第158話 そして……魔法は尻から出る。
『ま”ー!』
「おっ! ソファ、お前張り切ってるな! 久々だもんなー」
「うむ、なかなか乗り心地がいいぞ」
ぐんぐんと上空目掛けて飛んでいくソファゴーレム。
俺もレヴィアも、ソファの上に立っている。
流石に魔王が頭上にいるので、座っているのはいかんだろうと判断してのことだ。
横合いを飛ぶシュテルンは、骨の鳥を加速させている。
「どこまで行くつもりだ……!」
「なに、空には果てがある。そこで止まるから大丈夫」
俺が言うと、シュテルンは驚きに目を見開いた。
「空の果てだと……!?」
「この世界はな、半球状になっていて、なんか世界の果ての膜みたいなのに覆われてるんだ。そこが空の果て。だから、オルゴンゾーラはそこで止まるっていう寸法だ」
「うむ。奴を追い詰めて叩けばいいだけだな。腕が鳴る……! ところでウェスカー」
「なんです?」
「魔王は外の世界からやって来たそうだが、それはもしや、空の果てを貫いて落ちてきたのではないのか?」
「あっ、そうかもしれませんな」
俺はポンと手を叩いた。
もしそうなら、オルゴンゾーラは空の果てを突き抜ける手段を持っているということだろう。
ふむふむ。
「こりゃ逃げられそうですな」
「逃げられそうですな、じゃない! お前たちはどうしてそう呑気なのだ!? 魔王はこの世界を突き破って逃げ出そうとしているかもしれんのだぞ!?」
シュテルンが青筋を立てた。
だが、俺は別に焦ってなどいない。
「世界の外に逃げたら、外で決着をつければいいだろう。それに、あいつ、不完全なんだろ? うちの女王陛下が下半身をぶっ飛ばしたから、外に出たって別の世界まで飛べるか分からない。だから、戻ってくるぞ」
「うむ。魔王は生に執着している。あやつが死なずに世界の間を渡るためには、もっとこの世界の魔力やら何やらを吸い上げねばならぬだろうよ」
そこを叩く、と拳を固めるレヴィア。
「世界の外か……。もう戻れんかもしれんのだぞ?」
シュテルンが発した言葉は、本来なら重い意味かもしれない。
だが、これをレヴィアは笑い飛ばした。
「私の目的は、魔王オルゴンゾーラを倒すことだ! その後のことは、倒してから考える」
「ま、そういう事ですな。シュテルン、俺はこの辺は、レヴィア様に付き合うつもりなんでな。彼女と一緒にやってきて、これまでめちゃくちゃ楽しかったんで、こりゃあ最後まで一緒に行かなきゃ嘘だろう」
「そ、そなた。それはあれだぞ。聞き方によっては、プ、プ、プロ、プロポ」
「えっ!? 俺、似たこといつも言ってた気がするんですけど今更ですか!?」
「よく分からん連中だ。あの山中で出会った時から、変わらず貴様らの事はよく分からん」
なんとなく弛緩した空気が流れる……ような気がしたが、気のせいだった。
なぜなら、すぐ頭上に空の果てを背にした魔王が待っていたからだ。
『我が羽化は、不完全だった……! 世界を、世界そのものを我が蛹に作り変えねば……。世界を、我が蛹に……!』
魔王が触れている空の果て。
その色が、ゆっくりと灰色で硬質なものに変わっていく。
世界そのものを変質させようとしているのだ。
「ここが最後だ、オルゴンゾーラ!! 一度羽化した者が、再び蛹に戻ることはない! そして、お前にはここから先など無い!!」
シュテルンが剣を構えた。
彼のまたがる骨の鳥が加速する。
いきなり突っかけたなあ。
骨の鳥は速い。とにかく速い。
どうやら、これを作り出すために、イヴァリアが全ての魔力を注ぎ込んだらしい。
シュテルンの意のままに、空を超高速で駆け巡る。
『オオアアアアアアッ!!』
魔王は叫びながら、青く螺旋を描いた目を回転させた。
そこから、極太のエナジーボルトが放たれる。
シュテルンにとって最大の弱点とも言える攻撃だな。
これを、彼はギリギリで回避しながら、オルゴンゾーラめがけて肉薄していく。
「これでっ!」
剣が、魔王の体を切り裂いた。
だが、浅い。
とにかくオルゴンゾーラはでかいのだ。
小さな剣で皮膚を切り裂いた所で、大したダメージではない。
「そんじゃあ、俺は独自に動きます。ソファ、レヴィア様を頼むぞ」
『ま”!』
「よし、行って来いウェスカー! 私は剣を失ったからな。ここからは
『ま”ー!!』
