第147話 ユーティリット・竜の国連合

 すっかり地形が変わってしまった降臨の地とやらで、俺とレヴィアは大変よい汗をかいたので、これで模擬戦終了ということにしておいた。


「やるようになったな、ウェスカー。昔、私が剣を投げつけたら、刺さって死ぬようなことを言っていた男と一緒だとは思えないぞ。まさか私の牽制とは言え、必殺のパンチを真っ向から受け止めるとは」


「あれは世界を割って受け止めなければ即死でしたな。あっはっは。レヴィア様も何やら、頭がおかしいレベルの破壊力に突入してますねえ」


「うむ。雷の波動ライトニングサージとやらが、日々高まっていくのを感じる。するとパンチ力などが上がるのだ」


「なるほど」


 よく分からんが、そういうものらしい。

 俺が特に意味もなくどんどん魔法を編み出して、さらにどんどんその威力を増していくのと同じだろう。


「しかし……腹が減ったな。こんな事を言うと、昔であれば城のものに、王女としてそのような物言いは良くないと嗜められたものだ」


「前々から、レヴィア様は姫とか向いてませんでしたからねえ。ま、今のほうが生き生きしてますし、いいんじゃないですかね。はい、これ、焼き菓子とワイバーンの肉です」


「おお、焼き菓子を持っていたのか。やはり、肉だけでは腹に溜まらないからな」


 俺が魔法で水を作り出し、それをその辺に転がっている、ドラゴンの頭蓋骨を容器にして満たす。

 これをぐいぐいやりながら、肉とビスケットを齧るわけだ。

 眼の前に広がるのは、雄大な光景。

 見渡すかぎり、荒野が広がっている。

 俺たちが座っているのは、降臨の地を形作っていた壁に当たる部分だが、これがぐるりと恐ろしく広い範囲を囲んでいるのだ。

 で、この空間の中央辺り、でかいものがどーんと鎮座ましましている。

 あれが、魔王オルゴンゾーラの本体か。


「オルゴンゾーラの本体……ごくり」


「おっ、レヴィア様。やりますか」


「……やるか!」


 食事が終わり、二人で歩き出す俺たちである。

 すると、どこに隠れていたのか、あちこちから翼や尻尾が生えた人々が姿を現す。


「あのー」


「ちょっとそこ行く方々、あのー」


「なんだね? 俺たちは今から、魔王オルゴンゾーラの本体を粉々に破壊しに行くのだ」


「ええ……!? いや、それが出来るならいいんだけど。ちょっと待ってよお二人さん」


 竜人らしき人々は、俺たちを囲んだ。


「ほう? やる気か?」


 レヴィアが身構えると、竜人達はスッと一斉に土下座した。


「「「「やりません、死んでしまいます」」」」


 ネーロと同じようなリアクションをしたな。


「我々は、あなた方の戦いぶりを見まして。オルゴンゾーラではなく、あなた方についたほうがいいかなーと」


「ほう」


 レヴィアが目を細めた。


「ではその証はどう立てる?」


「レヴィア様、俺にいい考えがあります。みんなで魔王の本体をぶっ壊しましょう」


「ああ、それはいいな!」


 パッとレヴィアの表情が明るくなる。

 竜人達の顔は、スーッと青ざめた。


「いや、それは……。攻撃したはずみで、オルゴンゾーラが復活してしまうかもしれないんですが」


「我々、オルゴンゾーラの夢にすら勝ててないんで寝返ったわけで」


「それに、アポカリフが見張ってるだろうから、ちょっと」


「つまり、オルゴンゾーラの本体を攻撃すれば、アポカリフが出てくるということか! なんだ、いい事尽くしじゃないか。よし、やろう。今すぐやろう! ウェスカー!」


「ほいほい! 行きますよレヴィア様」


 俺が手を差し出すと、レヴィアが掴まった。

 そのまま空に浮かび上がる。

 どうやら、集落の側でも俺たちの動きに気づいたようだ。

 ネーロがグレートドラゴンの姿になり、仲間たちを運んでくる。


「ほら、みんなも一緒に行こうじゃないか。オルゴンゾーラ、みんなで殴れば怖くないぞ!」


「ええ……」


「そういうものか……?」


「いや、だがアポカリフやオルゴンゾーラの夢が出たら、彼らに押し付ければ」


「よし、やってみるか!」


 どうやら、竜人たちもやる気になったようだった。

 次々にその姿が巨大なドラゴンに変じ、俺たちの後をついてくる。

 広大な降臨の地と言えど、空を飛べばあっという間だ。

 眼下に、異形の岩山……オルゴンゾーラの本体が鎮座している。


