第154話 ここをキャンプ地とする

「よし!」


 巨大なテントの支柱を地面にねじ込み、レヴィアは満足げに頷いた。

 ゼインとクリストファが、上に布を掛けていく。

 テントを留める楔を打ち込んでいるのは、マリエルとビアンコ、ゴリラだ。

 白猿ビアンコとゴリラはよく似ているが、色と体格が違うので見分けやすい。


「ええい、万魔の塔の真ん前でキャンプをするとは不届きな!」


「何者だ貴様ら……げえっ、レヴィア女王の一行!!」


 塔から飛び出してきた魔物たちがいる。

 見上げるような巨体、コウモリの翼、牛のような角を生やして、まるでオルゴンゾーラ本体をちっちゃくしたような。

 上位の魔物なんだろうが、レヴィアや俺と目が合うと、ちょっとたじろいだ。


「なんでここにいるのー」


「ほんっとに最悪の時に最悪の予想を上回る最悪で襲いかかってくる連中だよ!」


 魔物たちは、いやいや戦闘態勢に入った。


「よし、一撃で葬り去って……」


「ハハハ、レヴィア様、ここはあなたが出るまでも無いですよ。俺が」


「ずるいぞウェスカー! そなただって、魔王の分身と一騎打ちをして拮抗かちょっと押し勝つくらいしたそうではないか!」


「あれはその場のノリというもので……」


「今度は私がやってもよかろう……」


「いやいや、俺が」


「いや、私が」


 結局、二人で一度に出ることになった。

 青ざめる魔物たち。

 拳を振りかぶるレヴィアと、目を文字通り光らせる俺。

 爆発音が響き、すぐ静かになった。


「体が温まりましたな」


「うむ。またちょっと模擬戦をやるか」


「いいですな」


「やーめーてー!!」


 間に入ってきたのはメリッサだ。


「地形が変わっちゃうでしょー!! 魔王が降臨する前に塔が壊れるでしょー!! そうしたらまたオルゴンゾーラを探しに行かないとなんだよ! 二人とも大人なんだから、ちゃんと先のことかんがえて!」


「はい」


「はい」


 メリッサに叱られる俺とレヴィアなのだった。





 テントが出来上がって、しばらくはのんびりとしたものだった。

 時折、塔から襲ってくる魔物がいる程度で、彼らを蹴散らせば後は食っちゃ寝してのんびりするしかない。

 周囲は一面の海だが、空は紫だし、地面は赤いし、緑色の尖塔があちこちから突き出しているし、海の色に至ってはなんか黒い。

 あまり好みではない光景だ。


「さっさと魔王を倒して、この風景をもとに戻したいところだなあ」


 俺がごろ寝しながら呟くと、すぐ近くでお茶を飲んでいたマリエルが首を傾げた。


「あら。ウェスカーさんはこの変質した世界を、魔法でもとに戻したりは出来ないんですの?」


「えっ、魔法でもとに……? その発想は無かったなあ」


 持つべきものは仲間である。

 自分にはない考えが、ポンポンと飛び出してくる。

 俺は普段、何も考えずに生きているので、魔法の応用とかは戦闘中などの極限状態に陥らないと出てこない事が多い。

 もしくは、調子に乗っている時だな。

 今はまったりしすぎて、何も浮かんでこない。

 揚げ菓子が食べたい。


「また違うこと考えていますね? ウェスカーさん、ウェスカーさーん」


 横合いからこめかみを突かれて我に返る。

 そうだった。

 揚げ菓子は持ってきていないのだ。

 俺は起き上がり、マリエルがしてくれた提案を試すことにした。


「どーれ。……ていうか、空の色はどこが染まって紫になっているんだろうなあ。世界の果てまでは行ってみたが、あの果てが紫色になっているのか……」


「まずはやってみましょうよ。やってから考えたり、考えなかったりするのがウェスカーさんでしょう?」


「そうだった。どーれどれ」


 俺はとりあえず、空に向けて手をかざした。

 どういう仕組で空が紫色になっているのか。

 手に触れた空気を通じて、内なる魔力の糸を伸ばしていく感じ。

 おっ、繋がりましたな。

 ふんわりと世界の構造が分かる。

 これはアレだ。

 オルゴンゾーラが、外のよく分からん世界みたいなのと、こっちをつないでるのだ。

 で、こっちの世界の外なる魔力をさっぱり分からん方法で不活性化させて、その上に外のよく分からん世界の魔力を被せている。


「これを逆転させればいいだけじゃないか」


「例によって、わたくしウェスカーさんが知覚しているこの現象の根幹が全く理解できないのですけれど、物事を言語化せずにそのまま曖昧に把握し切るのは才能だと思いますわね」


