第133話 闇の女神教団の脅威

「くっ、遅かったか……! この村もやられている!」


 オエスツー王国の都から派遣された、骸骨兵士たちは村の様子を見て愕然としていた。

 家々の軒先には、可愛らしい人形がぶら下げられ、闇の女神の文体をイメージした可愛らしい丸文字の呪文があちこちに書き連ねられている。

 人々は黒を基調とした衣服を纏い、人も魔物も和気藹々と、ある一方向へと向かっていく。


「すっかり闇の女神に支配されてしまったか……。これで六つ目の村だ! 一体全体、何が起こっているというんだ……!? おい、そこの!」


「なんだ?」


 呼び止めたのは、巨漢でスキンヘッドの魔物である。

 元はモヒカンだったらしく、頭の中央部に剃り跡が青々しく残る。


「なんで人間なんかと仲良くしている! 俺たちは魔物だろう」


 骸骨兵士の言葉に、スキンヘッドの魔物はとても不思議そうな顔をした。


「俺もあいつらも、キータス様を信じてるだろ? 人とか魔物とか、それがそこまで問題にする違いか? キータス様のありがたい教えはな、“真っ暗闇なら見えないから、相手が何だって同じ。あとは野となれ山となれ。闇の祝福を世界に!”だぜ」


「なんてアバウトな教義なんだ……! それに、こいつから魔王軍に対する敬意を微塵も感じない……!」


「ああ、それと“女の子は胸ではない。ハートだ”ってのもある。いちいち含蓄が深いぜ……」


「ええ……」


 骸骨兵士達はドン引きした。

 なぁにそれぇ? という感じである。

 闇の女神教団。その存在は、骸骨兵士たちの理解を超えていた。


「分からないなら、一度ミサに参加するといいぜ。あいにく、教団のお偉いさんはいないから、代理で俺が神官を勤めることになってる。これでも魔物で闇の女神教団信者になった第一号だからな!」


「なにっ、貴様がか!」


 骸骨兵士達が色めき立つ。

 だが、彼らはこのスキンヘッドに襲い掛かることはしない。

 この魔物、どうやら一つの村を任されていた程度には腕利きらしく、兵士達に犠牲が出る可能性があったからである。


「ここは、奴の誘いに乗った振りをして」


「シュテルン様に報告する情報を集めよう」


「そうだな、そうしよう」


 こそこそと話し合い、骸骨兵士達の方針が決定した。

 リーダー格の骸骨が、オッホン、と無い喉で咳払い。


「では見せてもらおうか。闇の女神教団のミサとやらを」


「いいぜ、来いよ!」





 ミサの会場は、村の中心にある広場だった。

 いつもなら、近隣の村や町に農作物を運ぶ為、荷馬車を止めて積み込み作業が行われている場所である。


「今日は安息日なんで、ここでも仕事はお休みだから空いてるんだ。闇の女神教団の教えで、安息日担当以外は必ず休むことになってる。安息日担当は後日代休な」


「闇の女神のクセになんてホワイトな……」


 呻く骸骨兵士。

 そして、彼らに手渡されたのは黒い布である。


「これを身に着けることになってる。悪いが、こいつはまだローブにも加工してない布でな。辛うじて染色が終わったのだけ持ってきた。ちなみにこれも、決まった職人に発注することになってて、一度に作れる数には限りがあるんだ」


 次にスキンヘッドは、骸骨兵士達に教義が書かれたペーパーを手渡す。

 丈夫な羊皮紙の表裏に、サラッと書き込まれた教義。

 闇の女神の教えはそれで全部らしかった。


「キータス様いわく、“いっぱいある、覚えられない。記憶の法則”なんだそうで、シンプルに箇条書きされてる。逸話とか作って聖典にまとめるのは自由で、事後報告制だ。売上の10%を闇の女神教団本部に納めることになってる」


「待て待て待て! なんだ!? さっきから聞いていたら、闇の女神教団とはなんなんだ!!」


 思わず突っ込んだ骸骨兵士に、スキンヘッドはきょとんとして返した。


「何って……みんなで幸せになろうって教義の教団だぜ?」


 やがて、ミサが始まった。

 神官代理を請け負っているスキンヘッドが、人々の中心で教義を読み上げる。

 これを広場に集まった信者たちが復唱し、その後、一斉に女神へと祈りを捧げた。


「闇の祝福を世界に!」


 祈りの言葉はこれ一つ。

 これだけ唱えていれば、死んでも闇の女神が拾い上げて、だらだら暮らせる天の世界へ連れて行ってくれるのだという。

 ミサ自体も、驚くほど短時間で終わった。

 儀式めいたやりとりなどほとんど無く、祈りが終われば皆ローブを外す。


「いやあ、今週もミサが終わったなー」


「飲むべ飲むべ」


 魔物と人間が肩を組んで、安息日営業の酒場に向かっていく。


「いいなあ……。俺も入団したくなってきた……」


「おいっ、これは闇の女神教団の罠だ! 目を覚ませ! 俺たちは誇り高き魔王軍だろう!」


 世迷言を呟いた骸骨兵士に、別の骸骨兵士がびんたをした。


「ハッ……! お、俺は一体何を口走っていたんだ……!」


「恐ろしい……! やはり、闇の女神教団は危険……! しかも無視できないほどに勢力を拡大している!

