第156話 魔王ミーツ大魔導

 きょろきょろと周囲を見回したのだが、扉は無かった。

 この奥に魔王がいるのだろうが、どこにいるんだろうか。


「何を探している?」


 シュテルンが、ワールドピースを手の中で弄びながら聞いてきた。


「魔王がさ、ここにいるんだろ? 扉も何もないじゃないか」


「奴は夢の世界にいる。そこに繋がるものが扉になるのだ。つまり……最後のピースだ」


 シュテルンは、それを空に掲げた。


「道を開け、ピースよ」


 隣に、イヴァリアが立つ。

 魔王から力を借りる魔法を使っていた人物なので、詳しいのかも知れない。


「“降臨の地はここにあり。ここはうつつうつろを繋ぐものなり。今掲げたる鍵を寄る辺に、降り来たれ彼の世界よ。重なりあれ、此の世界へ”」


 イヴァリアが詠唱を終えると同時に、周囲の空間がねじ曲がる。

 レヴィアがぶち割った球は、卵の殻のようにパリパリとひび割れ、崩れ落ちていく。

 その下から現れたのは、どこまでも続く巨大な空間だ。


 俺的には、なんかもう一つ小さい世界が、こっちの世界とくっつこうとしているのだと分かる。


「むっ!」


 レヴィアが眉根を寄せて、拳をバリバリと輝かせる。


「レヴィア様、どうどう。これは世界なので、殴っても意味がな……あ、いや、多分今のレヴィア様なら殴ってぶっ壊せるので、それが混じり合って大変愉快なことになる気がするのでちょっと待ってね」


「むむう」


「ウホッ? ゴホホ」


「ほう? そなた、見えるのか?」


「ゴホ、ウッホ、ウホホ」


「なるほど、魔王もこちらを見ているか……」


「またレヴィア様がゴリラと会話始めた」


「うちの女王陛下、なんで一人だけゴリラと言葉が通じるんだろうなあ……」


 メリッサとゼインの視線を他所に、レヴィアはゴリラと情報交換をしている。

 どうやら、ゴリラには迫りくる別の世界に存在する、魔王の存在が感知できるらしい。

 まあ、俺も見えるんだけど。

 ほら、でっかくて訳のわからない姿をした奴が、俺たちをすげえ目つきで睨んでる。

 壁画にあった姿よりも、さらに意味のわからない形になっているな。


「降臨します。神々が記録したあの時間から、ちょうど千と十年目。魔王オルゴンゾーラの本体が、実体を持ってこの世界に出現……!」


 イヴァリアが説明してくれる。


「まさか、わたくしの代で相手をすることになるとは思いませんでしたね……!」


 いつでも魔法を使える態勢のマリエル。


「ボンゴレ! パンジャ! チョキ! ビアンコ! ネーロ!」


「フャン!」


『キュー!』


「ぶいー!」


「ウキー!」


「御意!」


 メリッサのしもべに、一人だけスーツ姿の紳士になったネーロが混じってるのがシュールだな!

 シュテルンとイヴァリアも、空を見上げ、ゼインは組み換え式の武器を、斧槍ハルバートの形に組み替えている。

 いやいや、本当にこれは最終決戦だな。

 俺は真剣な目で降りてくる魔王を見上げつつ、耳掃除をした。

 スッと抜くと、なかなかたっぷりと取れている。

 これを水作成で綺麗に洗い流した。


「よし」


「ウェスカーさんきちゃなーい」


「あっ、メリッサ見てたのか。ほら、決戦の前にちょっと耳掃除しておこうと思ってさ」


「んもー。ウェスカーさんって、全然緊張したりとかないよね。心臓に毛が生えてるのかも?」


「メリッサも緊張してないじゃないか」


「私は、今のウェスカーさん見て、ドッと力が抜けたの! むふふ、みんなもそうかもよ? 一人だけ、空気読まない人がいると、なんか緊張がぶち壊しになって、リラックスできるかも」


「空気を読まないとは失敬な! あれだぞ。空気は作るもんだ」


 俺は傲然と胸を張った。

 それと同時に、この世界と魔王の世界が重なった。

 塔の最上階であるこの場所が、広大な面積を持つ広場になる。

 その中央に、オルゴンゾーラがいた。


 大地を掴む、四本の足。昆虫のように細くて、トゲが生えている。色は赤と緑。鉤爪が世界に食い込み、その巨体を支えている。

 しっぽはトカゲのような形に見えて、質感はカッチリした甲虫のもの。色は紫。

 そこから、蛇のような胴体が伸びる。

 背中からはギザギザになった金属質の翼が生えていて、これが銀色に輝く。

 一番上に、頭があった。

 でかくて真っ青で、ぐるぐると螺旋を描く目玉が俺たちをじろじろと睨め回している。

 目玉の下がパックリと裂け、そこが口であるとわかった。

 口の中は緑色だ。


 カラフルである。

 それが俺の印象だった。

 極彩色の、よく分からない怪物が、そこにいる。

 

『オオ……オオオオ……。思考が、濁る……。我は……我は……我が名はオルゴンゾーラ。遥けき星辰の彼方より飛来し、世界を取り込み世界を壊し、また新たなる世界へと渡る者なり。此度の羽化は不完全……。蛹は成熟の時を得ることが出来なかった』


