第150話 魔王vs大魔導!

「おっ! キータスじゃないか」


 マザーボード大陸から戻った俺を出迎えたのは、闇の女神キータスである。

 俺が首から抱っこ用の紐でぶら下げて、さんざんあちこち行脚したキータスだ。


『ウェスカー、い、息抜きの法則~』


 随分お疲れなようだ。

 しかも、一人で教団を抜け出してきたらしい。

 今、闇の女神教団は、オエスツー、ウィドンの二王国の布教の真っ最中。

 ついには、マクベロン王国にもやって来ようかという勢いだ。

 そりゃあ、教団に実在する女神様は休む暇もないだろう。

 元来引きこもり気質のキータスは、とうとう限界が来て、逃げてきたということだろう。


「キータス疲れちゃったんだねえ。干し肉食べる?」


『砂糖をまぶした揚げ菓子がいい』


「まっ! この女神様、すっかり贅沢の味を覚えちゃって!」


「神々の島から出てきて、肥えましたからねえ。ウェスカーが女神様を甘やかすから……」


「ウェスカー、責任を取ってキータスの気晴らしに付き合って来るんだ」


 クリストファとレヴィアにそんなことを言われてしまった。

 仕方ない。

 俺としても、キータスをぶら下げて活動するのには慣れている。


「よーし、キータス、海を見に行くぞ」


『海……! 開かれた海の法則!』


 わーい、と喜ぶキータス。

 俺は彼女をぶら下げて、ふわりと浮かび上がった。


「よーし、それじゃあ蒸気船ハブーを見せてやろう。あれは凄いぞー」


 俺はちょいっと世界に手を突っ込んだ。

 この間、闇の女神教団を呼び込んだ、世界の穴を作るみたいな要領で……ドアみたいにできんもんかね?


「さしずめこれは“時空自在扉ディメンジョンドア”」


 ガチャリと開いた。

 俺はキータスをぶら下げて、ドアの向こうに飛び込む。

 そこは、なんと言うんだろうか。

 世界を圧縮したみたいな光景だった、

 俺が今まで旅してきた場所がどれもあって、オエスツーから恐らくはこっちに戻ってきたマザーボード大陸までが見える。

 ふと、違和感を感じた。


「なんつーかな。人、少なくね?」


『?』


「いや、この無数に見えてる中から目的地を選ぶ魔法っぽいんだけどさ。これ、サンゴ礁の島とか、火山島とか、露骨に人がいなくなってるのよ。なんだこりゃ」


 俺の言葉を聞いて、キータスが周囲に映る世界の縮図に目を向けた。

 そして少しすると、目を見開き、ガタガタ震え始める。


『オ、オル、オル』


「おるおる? 吐きそう? 時空酔い?」


『ぜんぜん違う法則! オ、オルゴンゾーラ! 魔王の法則!』


「魔王? あ、そういうことか。これ、魔王が出てきて、あっち側から世界がやられてきてるってことかあ」


『き、危険……! 魔王に触れたら、危ない……!』


「だがなあ、これ、このまま来ると次はあれだろ。ハブーだろ。それに火山島には俺のライバルがいたはずなんだ……なんかあいつも消えてる? あれれ、オルゴンゾーラ何してるの。まあ、これはあれだな」


