第二十二章・伝説の大陸マザーボード

第143話 お出迎えはドラゴンのいとこ

 降り立った世界は、荒涼としたもんだった。

 一面の荒野だな。

 それが、どこまでもどこまでも、果てしなく続いている。


「ひええ、前も後ろも、右も左も、どこまでも何にも無いよ……!」


 メリッサが驚きのあまり、がくがく震える。

 そうだなあ。

 360度地平線が見える状況なんか、そうそう無いからな。

 船で海に出たときは、周囲ぐるりと水平線だったが、不思議とあの時の海はこれほどの衝撃は無かった。

 海には食べ物がたくさんいたしな。


「これが……伝説の大陸、マザーボード……。本当に果てが見えません。大きな陸と書いて大陸と読みますが、まさに、わたくしたちがいた場所とは桁違いのスケールですね……」


 あの広大な海に育ったマリエルですら驚くのだ。


「どれ、ウェスカー、一つ空を飛んでみるのだ。遥か上空からなら、彼方に何か見えるだろう」


「へいへい。……あれっ、レヴィア様もついてくるんで?」


「もちろんだ! 私はそなたの力で空を飛ぶこと自体は大好きなのだ」


 レヴィアが後ろに掴まってきた。

 ということで、二人ですいーっと空を飛んでいくのである。


「当たり前のように飛ぶな……。以前に見たときは、蒸気を使って飛んでいたと思うが、今はどういう原理なのか全く分からん」


「シュテルン様、あれは恐らく、世界の法則を一時的に書き換えて飛んでいます。飛行の魔法としては最上位のものかもしれません。風の魔将ウィンゲルの飛行に匹敵するでしょう」


「無詠唱でか。魔法の名前すら口にしていないぞ」


 下の方で、魔王軍から加わった主従コンビがわちゃわちゃ言っている。

 詠唱とか魔法とか、どうでもいいではないか。

 飛ぼうと思ったら飛べるのだ。

 そもそも、何故飛べないと思うのか、今の俺には分からない。


「ふむ、全く風も揺れも無い。まるて地上にいるようだ」


「でしょう。俺が今開発した世界魔法で、さっき教団の仲間を呼び寄せた魔法の応用です」


「大したものだ! そなたと出会ってから、毎度、驚き通しだな!」


 レヴィアが嬉しそうに笑う。

 この人も、よく分からない理由でどんどん強くなってるけどな。

 最初は骸骨兵士数人分くらいの、まだ人間レベルの強さだったが、今では魔将を拳で殴り倒す次元だ。

 まあ、レヴィアが強くて困ることはないから全然問題ないな!


