第142話 ライバルになれなかった男と、伝説の大陸

「うっま、焼き菓子うまあ」


「マクベロン王国の焼き菓子は凄いよね! 美味しすぎるぅー!」


 山のように盛られた焼き菓子を、二人でもりもり平らげていく。

 無理を言って、厨房の窯を使ってもらい、たっぷりと焼いてもらったのだ。

 四角いもの、星型、丸型、どうぶつ型。


「可愛いし美味しいし、最高!!」


 もぐもぐもぐっ、とメリッサが三つほど一気に頬張る。

 俺ははしたないちびっことは違うので、焼き菓子を二つ頬張って紅茶で流し込むのだ。


「もっと味わったらどうだメリッサ」


「ウェスカーさんは私の倍くらいの早さで食べて紅茶で流し込んでるじゃん!!」


「俺は味わう速度が早いのだ!」


「そんなわけ無いでしょー! ってことでこっちの焼き菓子もらうね!!」


「うおー! メリッサいつの間にぃーっ!」


 争うように山を削っていく俺たちだが、そんな大騒ぎを、マクベロンの人々は困惑しながら見つめている。


「救国の英雄だということは分かっているのだが……」


「理性では分かっているのに、感情では納得したくない……!!」


 何を言っているのだろうか。

 焼き菓子を前にして、冷静でいられる人間がいるだろうか?

 いや、おるまい。

 俺とメリッサにとって、この焼き菓子に向き合うことは、即ち魔王軍と戦うこと以上に重要なことなのだ。


 遠巻きに眺める人々に囲まれ、俺とメリッサは焼き菓子との戦いを続けた。

 と、いきなり真横に腰を下ろした者がいる。


「久しいな、ウェスカー」


「もご?」


「もふ?」


「いや、口の中のもの飲み込んでからでいいから」


 ちょっとキザな外見をした、貴族っぽい男。

 彼は、レヴィアの元許嫁だった魔導師、ナーバンだ。


「ウェスカー」


「なんだ?」


「殿下……いや、陛下はどちらにおられる? 私は強くなった。今の私ならば……陛下のお力になることができるだろう……!」


「レヴィア様かー。あの人、アンジェレーナ姫と一緒の部屋にだな」


「あれは禁断の愛をかんじるよねー」


「な、なんだとう!!」


 メリッサの言葉に激しい反応を見せるナーバン。

 まだレヴィアを諦めていなかったのか。


「それに、うちのパーティに入るにはあれだ。俺に認められないと駄目なのだ」


 とりあえずナーバンが強くなったというなら、力を見てみたくなるものである。

 俺は焼き菓子を一握り口に放り込むと、中庭へ彼を誘った。




 俺とナーバンが立ち会いをするということで、わいわいと見物人が集まってきている。

 復興途中のマクベロンでは、娯楽が少ないらしい。

 俺たちのやり取りは、城の人間にとってまたとない楽しみなのだろう。


「さあ、行くぞウェスカー! 思い出すな、ユーティリット王国でお前と戦った時を……!」


「あー、あれなあ……。炎の矢はやっぱり駄目な魔法だと俺は思うんだよなー」


「フッ、私はいつまでも、あの頃のナーバンだと思うなよ!? 炎の矢に改良を加え、私はこの魔法を最強の一手にまで鍛え上げたのだ! 行くぞ! “我は命ず! いでよ金の精、炎の精! 産み落とす、十と七つの鉄の針。炎宿りて矢となり、十と七度、我が敵を穿て! 真・炎の矢ネオ・フレイムアロー”!!」


「あっ、炎の矢に芯が! いいねー。ほい、魔法奪取マナ・ドミネイター


 俺は手のひらからエナジーボルトを糸のように細くして伸ばすと、放たれた炎の矢に触れさせた。

 そしてそこから、ナーバンの魔力を取り込む。

 一瞬で、炎の矢は俺の支配下に置かれた。


「な、なにぃっ!?」


「だって詠唱長いんだもん。そりゃ、対抗策なんぞたっぷり用意できるよ」


「ウェスカーさん、普段はこの辺の判断アドリブでやるもんねー」


「うむ。今回は実に楽だった。ほい、返す」


 俺がぽい、と手を振ると、炎の矢が一斉にナーバンめがけて降り注いだのだった。


「う、うぐわーっ!?」


「外してあるから大丈夫だ。たぶん」





 ざわざわと、ざわめきが収まらないマクベロン城の中庭。

 プスプスと煙を上げる地面の上で、無傷のナーバンが失神している。


「悪くはないが、戦力外だなあ……」


「だねえ。ウェスカーさんだから無傷で済んでるけど、これゼインさんなら何かする前にあの人を一発で倒してるなあー。詠唱なんかしてる暇ないし、マリエルさんだって、詠唱するときはちゃんと周りが守ってる時だもんね」


