第145話 竜使いの集落

「よ、ようこそ、竜使いの集落へ……」


 恐る恐るといった感じで、俺たちに茶が出てきた。

 素朴な土の湯呑だが、俺たちの前には置かれるのに、レヴィアだけ、位置が妙に遠い。

 うんうん、うちの女王陛下怖いもんなー。


「解せぬ!」


「レヴィア様、初対面の相手に恐れられるということはあれですよ。魔王軍も怖がるわけなので、むしろ好ましいバロメーターです」


「なにっ、言われてみれば……」


「ウェスカーさんがレヴィア様を変な理屈で説得した! 段々おかしな方向に頭が切れるようになっていくなあ」


「この男は初めて遭遇したときから、おかしな事を口走ったり、姑息な方向に頭が働く男だったぞ」


 シュテルンが苦々しい口ぶりだ。

 付き合い長いからなー。


「まあまあ。んでは、俺がみんなを代表して色々聞こう」


「まあ、ウェスカーさんがまともなことを言うなんてびっくりです!」


 マリエルも言うようになってきたな?


「集落の人」


「はい」


 集落の長だと言う人が来たので、情報収集である。

 長は一見して、鱗があって角があって尻尾が生えている。

 竜っぽいな。


「色々聞きたいんだけどさ。まずこのお茶って……痛い!」


 メリッサが俺にパンジャを投げつけてきた。

 なんて雑なツッコミだ。


「ウェスカーさん、お茶はいいのでちゃんと質問する! えっと、皆さんここに住んで長いんですか?」


「ねえ待って! 突っ込むところ違わない? 普通、長の外見に突っ込むでしょ……!」


 あっ、イヴァリアが至極まっとうなツッコミを入れてきた。

 会話の主導権を握っている人間がいないので、めいめい勝手に質問をして、場は大混乱である。

 長はうんうん、と頷くと、口を開いた。


「まず、我々は竜人族という民です。人間は我らを魔物と呼ぶこともあり、神の下僕と呼ぶこともあります。ですが、それは遠い昔。今では、かの黄金竜アポカリフの虜囚となっております」


「この長、かなりハートが強いな……!」


「ええ。しれっとこの状況で、優先順位をつけて語っていますね」


 ゼインとクリストファは小声である。


「この大陸マザーボードは、今や虚空に浮かぶ隔離された世界となっています。あなた方人間の世界では、我らとこの大陸の事など、忘れ去られて久しいでしょう」


「ええ。わたくしたち、長命なるマーメイド族の間でのみ言い伝えられておりましたわ」


「やはり……。我らは永き時を、アポカリフによって封じられ続けているのです。あの男は、この世界に災厄を招き入れた裏切り者。全ての災厄の始まりとなった存在であるがゆえに、厄災竜と呼ばれております」


「ふむふむ。ええと、つまり?」


「だめだこいつ、話が難しくなったから考えるのをやめたぞ!」


「ウェスカー、つまり、アポカリフというあの竜が、魔王オルゴンゾーラをこの世界に呼び込んだということだろう」


「なるほど! さすがレヴィア様、魔王のことに関しては頭の回転が早い」


「ふふふ」


 竜人族の長は、ニコニコしながら俺とレヴィアのやり取りを見ていたが、すっと横を向いてメリッサに囁いた。


「彼らはいつもああなのですか」


「私が知る限りずーっとあんな感じです」


「苦労しますねえ。ですが……ああ言う、何なのかよく分からない方々だからこそ、アポカリフは初めて警戒を見せているのかも知れませんね。現に、あの男はあなた方が現れてからは姿を見せていません」


 竜人の長は立ち上がった。

 お茶を運んできた人が、窓を開く。

 その向こうには、山が見えた。

 でかい山だ。

 なんというか、縦にでかいんじゃない。ひたすら、ひたすらに横にでかい。

 壁みたいだ。


「あれは山ではありません。降臨の地。魔王が降り立った大地です。その衝撃があまりにも大きかったがため、マザーボードの大地は大きく抉られ、波打ちました。あれに見えるのは、その波打ちが産んだ際の姿」


「ははあ。魔王ってでっかいのな」


「オルゴンゾーラの本体は、極めて巨大で、そして強大です。かつてこの地に赴いた勇者たちは、その生命を賭してオルゴンゾーラの目覚めを防ぎました。今、あなた方が知る、世界の裏で暗躍するあの者は、魔王が見ている夢なのです。そして、夢がまた夢を生み出し、オルゴンゾーラは己の端末とも呼べる存在を増やしつつあります」


「なるほど」


「つまり殴り放題ということか? ふむ……よきかな」


 レヴィアがとてもいい笑顔をした。

 さて、竜人の長が言う言葉を要約すると、俺たちが相手取ってきたあのオルゴンゾーラは、本体の夢に過ぎないらしい。

 夢の癖にやたら強かったな。

 