 俺は無造作に、蒸気船ハブーを映し出す場所へ手を伸ばす。


「ちょっとオツムに来たな」


 俺、おこである。

 扉をバーンと開いた。

 今まさに、俺たちの目の前に、炎上しつつあるハブーの姿が映る。

 巨大な蒸気船のあちこちに、亀裂が走り、黒煙が上がる。


「ウ……ウェスカー!!」


 煤だらけになって、女の子がこっちに走ってきた。

 アナベルだ。

 彼女の後ろには、赤いスーツを着た男が立っていて、薄ら笑いを浮かべながらアナベル目掛けて手を振り下ろす。


「目から魔法!!」


 俺はいきなり、目玉からエナジーボルトをぶっ放した。

 ただぶっ放したんじゃ間に合わないかも知れないので、自分を超加速してエナジーボルトも加速する。


「なんだ!?」


 赤いスーツの男が反応した。

 こいつだけ、俺が使った超加速の魔法の中でも遅くなっていない。

 だが、あれだ。

 俺の魔法のほうが速い。

 俺の目からぶっぱされたエナジーボルトが、拳骨の形になって男をぶん殴った。


「ぐおおっ!? 時間を遅滞化させつつ、非実体魔法に実体を与えて僕を攻撃した!? こ、このデタラメな魔法……お前か!!」


「うむ」


 俺は加速した時間の中、てくてくと歩き出した。

 加速してるので、ぶら下げてるキータスの反応が遅い。

 スローモーションだ。


「赤い奴。お前があれか。オル、オル、オルルル」


「オルゴンゾーラだ!」


「そう、それだ。白くなかった? イメチェン?」


「ふんっ、下らない会話で時間を稼ぐつもりか……いや、時間が加速している状況でどうしてお前は無駄話をしている!? それこそ時間と魔力が無駄だろう……!」


「それだけ俺が怒っているということだ。いいから世間話に付き合え!!」


 俺は走った。

 オルゴンゾーラは、アナベルを意識する事をやめ、俺に向き直る。


「今の僕は、実体を得ている。夢の姿だった僕と同じと思わんことだな! そらっ、世界の割れ目に飲み込まれろ!」


 魔王は空間を叩いた。

 叩かれた虚空が、俺目掛けて裂けて、迫ってくる。

 だが、あれだぞ。

 俺も空間くらい割れるぞ。


「むしろこれは、もっと凄い芸で撃退すべきだろう。よし! “世界ワールド・破断デストラクションを破断デストロイ!!”」


 俺は、割れた空間をさらに割る。

 その割れたところをめくって、オルゴンゾーラのいる世界の辺りを皮剥きの要領でくるっとひっくり返す。


「ぬおおっ!? な、なんだこれは!? 僕の攻撃を利用した……いや、違う! よく分からん!!」


 オルゴンゾーラが体勢を崩した。

 そこ目掛けて、俺は爆発を遅らせた炎の玉を大量に作成する。

 これを、アンダースローで次々に魔王目掛けて投擲である。


「くおおっ! お、お前は何をしようとしているのか全く分からない!! ああ、やっぱり僕はお前が嫌いだ! 意味が分からない奴は大嫌いだ! お前は一体なんなんだ!」


 魔王が怒りに青筋を浮かべつつ、俺の魔法を片っ端から打ち消していく。

 流石魔王だ。

 魔将だったら、今の一連の攻撃でどうにかなっている。

 どうにかなってないので流石なのだ。


「やりますな」


「この僕に、力技で対処させるのは流石だよ……! そんな存在、僕が知る限りにおいて君以外にはいない」


「会話になってなくない?」


 俺はずんずんと魔王目掛けて歩いていく。

 魔王もまた、こちらに向かって歩み寄る。

 お互い前のめりの喧嘩腰だ。

 キータスがスローになったまま、何か叫んでいるが、スローなんで何て言ってるか分からない。

 もっと早口で喋るんだ。


「ウェスカーッ!!」


「はい!」


 俺と魔王の頭がぶつかりあった。

 完全にゼロ距離で、俺とオルゴンゾーラの全身から魔力が膨れ上がる。


「ちょうどいい! 僕は不完全もいいところだが、お前が一人で動いているならば好都合だ! ここで仕留めてやる!」


「ははあ、不完全なのか」


「不完全だろうが、この場でお前を消すくらいは難なくやってやろう! あのゴリラのようにな!」


「あっ、やはりゴリラを。このやろう」


 俺は魔力を込めて、指先を強化する。

 これを、オルゴンゾーラめがけて突きつけた。


「ぬうっ! 肉弾戦だと!? 魔導師だろうが! だが、僕の魔力障壁は何者にも貫くことは」


「“世界ワールド貫通魔法ピアース”! そいっ」


「ぐわあーっ!?」


 俺の指先がオルゴンゾーラの魔法障壁を抜け、その鼻の穴に突き刺さる!