おお、俺に行って来いと言いながら、自分が真っ先に突っ込んでいくレヴィアである。
彼女目掛けて、オルゴンゾーラの全身から輝きが放たれる。
「ぬうううっ!!」
雷の波動全開だ。
ソファをも包み込んだそれが、魔王の攻撃に拮抗する。
その間にも、シュテルンは魔王に剣を突き込んでいく。
なるほど、魔王の周囲を旋回しながら、同じ場所に剣を叩き込むことで、どんどん奥深くまでダメージを浸透させていくわけか。
考えてるなあ。
俺はすいーっと魔王まで飛んでいった。
オルゴンゾーラは、すぐに俺に気づく。
『来たか、来たかぁぁぁっ!!』
シュテルンを追い回していたエナジーボルトが、俺に向かって叩きつけられる。
俺はこれを、真っ向から受け止めた。
姿勢は、腕組みをしながら頭を前に向け、突っ込む体勢だ。
目玉から体、全身へとマイ・エナジーボルトを行き渡らせるイメージ。
さしずめ、俺は紫の弾丸である。
放たれた青いエナジーボルトの中を、真正面から突き進む。
「あれだぞ!! 体から離れたエナジーボルトは段々弱くなるのだ。俺は詳しいんだ。なので、エナジーボルトを纏ったままなら最強に思える!!」
極めて曖昧なことを、力強く叫びながら突き進む俺。
飛びながらグルグルと回転し、オルゴンゾーラの魔法を跳ね飛ばし、弾き返し、切り裂きながら進んでいくのだ。
あっという間に奴の顔面が目の前に迫った。
ここまで来ると、魔王のエナジーボルトの威力も馬鹿にはできない。
『世界を……砕く!!』
魔王の腕が振り上げられた。
唐突な挙動に、シュテルンが対応しきれずに弾かれる。
「ぬうっ!! この巨体でその速さ……!!」
必死に骨の鳥を制御するシュテルン。
そこに目掛けて、魔王の腕が叩き込まれた。
「ちいっ!!」
剣を受けながら、しかし彼は吹き飛ばされる。
何もない空を、魔王の拳が叩いた。
そして、虚空が割れる。
巨大な亀裂が生まれ、それが俺とレヴィアを飲み込もうと迫る。
「くっ……! ウェスカー! これでは奴に近づけん!」
「うむ。世界を割られると、今まではくっつけるしか対処方法がなかったのですが……俺は既にこれに対する新たな反撃を可能としているのです!」
俺は、迫り来る世界の亀裂に向かって手を伸ばした。
そして、亀裂の端をガシッと掴む。
広がろうとする亀裂は、指先で摘んで止める。
「そおいっ!!」
世界の亀裂をひっくり返す荒業、
今名付けた。
オルゴンゾーラの分身相手に生み出した技……魔法? である。
ひっくり返される世界の亀裂が、その先にあるオルゴンゾーラの腕を巻き込んで裏返る。
亀裂の裏側は、まっさらな世界だ。
『オオオォォォォ────!!』
裏返っていく世界に巻き込まれて、叫ぶオルゴンゾーラ。
その全身から、めちゃくちゃに魔法が撒き散らされる。
あらゆる属性の大魔法ばかりだ。
だが、魔王。
お前が前にしてるのは俺だぞ。
大魔導だ。
「炎! 氷! 光! あと色々!!」
俺は次々に魔法を撃ち出し、オルゴンゾーラの攻撃を打ち消す。
だが、少々手が足りない。
「よし、久々に行くぞ、分身!!」
俺はふんっと踏ん張った。
すると、スポーンっと音がして、横にもうひとりの俺が転げ落ちた。
「久しぶりだな、もう一人の俺」
「幻覚でしかなかった俺を、実体のある分身にまで引き上げるとは。腕を上げたな、もう一人の俺。おっと、雑談は後だ! 炎! 氷! 光! それからたくさん!!」
俺は分身し、二倍の手数でオルゴンゾーラの魔法を打ち消し始めた。
魔王は、己の魔法を完全に相殺されていることに焦ったようだ。
『お前は……お前は一体、何だ……! 何なのだ……!』
「俺だ!」「俺だ!」
間断入れずに応える俺二人。
その隙に、レヴィアがオルゴンゾーラに迫った。
雷を纏う拳が、魔王の翼を捉える。
破砕音が響き、甲虫のような翼の一部が砕け散った。
「翼を壊せば、飛べまい!!」
『がああああっ! 勇者も……!! 邪魔だ……! お前たち、みんな邪魔だァァァァァッ!!』
オルゴンゾーラが目玉を二倍も大きくして絶叫した。
その瞬間、奴の体内から凄まじい量の魔力が生まれる。
「むっ! 本体の俺よ。これはまずいぞ」
「まずいのか!」
「まずいのだろうな」
「まずいのか」
「具体的にはあれは、全魔力を爆発させる気じゃないか? 俺は本体である俺の理性の部分をそれなりに受け継いでいるから頭がいいんだ」