「レヴィア様も強いので、俺とレヴィア様が合わさってなんか無敵っぽい感じですな!」


「ははは! まさにだな!」


 俺たちは、上空で偵察することも忘れ、談笑を始めた。

 そうすると、下から「コラー!」という声が近づいてくる。

 パンジャに乗ったメリッサである。


「上でぴたっと止まったまま、なんにも動かないから心配になって来てみたら、何をいちゃいちゃしてるのー!」


「フャン」


「ぶいー」


「ウキッ」


 メリッサのフードからボンゴレが。後ろからチョキが。パンジャの下にはビアンコが掴まっている。

 何気にこの一人と四匹、活動範囲が広いなー。

 全員で空も移動できるのか。


「いちゃいちゃなどしていない! これは魔王軍との戦いの為に、互いのモチベーションを高めるべくだな……」


「それがいちゃいちゃでしょ! 二人とも、早く素直になったほうがいいと思うなあ。私が見てて分かるんだもん。みんな生暖かい目で見てるよー」


「な、なにを!?」


 おっ、レヴィアがメリッサに押されている。

 押されっぱなしだ。

 割と誰に対しても無敵なレヴィアだが、メリッサとは分が悪い。

 口で負けてしまうのである。


「ハハハ」


「ウェスカーさんも自分ごとなんだから、他人ごとみたいに笑わない!」


「はい」


 俺もメリッサとは分が悪い。

 食べ物を前にした瞬間、好敵手になるんだがな。


「まず、そもそも一番最初から一緒だったのに、どうして二人の仲が進展してないのか……」


「フャン!」


 メリッサが何か語り始めた時だ。

 ボンゴレが遠くを見て、高らかに吼えた。


「おっ? あー、遠くの方に、黒いものが見えるなあ。多分森で、その奥に……山? ちょっと視力強化して見てみる」


 俺は体内に、外から取り込んだ魔力を巡らせる。

 それを目玉に集めるイメージ。

 すると、遠くにあったものがぐーんと拡大されて見えた。


「見えた見えた。金色の山がある。んで、真っ黒な森。人里みたいなのもあるな。……で、何かこっちに向かってくるのがいる」


 それは、山や森から飛び立った、翼を持つ者たちだった。

 魔物だろう。

 だが、目を望遠状態にして見ているとは言え、翼の形まではっきり視認できる魔物だ。

 でかいぞ。


「でかいのがたくさん来る。ドラゴンのいとこみたいなの」


「ほう! では迎え撃つとするか!」


「じゃあ私、みんなに教えに行くね! ビアンコ、チョキ、レヴィア様とウェスカーさんを手伝ってあげて!」


「ぶいー!」


「ウキー!」


 白猿ビアンコは、大きく息を吸い込むと、一瞬で巨大な姿に変じた。

 もともと風の白猿神だからして、空を飛ぶのはお手の物。

 そんなビアンコの肩に、チョキが着地する。

 なんか新しい武器を持ってるな。


「チョキ、それなんだ?」


「ぶ? ぶいー」


 チョキが手渡して見せてくれる。

 四角く細長い棒状のもので、穴が開いている。

 横から取っ手が突き出していて、棒と取っ手の境目にボタンがあった。


「どう使うんだ?」


「ぶいぶい」


 チョキは、まあ見ててよとでも言わんばかりの仕草とともに、武器を手に取った。

 そこへ、ドラゴンのいとこが一番乗りで襲い掛かってくる。

 大きさは、ソファゴーレムくらいだからかなりでかい。

 巨大な翼があって、前足がない。


「ギョアアアアッ!」


 そいつは俺たちに向けて叫び、猛スピードで襲い掛かってきた。

 体当たりする気だ。


「むっ」


 レヴィアが身構えた。

 そこへ飛び出す、ビアンコとチョキ。


「ぶ……ぶいーっ!」


 チョキが、武器のボタンを押した。

 すると、凄い爆発音。

 先端の穴から、弾丸が飛び出してくる。

 これがドラゴンのいとこの右肩に当たると、そのままぶち抜く。


「ギョオオオオッ!?」


 ドラゴンのいとこの体勢が崩れた。

 チョキは次弾を装填、さらに撃つ。

 今度は、見事にドラゴンのいとこ、その頭を撃ち抜いた。


 ドラゴンのいとこが落下していく。


「おお、凄い武器だな! なんか対物体ぶち抜き弾丸発射筒って感じだ!」


「ぶ、ぶ」


 チョキが得意げだ。


「くそう、私も負けんぞ! ウェスカー、足場を頼む!」


「了解ですよ!」


 俺はレヴィアの要請に応えて、手足を大きく広げた。うつ伏せの姿勢に変形する。

 俺の背中で、我らが女王陛下は立ち上がった。

 そして、拳を構える。


「チョキにばかりかっこいい事をさせてはいられぬ! 行くぞドラゴンのいとこども!」


 こちらから、ドラゴンのいとこの軍勢に飛び込む形である。

 前、右、左、後ろ、上、下、斜め。

 見回す限り全部が魔物。


「どこをどうやっても魔物を倒せるではないか! いいぞいいぞ! とらあっ!!」


 上機嫌のレヴィアが、まずは一匹、見上げるような巨大な魔物を殴り倒した。

 拳が命中と同時に強烈な雷撃を放ち、ドラゴンのいとこを回りの魔物ごと吹き飛ばす。

 俺もまた、飛んでいるだけではない。

 広げた両手両足から、エナジーボルトを射出しながら魔物をなぎ払うのだ。

 ちなみに俺の靴は改造されていて、ワンタッチで靴先が開き、足の指がむき出しになる。

 つまり、常に二十本のエナジーボルトを撃てるということである。


「よし、なぎ払え、ウェスカー!!」


「へいほー!」


 二十本と言ったな。あれは嘘だ。

 目から、口からエナジーボルトが出る。

 尻から出すとレヴィアに当たるし、ズボンがだめになるので自重する。


 俺はあらゆる方向にエナジーボルトを放ちながら、群がるドラゴンのいとこをなぎ払い、打ち落とす。

 俺たちが撃ち漏らしたものを、チョキとビアンコが倒していくのである。

 ビアンコの戦い方は豪快。

 自在に空を飛び回り、ドラゴンのいとこにパンチやキック、あるいは関節技を掛けて翼を使えなくし、地面へ落とす。

 ビアンコの死角は、チョキがその巨体の上を駆け回りながらサポートする。

 子豚が手にしたなぞの武器が火を吹くたび、ドラゴンのいとこが一匹、また一匹と落下していくのだ。


「しかし、この世界に来た途端にこれとは、大歓迎だな!」


「ですなあ。向こうも本気ってことでしょう。明らかに他の世界の魔物より強いですよこれ」


「だが、私たちはもっと強くなっている! このままさっさと全滅させるぞ!」


 レヴィアは獰猛に笑うのだった。

 いやあ、久々に彼女が生き生きしているなあ。

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