 わはは、やってやったぞ。


「こ、こ、このぉ……!! なんたる屈辱!! 未だかつて、魔王の鼻の穴に指を突っ込んだ男など存在しなかったぞ!!」


「今は存在するぞ! 俺だあ」


「こんなことをするためにっ!! お前は今、僕の魔力障壁を世界ごと貫く大魔法を使ったのか!!」


「そうだぞ!!」


「こなくそっ!」


「うわーっ、俺の鼻に魔王の指がー!」


 大変なことになった。

 お互いの鼻の穴に指を突っ込んで、二人で凄い顔をしてふがふがやっているのだ。

 まさに膠着状態である。


『ど、同レベルの法則……!!』


 ようやく加速した時間についてこられたのか、キータスがぼそりと呟いた。

 だが、意外なところからこの状況を覆す者が現れた。

 魔王が一瞬青ざめ、慌てて俺の鼻から指を抜く。

 そして俺の指から顔を引っこ抜きながら、猛スピードで後退したのだ。

 一瞬前まで奴がいた場所に、見覚えのある魔剣が突き刺さった。

 突き刺さると同時に、それは巨大な蒸気船ハブーを、一撃で真っ二つに割る。


「お前か、勇者ぁ!!」


「これは、マクベロンからハブー目掛けて投げつけたっぽいなあ。“世界接着ワールド・グルー”」


 俺は、割れゆくハブーを即座に接着する。


「だが、俺の仲間はあんたの居場所を正確に把握してるぞ。彼か彼女のナビゲーションで、うちの女王陛下はまた正確無比な爆撃をしてくる」


「ははっ……! この肉体でも魔将共とは比べ物にならない力があると自負していたが……世界のバグどもめ、また力を上げたか……! だが、絶望と恐怖に迫った魔力は存分に吸わせてもらった! 後は……お前たちの国を蹂躙するまでだ」


「あっ、おいこら待て」


 オルゴンゾーラは、背後に手を伸ばす。

 奴の指先が、ドアノブの形に世界を握りしめた。

 俺と同じタイプの移動魔法だ。

 一瞬で、魔王はドアの向こうに飛び込んでしまう。


 ここで、俺が加速していた時間が元に戻った。


「っ……!? ウ、ウェスカー、いつの間にあたいの横に!?」


「うむ。なんか悪い奴は俺が追っ払ったぞ。あいつはこれから、別の国で暴れるそうな」


「そ、そうか……! だけど、ウェスカー! ハブーが、あいつにやられて……」


「よし、じゃあマリエルの真似をして雨を降らせて火を消すとしよう。“大雨招来コールレイン”!」


 俺が空に向かって手をかざすと、唐突に巨大な積乱雲が出現し、ドジャーっと大雨が降った。

 馬鹿げた勢いで、あらゆる炎を消すと、雨はスッと止んだ。

 俺もアナベルもキータスも、びしょ濡れである。


「あ……あー。なんだ、その。相変わらず身も蓋もないのな」


「話が早いだろう」


「ま、まあな。助かったよウェスカー。でも、今はあたいの礼を聞いてる場合じゃないんだろ? あいつ、別の国って、もしかして……」


「ユーティリットだろうなあ。あっ、これって慌てないといけない状況じゃないか?」


「そうだよ! ウェスカー、さっさと行けー!」


 俺はアナベルに尻を蹴られた。

 時空の扉を開き、飛び込むことにする。

 やれやれ、なんだか、一気に状況が動き出している気がするぞ。

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