「行くぞ! お前たち、突撃だ!」


 レヴィアは宣言すると、自ら俺の手を離し、魔王の本体めがけて自由落下を開始した。

 落ちながら全身に雷を纏っているから、自分を弾丸にしてあの岩山を砕くつもりだろう。

 彼女の基本戦法は突撃みたいなものだからな。


『ええ……』


『突っ込まれたらブレスとか吐けなくない?』


「気にしないで、炎を吐いたりしていいぞ! レヴィア様はそれくらいでは死なないので」


 ということで、俺たちとドラゴンによる、魔王本体の解体作業が始まった。

 何しろ、とんでもないでかさだ。 

 ドラゴンですら貴族の屋敷ほどの大きさがあるが、彼らも魔王の本体と並べば、まるで人間と蟻くらいのサイズ差がある。

 つまり、どこをどう狙っても当たるのだ。

 ブレスが、ドラゴンの攻撃が、レヴィアの無体な大暴れが、魔王本体に炸裂する。

 恐らくかなりの強度があるのだろうが、どんなに頑丈だろうが攻撃し続けていればいつかは壊れる。


「よし、俺も一発、世界ごと魔王を割るか! “世界ワールド……”」


『やめよ!!』


 その瞬間である。

 空から、凄まじい大音声が響いた。


『アポカリフ!』


『来たのか!』


 ドラゴンたちが慌てる。

 同じドラゴン同士なのだろうが、何を慌てているのだろう。

 とりあえず、俺はスッとその場を動いておく。

 すると、さっきまで俺がいた場所に、猛烈な勢いの炎が降り注いだ。

 というか、いきなりそこに炎の柱が生まれたように見えた。

 巻き込まれたドラゴンたちが、絶叫を上げながら燃え盛り、落下していく。

 おうおう、これが魔将アポカリフのブレスか。


『何をしている、貴様ら! それを何だと思っているのだ! オルゴンゾーラ殿の肉体ぞ!!』


 巨大な黄金竜が、高速で落下してきた。

 すれ違いざまに、他のドラゴンたちをなぎ倒し、跳ね飛ばしていく。

 向かうのは一直線。

 地上で順調に魔王の本体を破壊するレヴィアだ。

 いやあ、うちの女王陛下、拳で魔王の本体を破壊できるんだなあ。


「レヴィア様、注意ー!」


「うん?」


『やめろ勇者!! オルゴンゾーラ殿の肉体をやらせはせん!!』


 魔王に攻撃する事に夢中で、気づくのが遅れたレヴィアである。

 黄金竜の突撃を、真っ向から食らいそうになる。


「こりゃいかん。“超加速ハイパーアクセル飛行フライト”!」


 俺は無意識に使用している、空飛ぶ魔法に意思を集中させた。

 その途端に、周囲の時間の流れが恐ろしくゆっくりになる。

 ピンチの時に、俺の意識はこのように加速することがあるが、あれは受動的に起こる。

 今回は、自分の意志でそれを引き起こしたことになる。

 ねっとりと絡みつく空気を、適当に魔法で裂きながら、遅くなった時間の流れの中をずんずんと進む。

 ついにアポカリフに追いつき、そして追い越した。

 行きがけの駄賃に、黄金竜の鼻っ面に山程泥玉を載せておいた。

 そして、空を見上げているレヴィアをひょいっと抱き上げると、そのまま真横に避難する。


 ここで、超加速飛行の魔法が切れた。

 俺はただの飛行状態になり、レヴィアをお姫様抱っこしながら、魔王の本体から距離をとっている。

 目の前で、アポカリフが魔王の肉体に衝突した。

 もうもうと爆煙が上がる。


「なっ……なんだ!? ……ウ、ウェスカー!? いつの間に、その、またこんな風に私を抱いているんだ!?」


「ははは、危ないところでしたね。それはそうと、いい加減慣れませんかレヴィア様。いや、俺としては毎回この体勢になるたびに大変指先が柔らかくて嬉しいんですが」


「柔らかいとか言うな!」


 ぽかりとレヴィアに叩かれた。

 いつもの事である。

 そんなやり取りをする間に、アポカリフは体勢を立て直したらしい。

 巨体を起き上がらせ、周囲の空間を覆い隠さんばかりになった土煙を、翼の一振りで吹き飛ばす。

 だが……。


『ぬううっ! な、何が起こったのだ!! 目が、目が見えぬ……!!』


 うむ。

 俺がたっぷり、泥玉を叩きつけておいたからな。

 そのようなわけで、魔王の肉体を舞台にして、最後の魔将アポカリフとの戦いの幕が開いたのである。

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