第155話 レヴィア襲来

 突撃したはいいが、目的地は不思議な球のようなもので覆われている。

 これは俺の頭がゴツーンと行くフラグではあるまいか?

 なんて考えていたら、俺にまたがったレヴィアが腕をぶんぶん振り回した。


「やる気ですな」


「任せておけ! そなたが世界を度々割っているのを見て、私なりに真似をしてみたのだ。結果……」


 拳を振りかぶるレヴィア。

 その腕が、バリバリと稲妻を帯びる。

 叩きつけられた拳は、球をやすやすと穿った。

 それどころか、球が周囲に張り巡らせていたらしい魔法障壁を、まるで薄紙のようにぶち破り、塔から放たれていた圧迫感のようなものまで消し飛ばしてしまう。


「このように、拳に力を込めると近い真似が出来るようになった!」


「ほえー。何をやったんだかさっぱり分からねえ」


 俺もレヴィアも、互いがなんで強かったりするのか全く理解してない間柄だ。

 だが、別に上手くやっていくために互いを理解する必要など無いのだ。

 俺は俺、レヴィアはレヴィア。

 それでいいのだ。

 理解を放り投げてとりあえず全肯定する。


「すげー! レヴィア様さすが」


「フフフ、私もウェスカーに負けていられないからな」


 俺たちはそのまま、穴が空いた球に向かって飛び込むのである。

 仲間たちも後から追ってくる。

 ちなみに、これは多分、魔王に辿り着くために塔を登っていかなければいけないようなものだろう。

 塔の中には罠や強力な魔物がひしめいていて、魔王を目指す者たちを消耗させるわけだ。

 だが、ショートカットしてしまえばそんな心配はいらない。


「ば、馬鹿なー!!」


 耳の尖ったじいさんが、真っ青になって飛び跳ねた。

 あ、こいつ、魔将のオペルクとか言うやつだ。


「そんなはずは……! あれは世界魔法を半永久的に作用させて塔の外側を覆うもので、オルゴンゾーラ様に匹敵する力がなければ破ることは出来ないはず……!」


「オペルクとかいう人よ。俺たちが一度でも、君の計算どおりに動いたことがあったかね」


「くっ……! 狂人の動きはわしでも計算できん……!!」


「フフフ」「ハハハ」


 俺とレヴィアは得意げに笑った。

 俺たちのパーティの今までの戦いは、基本的に全てが魔王軍に対する奇襲であり、しかも一回で魔将を仕留めてきた。

 パターン化できるほどデータが取れまい。


「そう言えば……こやつからはまだ、ワールドピースを引っ剥がしていなかったな」


 俺から降り立ったレヴィアが、じぃっとオペルクを見つめる。

 彼女の手が、握られたり、開かれたり。


「やりますか」


「ああ。ピースは全て回収せねばならないからな。この魔将は、私たちが追い詰めたが逃げただろう? ここで最後の一片を手に入れる」


「ふ、ふん! わしを甘く見るなよ!? わしは魔博士オペルク! 魔王オルゴンゾーラ様の知識と技を形にする者! いでよ、オルゴーン軍団!!」


 気がつくと、オペルクはデタラメに刃物が生えた奇妙な杖を手にしている。

 これを掲げて、振り回した。

 すると、魔将の周りの空間が切り裂かれる。

 空間の裂け目から現れたのは、真っ赤なスーツに身を包んだ男たち。

 俺たちで追い詰めた、オルゴンゾーラと同じ見た目をした連中だ。


「もはや、わし以外の魔将などいらぬ。こうして、オルゴンゾーラ様の因子から幾らでも、魔王の力を持った魔将を生み出せるのだからな! そら、オルゴーン軍団! 勇者たちが侵入してきたぞ! 奴らを滅ぼせ! お前たちの力を、オルゴンゾーラ様に見せてみよ!!」


