし、強めに叩いたら?」キティは答えた。
ジャックはドアを蹴った。ドアは留め金ごと、建物の内側に倒れた。金属製のドアは、滅茶苦茶にひしゃげていた。
建物の中には六人の男たちがいて。彼らは慌てて、こちらに銃を向けた。男たちの中に特徴的なアフロヘアの男を見つける。彼がダグラスだろうか。
「なんだ、居るんじゃないか」ジャックは無造作に部屋に入っていく。「居留守は失礼だろう」
「お前、いったい何者だ?」アフロの男が言った。拳銃はこちらを向いたままだった。
キティが中に入ってきて、質問に答えた。
「借金取りだ。ハオレン爺さんから借りただろ。お前が持ち逃げしたってんで、爺さんはカンカンだったぜ」
「覚えがないな。むしろこっちがドアの修理代を請求してぇぐらいだぜ」
男たちは笑った。
「面白いか? お前たちが払わないなら、殺しても良いって言われてる。決断は賢くやれよ」キティは腰のホルスターに手をかけた。
それを見た男たちはさらに笑う。
「ああ、面白いね」
一瞬の間があった。
「ぶっ殺せ!」アフロが叫ぶ。
号令を受けた男たちがキティに向かって発砲した。
同時にジャックが彼女の盾になるように動く。
弾は全てジャックに当たる。血が飛び散った。
キティはジャックの影から、横に飛んで。両腰の二丁拳銃を抜き撃った。
二発の弾丸が飛んで、アフロの両脇に居た男の頭に穴が開く。
ジャックは、真っ直ぐアフロに向かって突撃した。
男たちはジャックに向かって銃を乱射したが、勢いは止まらなかった。
「なんで死なない!」アフロの悲鳴。彼は殴られて吹き飛んだ。
ジャックに気を取られた男たちに向かって、キティが再び銃を撃つ。
また、男が二人死んだ。ここまで、ほとんど一瞬のことだった。
残された男は、持っていた拳銃を捨てて両手を上げた。それを見て、ジャックは彼にゆっくりと近づいた。男の躰は震えていた。全身から血を流しながら、平気で歩く、目の前の怪物が恐ろしかったのだろう。
「君は戦士か?」ジャックが男に問いかける。
「え?」男は質問の意味が分からなかった。
「仲間の仇を取りたくないか?」ジャックは自分の腰に付けていた、斧を男に差し出した。
「これを使って良い。武器を落としてしまったんだろう?」ジャックは微笑む。
「えっ、あっ……」男は思わず、斧を受け取った。
「じゃあ、決闘だ」
ジャックは、男の首を掴んで、ゆっくりと持ち上げた。
男は宙に浮いた足をバタつかせて、ジャックを蹴る。効果はなかった。
「違う」ジャックは穏やかに言う。「そうじゃなくて、斧を使うんだ。敵の腕ぐらい切り落とせなくてどうする」
男は言われた通りに、斧を振り回し始めた。
斧はジャックの躰を傷つけたが、手を放すほどではなかった。
「つまらないな」ジャックは切られながら、溜息を吐いた。
首から手を放す。男は落とされて尻もちをつく。
「もう、逃げて良い。だが斧だけは返してくれ」
男は酸欠になりがら、転げるようにして、逃げていった。
それを見ていたキティが文句を言う。
「何で逃がした? やっちまえば良いのにさ」
「彼は戦士じゃなかった」ジャックは斧を拾う。「それより、仕事を終わらせよう」
キティは倒れているアフロの男に向かって歩いていく。そして、彼のよこ腹を蹴り上げた。痛みで彼は床を転げまわる。ずっと起きていたらしい。
「寝たふりしてんじゃねえよ」キティは吐き捨てるように言う。
「そっちの彼も戦士ではなさそうだ」ジャックが呟いた。
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