「それで、当の竜人さんがたは戦わないのかい? まるで見てきたような話しぶりからすると、あんたたちは恐らく、寿命がないたぐいの連中だろう?」


 ゼインの問いかけに、竜人の長は頷いた。


「いかにも。我らは寿命という概念が生まれる前に誕生した存在です。ですが、我々に戦うことはできません。魔王はこの大地に根ざし、マザーボードという世界の魔力を吸い付くしました。その魔力は、我らの力の源。今の我らは、自らの力で戦うことも叶わぬ非力な存在となっているのです。ところで正直、魔力がなくなってしまったこの大陸で、どうやってあなた方が魔法を使っているのか見当もつかないのですが」


「それは恐らく……」


 マリエルが、長の言葉を受けて、俺をじーっと見つめた。


「なにかしら」


「ウェスカーさんが鍵なのだと思います。ウェスカーさんは全く気づいていらっしゃらないのですけれど、この人自身が世界の特異点みたいになっていて、自ら魔力を無限に生み出し続けているようなのです。ですから、彼の仲間として繋がりを持つわたくしたちは、魔力が存在しない世界にあっても、魔法を使うことができます」


「えっ、そうだったのか!?」


 俺はすごくびっくりしたぞ。

 でも、その話を聞くと納得だな。

 俺、明らかに無尽蔵に魔法を使えるからなあ。


「なんですか、それは……。まるで、それはもう一つのオルゴンゾーラのような……」


 長が呻いた。

 どうやら、これで聞ける話は全部のようだ。

 竜人族の長は脱力したように、椅子にもたれている。


「さて、これからどうする? 私の意見を言おう。突撃だ」


「待ってレヴィア様! 休憩しよ? 休もう?」


 メリッサが建設的な意見を言った!

 それは重要だな。

 そうしよう。

 突撃、特攻を主張するレヴィアの意見は満場一致でスルーされた。

 俺たちの女王陛下の意見が通らないのは、いつものことである。


「しっかし、マリエルの話を聞いて驚いたぜ。甥っ子がそんなとんでもねえことになってたとはなあ……。言われてみれば納得だ」


「あの王女……いや、今は女王か。彼女が異常な強さを発揮するようになったのは、常に特異点の近くにいるからだったのか……!」


「あ、レヴィア様は」


「ええ、恐らくレヴィア様は違いますね。ウェスカーが魔力の特異点なら」


「そうですね。レヴィア様は力の特異点と言いましょうか。長がおっしゃりかけた、オルゴンゾーラのようだというのは、もしかして当たっているのかも知れませんね」


 クリストファとマリエルは、何を言っているのか。

 ともかく、戦いに行く前の休息なんである。


「さて、じゃあ暇つぶしに俺は集落をぶらぶらするが……」


「あっ、ウェスカーさん、こっちこっち」


 メリッサが手招きしている。


「なんだなんだ」


「あのね、さっきレヴィア様がのしたドラゴンいるでしょ。ちょっとねえ……名前を付けてみようと思って」


「ほう!」


 面白くなってきた。

 俺はメリッサと共に、集落の入り口へと向かうのである。

 ぐったりとのびたドラゴンは、ちょっとずつ意識を取り戻しつつある。

 薄目が開いていた。


「フャン!」


『キュー!』


「ぶいー!」


「ウキー!」


 メリッサ四匹のしもべがドラゴンを取り囲む。

 そして、ゆっくりと頭を起こすドラゴンに、メリッサが近づいていくのである。

 これはあれだな。

 王者の歩みだな。


「名前つけてあげる。こっちの方が楽しいよ?」


『グオ』


「ええとね……。あなたの名前は……」


 ドラゴンの胸から、真っ黒なカードが顔を見せている。

 それを、メリッサは無造作に引っこ抜いた。


「ネーロ!」


『グオオオオオオンン!!』


 グレートドラゴンの目が、ぱっちりと開く。

 濃い灰色の体が起き上がるや否や、ぐんぐんっと縮んだ。

 気がつくと、そこには竜人族の男の姿がある。


「我が新たな名はネーロ。新たなる主よ、どうぞよろしくお願いします」


 跪いた。


「うんうん」


 満足気に、メリッサは頷いた。

 そして、手にした黒いカードを、くしゃくしゃっとしてポイッと捨てた。

 カードは空気に溶けるように消えてしまう。

 あれが、メリッサがビアンコを従えた原理かあ。

 っていうか、これ、キータスと同じ力じゃないのか?


 どうやら、特異点とやらは、俺とレヴィアだけじゃないようだ。

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