 オペルクは杖を振り回しながら叫ぶ。

 彼の号令に合わせて、現れた赤いスーツの男たち、オルゴーン軍団とやらはこちらに歩み寄ってきた。

 その動きが、徐々に早くなる。

 加速し、疾走に変わる。


「ふむ」


 ちらっと俺を見るレヴィア。


「今回はレヴィア様にいいとこ譲りますよ」


「そうか。では、行かせてもらうとするか」


 レヴィアが、オルゴーンたちを迎え撃つように走り出す。

 走りながら、拳を大きく振りかぶった。

 腕が雷を帯び始める。

 オルゴーン軍団は、レヴィアに攻撃をさせまいと、その手を突き出してきた。

 奴らの爪が、まるで触手のように伸びる。

 それがレヴィアを束縛しようと、一斉に迫るのだ。


「腕から、肩へ!」


 と、レヴィアの腕に集まっていた雷が、彼女の肩に移動する。

 我らが女王陛下は、迫る爪の群れに、肩からのぶちかましを行った。

 割と洒落にならない爆発が起こる。

 レヴィアに迫っていた攻撃は、ことごとくが跳ね飛ばされ、弾かれ、あるいは粉砕された。

 攻撃のダメージで、オルゴーンの動きが一瞬止まる。


「止まったな?」


 気がつくと、既にレヴィアがオルゴーン軍団の只中にいる。

 彼女の目が雷光を放ち、あまりにも速いその動きのせいで、移動した跡に金色の残光が生まれる。


「やっちまえ、レヴィア様ー」


「おう!!」


 咆哮と共に、レヴィアは腰から魔剣を抜き放つ。

 最初は、マクベロン王国の騎士団長が持っていたという破邪の魔剣だったらしいのだが、今ではレヴィアの雷の波動ライトニングサージを浴びすぎて変質している。

 そろそろ、聖剣とか言っていい代物になってるんじゃないだろうか。

 抜き放たれた挙動だけで、その軌跡に近かったオルゴーンたちが次々と爆ぜていく。

 剣を正面に構えた瞬間、真正面に展開していたオルゴーンたちが真っ二つに裂けた。


「ば、馬鹿なあー!! わ、わしのオルゴーン軍団があああ! 魔将と同じ力を持っているのだぞ……!?」


「私が今まで戦ってきた魔将は、もっと強かった。このような操り人形とは違う!」


 レヴィアが憤然と、口から紫電が飛び散る吐息を放つ。


「これを魔将と代えるだと!? それは、彼らに対する冒涜である!!」


 レヴィアが振り回す聖剣が、剣風だけで次々とオルゴーンを消し去っていく。

 勝負になる、ならないという次元ではない。

 この赤い量産型の魔将は、レヴィアが起こす雷の波動の残滓にも耐えられないのだ。

 ちなみに、レヴィアは珍しく大変に激怒している。

 彼女なりに、今まで戦ってきた魔将達には敬意を抱いていたのかも知れない。

 変な奴らも多かったけれど、みんなちゃんと矜持を持っていて、彼らなりに考えて俺たちに向かってきたからな。


「消え去るがいい、紛い物どもめ! 貴様らには剣を投げつける価値も無い!!」


 レヴィアは吠えると、聖剣を強く、地面に突き刺した。

 そこを起点にして、空間の四方八方へ向かって輝く亀裂が走る。

 亀裂は稲妻を纏い、全方位に雷の波動を撒き散らした。

 オルゴーン軍団に逃げ場なし。

 戦いが始まってから、お湯がちょっと冷めるくらいの時間も経っていない。

 だが、既にオルゴーンたちは一人も存在してはいなかった。


「ば……馬鹿なぁ……。わ、わしの計算では、オルゴーンは勇者どもを倒せる力を持っているはずで……」


 オペルクは懲りないなあ。


「オペルク君、君ね。俺たちの事が計算できないって言ったばかりでしょ。ちゃんと結果が出てない計算なんか、あれよ。願望だって」


「ウェスカー、そなた、まともな事が言えるのだな……」


 レヴィアにしみじみと感心されてしまった。

 ここで、仲間たちが到着する。

 俺たちが作った入り口から、ネーロに乗って次々とみんなが飛び込んでくる。


「オペルクか」


 シュテルンが俺の横に並んだ。


「シュ、シュテルン! 復活させてやった恩を忘れ、この裏切り者めが!!」


「魔王と貴様に、返せるだけのものは返してやったさ。ここからは、別のものを返してやろう。それは、俺を操り弄んだ報いだ」


 低く、囁くように告げると、赤い剣士は姿が消えた。


「ひ、ひい!」


 オペルクがでたらめに、杖を振り回す。

 あちこちの空間が切れるが、もうオルゴーンは出てこない。

 そして一瞬の後、オペルクの頭頂から足元まで、赤い線が走った。


「ば……馬鹿なぁ……! わしの、わしの計算……!!」


 オペルクの体が、左右にずれていく。

 そして、絶叫を上げながら消滅した。

 思えば、一番長生きな魔将だったなあ。

 消えたオペルクの背後に、シュテルンが立っている。

 彼の手には、最後のワールドピースが握られていた。


「これで、封印された世界の全ては取り戻された。いよいよ、魔王が住む空間への扉が開くぞ。現と虚ろの境界線を越えることになる」


 シュテルンの言葉と同時に、俺たちが立つ足場が鳴動を始める。

 ゆっくり、それは空に向かって上がっていった。

 いよいよ、魔王オルゴンゾーラの本体とご対面だ。

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