一章「怪物ジャック」
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ジャックは、カレンダーを見ていた。一九六二年の十二月。それほど正確な記憶ではないが、自分が不死になってから。ほぼ、千年に近い時間が経ったことになる。年齢は、聖書にでてくる聖人どもに追いつきつつある、それを考えると笑えた。
「何、何? なんか良いことあったわけ?」
声の方を向く。そこにはキティがいた。彼女は今現在、ジャックと同居している。同居と言っても、恋人や家族というわけではない。奇妙な関係。無理にでもそれを言葉にするのなら、恩人か、あるいは、ビジネスパートナーだろうか。実際、ジャックは彼女の仕事を手伝っていたので、そういった意味でのパートナーであることは間違いない。
「キティ……、帰ってたのか? それならそれで、すぐに声をかけてくれたら良いのに」ジャックは顔をしかめた。
「いや、いま帰ってきたばっかりだからねアタシは」キティは微笑みながら言った。「で、だよ。帰ってきたら、あんたがニヤついてるのを見たわけ。そういうのって珍しいじゃん?」
「たいした理由じゃない。ただ、もうすぐ僕が千歳かなと思っただけだ」
それを聞いたキティは目を丸くして、眉毛を片方上げた。この表情は、様々な意味がある彼女の癖のようなもので、ジャックは度々目にしていた。今回はどんな意味を持つのだろうか、と考える。
「呆れた。それってたいしたことだろ。千歳……、はあ。それが本当なら、想像もつかないな」キティが言った。「もしかすると、誕生日のケーキは。蝋燭が千本か?」
「かもしれないね」
「すげえじゃん!」
キティの表情はほとんど満面の笑みだった。ジャックは、彼女がはしゃいでいるのを見ると嬉しくなる。それは彼女が恩人だからだろうと、ジャックは考えている。
「僕の話は置いといて。君の用事は済んだのかい?」ジャックは言った。
「あー、済んだよ。ハオ
彼女の言う、ハオ爺とは。二人が住んでいる、このアパートの持ち主であり、ここらで一番金利の高い金貸しでもある、ハオレンという老人のことを指していた。彼は、キティとは長い付き合いがあり、いつも仕事をこちらに寄こしてくる。仕事は大抵、借金の取り立てだった。今回もおそらくはそうだろう。
「今回、あの老人の毒牙にかかった、可哀そうな債務者はどこの誰かな?」ジャックは言った。
「そんなに、可哀そうでもないさ。ダグラスって名前のケチな売人だ。薬の元金をハオ爺から借りたくせに、売り上げだけを持ってトンズラしたんだとよ」キティはそこまで言って笑い始めた。「爺から盗むなんて、ガッツがあるよな。正直なところ、応援してやりたいぐらいだ」
「じゃあ、見逃すのかい?」ジャックは首を傾けた。
「まさか! しっかり、取り立てさせてもらうに決まってる。それに、奴はそうとう持ってるはずだぜ。爺の分を回収した後でも、あたしら二人の分が余計に残る。こんなにうまい仕事は久しぶりなんだからさ、あんたも気合入れろよな」
「わかった。すぐに出発か?」
「もちろん、準備が終わったらすぐに出かけよう。そうじゃないと、金が逃げちまう」
キティはそう言ってすぐ、自室に引っ込んだ。ジャックも何か準備をしようと、リビングを離れたが、彼が仕事に使う道具は一つぐらいしかない。自身が普段から使っているベットの上に、消火斧が無造作に置かれている。それを手に取り、専用のベルトで腰のよこに固定した。これさえあれば充分。
リビングに戻ると、キティも着替えて待っていた。冬用のコート、男物のスーツ、中折れ帽子。そして、腰には西部劇のようなガンベルト、といった格好をしていた。それはジャックのよく知る、彼女の正装だった。ガンベルトにはいつも通り、リボルヴァ―拳銃が二丁挿してある。
「もう準備は良いみたいだね。相変わらずの早着替えだ」ジャックは言う。
「いつでも、素早くってのが。師匠の教えだからな」キティは答えた。「で、あんたの方は?」
「いつでも出られるよ」
「よろしい。じゃあ、仕事の時間だ」
キティは玄関に向かう。ジャックはその後ろに続いた。
キティがドアを開けると、冬の乾いた空気が流れ込んだ。札幌の街は、今日も寒そうだ。きっと、ここだけではなく
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