「そう? これをこうして、こっちの魔力を活性化すれば空の色が戻るよ? ほら、簡単でしょ?」


 俺が手首をくるりと回転させると、空の色が一気に真っ青になる。

 マリエルの目が真ん丸になった。


「い、今何を……?」


「オルゴンゾーラが流し込んできてた、よく分からん世界の魔力をおとなしくさせたの。だから魔王がその気になったら、また元の色に戻るよ。ついでに地上も戻しとこうか」


 俺は地面に手をついて、構造を把握する。

 うん、これはまあ、アレだ。

 なんか空と同じ感じで流してきてるの。

 んじゃこれも、不活性化ー。


「地面が元の色に……!」


「緑の尖塔も消しちゃおうねー」


 俺が尖塔に向かって、パンと手を合わせる。

 すると、あちこちから突き出していた不気味な塔は、一斉に消えた。


「せ……世界が元通りになってしまいました」


「どういう仕組みか分かれば簡単だよ。これは上手く言葉に出来ないけど、なんかふわっとオルゴンゾーラ風味に染まってたんだ。なので、これをちょいっとやるとこうなる」


「抽象的過ぎて分かりませんけれど、何かとんでもない事をなさったというのは理解しました」


「そうかあー。俺、割と見てるとみんなの魔法とか、どういう構造かがふんわり分かるんだけど、案外他の人には分からんのかもしれん」


 誰しも見える世界は違っているのか。

 ひとつ賢くなったぞ。

 それはそうとして、揚げ菓子が食べたい。

 しばらく、堅焼きビスケットなどを齧りながら、ぼーっと寝転がっている。

 世界が大きく変化したというのに、我がキャンプは静かなものである。


「ウェスカーさんがまたやらかしたんだろう、と皆さん分かっておいでなのでしょうね。そういう意味でも、このパーティはとても好ましい方々ばかりだとわたくしは思います」


 マリエルがにっこりと微笑んだ。

 その時。

 俺がせっかく色を変えた空と大地が、一度に紫と赤に戻った。

 そして、強烈な圧迫感みたいなものがどこからか近づいてくるのが分かる。


「あー、来た。来ましたわ」


 俺は寝転がりながら呟いた。

 指先を外に向け、エナジーボルトを放つ。

 俺が放った魔法はある程度の高さで弾け、飛び散りながらキラキラと輝き、大きな音をたてる。


「来たか! 甥っ子は相手を煽るのが異常に上手いからな。あぶり出されやがった」


「オルゴンゾーラめ、存外早かったな」


「大魔導が自分の世界を塗り替えたので、焦ったのでしょうね」


「ウェスカーですからねえ。流石の魔王も行動を予測できないのでしょう」


「ウェスカーさんだもんねー」


「そら、行くぞ! 魔王を滅ぼすのだ! むうう、テンションが上ってきた……!」


「ウホッ」


 みんなの声が聞こえた。

 俺は起き上がる。


「レヴィア様が待っていますよ? さあ、行きましょうウェスカーさん」


 マリエルが先立って、テントを出ていく。

 俺は寝転がったまま、フワーッと浮かんだ。

 そのままビスケットを頬張りつつ、外の世界に出る。


「ウェスカーさんまた無精してー! 太るよー!」


 メリッサの声をよそに、俺は魔王の塔を見上げた。

 おお、なるほど。

 塔の最上階に、禍々しい形の球体がくっついている。

 でかさは、恐らくあれだけで、ユーティリット連合王国の都くらいあるのではないか。

 そこから、俺たちに向けられた強い視線を感じた。


「いますねー」


「いるな」


 ごく自然な動作で、俺の上に乗ってきたレヴィアが頷く。


「あの、レヴィア様、これは別に乗せるために寝転がっているわけではなく」


「私は一向に構わん。さあ、このままあの球まで突撃だ」


「仕方ないなあ」


 俺はビスケットを食べながら、魔王の塔最上階目掛けて突撃するのである。

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