「そういうことそういうこと。マリエルの場合、使う魔法の規模が大きいから、詠唱しないと暴発しやすいんだろうな。暴発したら大変なことになるだろうし」


「その割にはウェスカーさん、詠唱使わないじゃない。凄い魔法使ってるのに」


「ハハハ」


「笑ってごまかした!」


 というところで、我がパーティの頭脳班、クリストファとマリエルがやって来た。


「ウェスカー、メリッサ、ピースの解析が出来ましたよ。これは、本当に腰を据えて掛からなければいけない案件のようです」


「誰か倒れていますわね? ふむ」


 くんくんとマリエルが匂いを嗅ぐ仕草をした。


「炎と土属性の魔法……。この魔力マナの形からして、綺麗に整えた競技用の魔法でしょうか? ウェスカーさんの炎の玉と比べれば、制御は楽でしょうが、ある程度以上の魔物には通用しないでしょうね」


「属性魔法を極めた人は言うことが違った」


 とりあえず、場所を移して今後の話を聞くことにする。

 マクベロン王国の一室を借りた。

 意外なことに、先にゼインが来ている。


「叔父さん、女の子といちゃいちゃしなくていいのか」


「いいよいいよ。世の中平和にならんことには、落ち着いて女と遊べやしねえ」


 続いて顔を見せたのは、シュテルンとイヴァリア。

 あまり居心地が良さそうではない。


「仮にも滅ぼしかけた国にいて、まともな精神であれば楽しいはずがないだろう。俺の望みは、この俺を支配して好きに使ってくれたオルゴンゾーラに一矢報いることだ」


「なるほど」


「シュテルン様、またこいつ聞き流してます」


 イヴァリアに睨まれた。

 なるほど、って便利な受け答えの言葉なんだけどなあ。


「では、お集まりのようですから、私達が解析したピースの情報をお見せしましょう」


 場の空気を無視して、クリストファがワールドピースを取り出した。

 それをテーブルの上に置くと、ぼんやりと輝き出す。


「今、私とマリエルが、これに魔力を与えています。パンジャさんにもご協力を頂きました」


『キュー』


 いつもはメリッサに付き従う、魔精霊パンジャが自慢げに鳴く。

 そういえば彼も、最初はピースに関連する魔法的な効果をもたらす精霊だったはずだ。


「見て下さい。このピースは、神々の島の位置を象ったものです。事実、これを手に入れたことで、神々の島はこの世界上に出現していることでしょう。だから、気づかなかったのです。この裏に、次なる世界の姿が描かれていることに」


 クリストファが、ピースの上に手をかざした。

 すると、触れたわけでもないのに、ピースが裏返る。

 物理的に裏返ったんじゃない。

 何と言うか、これは。


「内側にあった模様が表側と入れ替わった、みたいな?」


「まさしく。これは、本来であれば世界を封印するためのアイテムなのでしょう。オルゴンゾーラは、最初はここに描かれた土地……つまり、この巨大な大陸を封印した。そして、神々の島。火山島。海。何者かが築いた巨大な橋と、森の島」


 いつの間にか、他のピースがそこに並べられていた。


「これはパンジャさんが作り上げたダミーですわ。このピースから発した魔力の糸を伝って、全てのピースが繋がっています。つまり、オルゴンゾーラはこれら全てのピースを繋げなければ、世界を封印できなかった」


「ふむふむ」


「巨大な大陸……マザーボードと呼ばれた、伝説の大陸ですわ。わたくしが海王になった時点では、既に封じられていましたから。かつての勇者の仲間たちも、これを見たことはなかったでしょうね。まさか、わたくしの代でこの大陸に辿り着くことになるなんて……」


「つまり」


 七つのピースが集まり、その表面には大きな島が描かれている。

 これが大陸か。この大きさに比べたら、俺たちがいる四王国なんて箱庭もいいところだ。


「そのマザーボード大陸に、あのドラゴンがいるんだな?」


「はい。始まりの魔将、覇竜アポカリフ」


「恐らく、オペルクもいるだろうな」


 クリストファの言葉に、シュテルンが繋げた。


「じゃあ、行くか」


 俺の言葉に、皆が頷いた。

 では、残る一人。

 我らが女王陛下を呼ぶとしよう。


「レヴィア様、そろそろ出発しますよー!」


 俺は声を張り上げた。

 すると、部屋の窓から見える城の上部が爆発した。

 白い甲冑を着込んだレヴィアが飛び出してくる。


「待ちかねたぞ! さあ行こう! 今すぐ行こう! さあ、さあ!」


 その勢いのまま、会議室となった部屋に飛び込んでくる。

 これを俺が、魔法の網などを作り出しながらキャッチするわけである。

 俺が受け止めないと、城が半壊しかねないからな。


「それでは出発! 目標、伝説の大陸マザーボード!」


 俺は宣言すると、ワールドピースに手を触れた。

 何度かパンジャとクリストファのやることを見ているから、俺もこの世界間移動魔法の使い方が大体分かる。

 念じると、ピースの上に扉が開いたのである。


 いよいよ、最後の魔将との決戦の時だ。

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