第144話 荒野をまったりと行く

 戻ってみると、ドラゴンのいとこたちは全て退治されていた。

 空と陸というハンデをものともしない。

 流石はうちのパーティだな。


 特に、ゼインがまた怪しい武器を持っている。


「叔父さん、そのでかい弓は一体」


「こいつか? 俺はたくさん武器を持ってきただろ。あれを組み合わせるとこれになる。他にも色々な形になるぞ」


「叔父さんは変な武器が好きだなあ」


「お前、手ぶらで最前線に行くタイプだもんなー」


 周囲では、弓を持った骸骨達が地面に潜っていくところだった。


「シュテルンとイヴァリアで呼んだの?」


「そうだ。我々は死霊術師ネクロマンサーだ。特に、魔王の影響が色濃い地域においては、召喚できる死者の数が増える」


「空の上で暴れまわる、あなた達みたいな非常識はできないもの」


 相変わらず、イヴァリアはちょいちょい喧嘩腰だ。

 まあ、俺たちが何度もひどい目に遭わせてるからなー。


「ウェスカーさん、彼らはドラゴンのいとこではありません。ワイバーンという下等な竜です」


「へえ! マリエル物知りだなあ……」


「今はすっかり見ることがなくなりましたけれども、恐らく彼らは、覇竜アポカリフの世界へ移動して生き延びていたのでしょうね。これらが悪なのかどうかは定かではありませんから、全滅させるのはどうかと思いますねえ」


「そう言えば……。キータスなら洗脳……じゃない、改心させられるかもしれないもんな」


 今後は可能な限り、戦闘力を奪う程度にしておこうという話になった。

 さて、俺たちはこれから、上空から見かけたこの世界の集落に向かうのである。


「魔物が人間生かしといて、ずーっと養ってるのかね? 変な感じだよなあ」


 俺がしみじみ呟くと、ふむ、とレヴィアも頷いた。


「寝首をかかれるという事を考えないのだろうか。それとも、よほど自信があるのか」


「少なくとも、あの黄金のドラゴンの寝首をかけるのは、我々以外にはいないでしょうねえ」


 苦笑するクリストファ。


「それに、恐らく魔王は意識的に人間を滅ぼさないようにしていると思われます。これは、より強大な力を持っていながら、神々が人と共存せざるをえないのに近い理由ではないでしょうか」