「すげえキャラ変わってない?」


「ウェスカー、そなたも経験があるだろう。夢の中では、まるで違う自分になったような心地になり、現実ではやらないことをやってしまう」


「ないなあ。俺、夢の中でもずっと俺なので……。つまり、俺がこの間まで戦ってたオルゴンゾーラは、この本体が見ていた、イキっていた状態の夢ということ?」


「そうであろう。うむ、うむうむ。こちらの方が実に魔王っぽくて、私は満足だぞ? なあ皆」


 レヴィアが振り返ると、仲間たちが苦笑した。

 もう、みんな緊張感などどこかに吹っ飛んでいる。


「羽化に、蛹と来ましたか。オルゴンゾーラは、世界を食い荒らす害虫のような存在なのかもしれませんね」


「では、この世界に降り立ったあの姿は、幼虫だったということなのでしょうか?」


「オルゴンゾーラは、より効率的に人間から魔力を吸い上げるため、人を理解してより効率的な恐怖を与えようと思った。それがあの夢の姿だろう」


「本当の魔王は、こうやって誰も理解できない、あまりにも異質な存在よ。さあ、来るわ……!」


 クリストファにマリエル、シュテルンとイヴァリア。

 四人が戦闘態勢に入り、詠唱を開始した。

 同時にどでかい魔法をぶっ放すつもりだろう。


「甥っ子。俺はいい感じで周りを走って牽制するんで、いつものようにお前のタイミングで状況をひっくり返してくれ」


 ゼインはそう告げると、一人オルゴンゾーラに向かって突き進んでいく。


「んじゃ、ウェスカーさん。こっちはこっちで魔王の注意を引くからね! 後はよろしく!」


 レヴィアはボンゴレにまたがり、ゼインとは別の方向に走っていった。

 後に、しもべたちがついていく。


『オオオオオオオ……!!』


 魔王が顔を振り上げ、巨大な目玉をぐるぐると回転させる。

 すると、周囲の空間にも同じ色の渦巻きが生まれ、それが触手のように突き出して仲間たちに襲いかかろうとする。


「よし、ワイドなエナジーボルトでドンだ!」


 俺の両手の指から、紫色の光線が放たれ、触手を真っ向から迎え撃つ。

 後衛諸君の魔法詠唱は継続だ。


「これ、オルゴンゾーラは新しい芸をたくさん持ってそうなんですけど」


「ふん、何をやって来ようと、真っ向から殴り倒すだけだ!」


 聖剣を腰に収め、不敵に笑うレヴィア。

 えっ、この後に及んで、拳で勝負するつもりですか女王陛下。


「ウホウホ」


「うむ。ゴリラが支援してくれるそうだ。ウェスカー、そなたは今のように、仲間たちの援護と攻撃と、そして魔王の妨害や嫌がらせを行ってくれ!」


「つまり全部ですな! 引き受けました」


 魔王が、形容し難い声で咆哮を上げる。

 咆哮が世界を震わせ、波になって物理的な破壊力を帯び、俺たちに向かって襲いかかる。

 これを迎え撃つのが、ゴリラのドラミングと、ビアンコが起こす風だ。

 だが、オルゴンゾーラは一度に、複数の攻撃を繰り出してくる。

 異形の腕が振り回され、接近するゼインとメリッサたちに叩きつけられる。


「危ない危ない! 普通の炎の球!」


 俺は至近距離ではない炎の球を連続発射し、バカでかいオルゴンゾーラの腕にぶち当てる。

 以前は自力で投擲する魔法の命中率が悪く、至近距離で使用していた。

 だが、今は世界魔法を補助に使い、ほぼ絶対命中くらいの精度で当てることが出来るぞ。

 立て続けに爆発が起こり、オルゴンゾーラの腕が跳ね除けられた。

 魔王が俺を注視する。

 あっ、これは何か来るな。

 ぐるぐる螺旋状の目玉が、高速で回転を始め、そこから放たれたのは、真っ青なエナジーボルト。

 俺もまた、目を見開き、紫のエナジーボルトを発して迎え撃つ。


「手数がめちゃくちゃ多いぞこいつ!! 魔法まだー!?」


「お待たせしました、ウェスカー! 行きます!」


「複合魔法、“混沌の潮流ケイオス・タイド”!!」


 クリストファの世界魔法、マリエルの属性魔法、そして、シュテルンとイヴァリアの死霊魔術が混ざりあった、毒々しい色合いの光が放たれる。

 それは、波のように空を走り、オルゴンゾーラ目掛けて押し寄せた。

 巨大な魔王が、混沌の波に飲み込まれていく。

 絶叫が響いた。


「やったか!?」


「ウェスカー、それは言っちゃいけないセリフです!」


 クリストファのツッコミが飛んだ。

 案の定、己を包み込んだ魔法の波を弾きながら、魔王がその巨体を乗り出してくる。

 無傷では無いが、あの規模の魔法でこの程度のダメージ。

 会敵して早々に、こっちは切り札を叩き込んだみたいな形だが、これは大変な戦いになりそうなのである。

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