「賢いなあ。じゃあどうする?」
「俺を一度、魔力に分解して吸い込め! そして本体である俺も、魔力をぶつけて相殺するのだ!」
「よっしゃ!」
俺と、俺が向かい合う。
背後で膨れ上がる、オルゴンゾーラの魔力。
「な、なんだこれは! 世界がぶるぶると震えている!! 何をする気だオルゴンゾーラ!! くっ、ここで剣があれば……!」
レヴィアの拳では、魔王へ一気に大ダメージを与えることができない。
俺の視界の端で、体勢を立て直したシュテルンがこちらに向かってきているのが見えるが……。
オルゴンゾーラの魔力爆発には間に合うまい。
「よし、魔力分解!」
俺は分身の俺を分解した。
分身は多分、世界魔法の一つなので、この世界や、世界の外側から魔力を供給されて成り立っている。
それが光の粒子になると、俺の視界いっぱいを輝きが満たした。
これを、スウーッと鼻とか口から吸い込むのである。
おおー。
体の中に、今まで感じたことのないほどの魔力が満ちてくるのが分かる。
『オオオオオオオ!! こうなれば、世界もろともに……消し飛ばしてくれる!!』
オルゴンゾーラの中で膨らみ続けていた魔力が、ついに臨界に達したようだ。
周囲の空気の色が、紫色に、赤色に点滅する。
あまりに魔力に、オルゴンゾーラが存在するだけで世界が書き換えられつつあるのだ。
だが、俺は振り向かない。
いや、振り向けないのだ。
動いたら出ちゃう。
ということで、俺は実に合理的な判断を下した。
『
世界を飲み込むほどの威力を秘めた、魔力の大爆発が起こる。
だが、俺は冷静だ。
瞳を閉じ、鼻をつまんだ。
そして、長年付き合ってきた、我がローブに別れを告げる。
済まんな、ローブ。フォッグチルから奪ってよりこの方、ずっと身につけて育て続けてきたが……。
この魔力にお前は耐えられまい。
さらばローブ!!
「行くぞオルゴンゾーラ!! “
その瞬間だ。
俺の全身が、まばゆいバイオレットの輝きに包まれる。
凄まじい魔力が全身から発され、それが一点に収束していく。
そこは、そう。
俺の尻だ。
文字通り、世界が震撼した。
世界が、身を捩ったように感じた。
分かる。
誰だって、屁をかけられるのは嫌なものだ。
だが、この一撃が世界を救うのだ。
甘んじて受け止めて欲しい。
魔王が放った魔力の爆発と、俺の尻から生まれた魔力の奔流がぶつかりあう。
恐らくこの時、世界の全ての空は極彩色の輝きに照らされたことだろう。
全てが音を失うほどの轟音。
やがて、全てが晴れた。
いつの間にか、俺のすぐ近くまで来ていたシュテルンが、鼻をつまみながら白目をむいて、ヒューッと落ちていった。
彼の手には、剣は無い。
俺は振り返る。
視線の先には、魔力を吐き尽くし、全身から色を失いつつある、白いオルゴンゾーラ。
奴は俺に信じられないものを見るような目を向け、咳き込んだ。
『こんな……! 我を……我を止めるのが、こんな……!』
俺は腕組みをして、傲然と構える。
吹き抜ける風が、俺の体を撫でていった。
俺は全裸である。
風が心地良い。
『あんまりだッ……!!』
オルゴンゾーラが、血を吐くような声で叫んだ。
奴の目は、全裸の俺だけに向けられている。
だから、気づかないのだ。
その頭上で、シュテルンの剣を振りかぶったレヴィアの姿に。
「滅びよ……魔王オルゴンゾーラッ!!」
雷の波動が高まる。
果たして、放たれた輝く剣は、魔王の体を貫いたのである。
音もなく、断末魔の声もなく、魔王オルゴンゾーラは目を剥くと、一度大きく膨らんだ。
そして、まるで己の中に生まれた穴に吸い込まれるように、どこまでも小さく折り畳まれていき……消滅した。
それが、この世界を千年に渡って脅かしてきた、魔王オルゴンゾーラの最後だったのである。
「へっくしょん!」
俺はくしゃみをした。
「そなた、久々に全裸になったのだな。魔王を倒した英雄が、裸で風邪をひいたでは示しがつかん。私の上着を羽織るがいい」
「おっ、ありがとうございます!」
俺はレヴィアの上着を受け取ると、腰に巻いた。
雷の波動でところどころ穴の空いた彼女の上着は、大変風通しが良かったのであった。
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