「魔王オルゴンゾーラは、人間を生かしてるのは信仰がほしいからとか?」


「恐怖が欲しいのだろう」


 端的な話をレヴィアがしたら、シュテルンとイヴァリアが頷いた。

 どうやら、魔将だった彼らからしても、今のレヴィアの見解が魔王の活動の理由として適当らしい。

 さて、俺たちはぶらぶらと道を行く。

 丸一日ほどのんびり歩いて、荒野のど真ん中で野宿となった。

 ワイバーンを焼いて食べる。


「美味い美味い」


「脂身が少ないが、歯ごたえがちょうど良くて、噛みしめるほどに味が染み出してくるな」


「汁物も作ってみよう?」


 俺が指先からシューッと水を作り出し、ワイバーンの皮を加工した容器に入れる。

 これにぶつ切りにしたワイバーンの肉を入れ、底を火の魔法で炙って汁物を作るのである。


「なかなか……」


「ここに来て、甥っ子の便利さが生きるな」


「微細な魔法のコントロールは、絶品ですね……!」


「初めて戦った時は、これほど細やかに魔法を使うことはできなかったと思ったが」


「俺も腕を上げたのだ」


 なんか、俺とシュテルンの間に火花が散る。

 おかしいなあ。

 今は味方同士のはずなんだけどなあ。


 俺たちは、盛大にワイバーンの肉を使って煮炊きを行った。

 煙はもくもくと上がり、一匹を丸ごと食べ尽くした。


 不思議と、夜襲はなかったのである。


「自分たちの仲間が焼かれているから、怖がって近づいてこないのかも」


 朝になり、メリッサが昨日の残りのワイバーン焼きをむしゃむしゃやりながら言う。


「でも、すごく静かだねえ……なんにも音がしないよ、この世界」


「そう言えばそうだなあ……」


 マザーボード大陸に来てから、生き物の気配を感じたことがない。

 ワイバーンくらいのものだ。

 見渡すかぎり、草一本生えていない荒野である。


「不毛の大陸だ。これ、どうやって人間は生きてるんだ?」


「あっちには森があったんでしょ?」


「そう言えばあったなあ。あそこで狩りをしてるとか……」


「そういうのかもしれないねえ。なんか、私の村の昔の姿を思い出しちゃうなあ」


 メリッサの住んでいた村も、魔将フォッグチルに封印されていたな。

 ありゃあ、食生活も貧しくてひどいもんだった。


「そういう食生活をしてるかもってことか! こりゃあいかんな」


「いけないねー!」


「美味しいものを食えないと大変なことになるからな!」


「この世の地獄だね!! アポカリフ倒そう!」


「倒すかー!」


 二人で大いに盛り上がる。

 最後の魔将だからどうだ、なんていう気負いはない。

 この世界の人々に、美味しいご飯を食べさせる。

 ただそれだけが俺たちの中にあった。

 そうしないと、この世界の名物を使った地方料理を食べるなんてことできないからな!


 俺たちパーティは、また動き始める。

 急ぐ旅でも無い。

 また、昼間になるとアポカリフの手下らしき、ドラゴンたちの襲撃があった。

 今度は、地面を駆ける巨大な四足のドラゴンである。


 こいつらは肉に脂が乗っていて、なかなか旨かった。

 うん。

 全滅させてしまった。わざとじゃない。レヴィアが本気になってしまったのだ。


「いや……これは楽しかったなあ」


 晴れ晴れとした顔で、レヴィアが笑った。


「久々の、真っ向勝負だった……。やはり戦いとはこうでなくてはならない」


「またレヴィア様、強くなりましたねえ」


「うむ。私も戦う度に、その戦いで得たものを自分なりに研究し、次の戦いに生かしているのだ」


「今回も得るものがありました?」


「あったな。あの突撃は参考になる。体のサイズが問題なのではない。心意気だ」


 新しい技か何かを考えているなこの人。

 絶対、巨大なドラゴンを単身でひっくり返すとかするやつだ。

 俺はこの後、レヴィアからいかにして新しい技を使うかを説明されつつ、この世界にある人間たちの集落に辿り着いた。


 到着早々、出迎えである。


「ドラゴンだなー」


「ドラゴンだねえ」


「ドラゴンですね」


「ドラゴンかあ」


「ドラゴンですねえ」


「これはグレートドラゴン。集落の入口を固めているのは、侵入を許さぬというアポカリフの意思であろう」


「生半可なことでは倒せるものではありません。強大なドラゴンで……」


「ぬうんっ!」


 シュテルンとイヴァリアの言葉が終わらない内に、レヴィアの咆哮が響いた。


『グオオオオ──ンッ!?』


 おっ、グレートドラゴンが下からかち上げられたぞ。

 ドラゴンが前足を叩きつける。が、レヴィアの拳とかち合って、前足も跳ね上げられた。

 ブレス。

 うん、レヴィアによって真っ二つに裂かれたな。

 グレートドラゴンは空中に舞い上がる。

 そして、地上にいる、たった一人のレヴィアめがけて凄まじい速度で突進してくる。

 これに合わせて、レヴィアも地面を蹴った。

 地面が円形に陥没して、あちこちが割れ砕けた。

 跳躍するレヴィア。

 空中で、凄まじい激突音が鳴り響いた。


「どうだ、ウェスカー! こんな按配だ! 私の考えた技は、なかなかドラゴンたちに効果的だぞ!」


 笑いながら振り返るレヴィアの背後で、白目を剥いたグレートドラゴンが崩れ落ちた。

 おお、流石グレートドラゴン。

 死んでない。


「技というか、相手が殴ってきた瞬間に思いっきり殴り返す的な力任せですな」


「何を言う。あれは突撃するという技を、私なりに改良したものだ。力任せのように見えて、余人には真似できない難しさがあるのだぞ」


「ハハハ、真似したら肉塊になりますな」


 談笑する俺たち。

 グレイトドラゴンの後ろでは、今まで集落に閉じ込められていた村人たちが顔を出していた。

 彼らの顔は、助け出された喜びに満ちて……はいなくて、「えっ?」という戸惑いに溢れていたのである。

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