 これはシュテルン様に報告して、大部隊を派遣して殲滅せねばいかんぞ!」


 骸骨兵士達の方針が決まった。

 闇の女神教団、滅ぼすべし、である。

 これは明らかに、魔王軍が掲げる、魔物による人間の支配と言う思想とは違いすぎている。


 彼らは急ぎ村を後にし、不眠不休で王都へと向かった。

 オエスツーの主である魔将、鮮烈のシュテルンと、彼に仕える魔術師イヴァリア。

 二人への報告を行う為だ。


 だが……。

 王国へ向かう彼らの前に立ちふさがる者たちがいた。


「な……なんだ、この軍勢は……!」


「凄い数だ!」


 誰もが黒いローブを身に着け、闇の祝福を世界に! と唱えながら歩く。

 一時間歩いては休憩し、そこここで屋台村が展開され、肉を焼いては食い、酒を飲み、歌って騒いで、気が済むとまた進む。

 ちなみに小休止のたびに、酔いつぶれた信者がぶっ倒れて脱落していく。


「凄いカオスだ……!」


「もしや、これは闇の女神教団の本隊……!?」


 骸骨兵士の一人が気付いてしまった。

 この恐ろしいほどの数。

 そして何をしようとしているのか、全く理解できない無軌道さ。

 だが、この軍勢に参加している信者たちは、誰もが楽しそうなのだ。

 村で見た闇の女神教団とは明らかに違う。


「このルートは、王都への道……!?」


「奴ら、まさかこの勢力で王都へ攻め込もうと!?」


 骸骨兵士達は、恐怖に震えた。

 自分たちの行動は遅かったのか。

 闇の女神教団は、いつの間にかオエスツー王国に広く深く浸透し、既にシュテルンの支配を脅かすほどになっていたのだろうか。

 全く反抗らしき反抗も無く、何の事件も起らないので気付かなかった。


「そうか……! 奴ら、人間と魔物が仲良くしているから、いさかいも事件も起らないんだ!」


「なんてことだ! 恐ろしい……! なんて恐ろしい奴らなんだ!」


 呻く骸骨兵士たち。

 彼らは、この恐ろしい事実に衝撃を受け、自分たちを見つめる信者たちの視線には気付かない。

 やがて、信者たちの中から、一際艶やかに輝く黒のローブを纏う青年が現れた。

 とてもやる気がなさそうな顔をしている。

 青年の首からは紐がぶら下がっており、紐は彼の前方に、何かを固定していた。

 黒髪で、揚げ菓子をむしゃむしゃ食べる、ちょっとコロコロしてきた幼女である。

 彼らは、フードを被った少女を伴っており、少女がしきりに幼女の腕や足をぷにぷに摘んでいた。


「最近、キータス太ってきたんじゃない?」


「ずっと美味しいもの食べてるからな」


「ウェスカーさん、そろそろキータス運ぶのやめなよ。歩かせないとまん丸になっちゃう」


「あー、以前のメリッサみたいにか」


「やめて!」


『乙女心の法則……』


「ということで、キータス放流! さあ自分で歩くのだ」


『うーわー』


 幼女が紐を切られ、ぽてっと落っこちた。

 骸骨兵士たちは、呆然とこの様子を眺めている。


「な……なんなんだ、お前らは」


「いや、今キータスって。その幼女がキータス? ええ……?」


「そして俺が大神官ウェスカーだ」


 やる気のなさそうな男が胸を張った。

 キータス以前に、この男の名前が、骸骨兵士たちを我に返らせる。


「待て! ウェスカーだと!?」


「それは、シュテルン様が宿敵とされた大魔導師の名前……!!」


「まさか、お前が闇の女神教団の裏で糸を引いていたのか!!」


 真実に気付いた骸骨兵士たち。

 王国を襲った異変の全ては、この恐るべき大魔導の手によって成されていたのだ!


「お前は逃げろ! 必ずやシュテルン様に報告を!!」


 骸骨兵士の一人が、その場を転がるようにして逃げ去っていく。

 残る骸骨たちは、悲壮な覚悟で大魔導の前に立ち塞がった。


「たった六人で魔王軍を脅かす、勇者たち一行でも最悪の存在、大魔導……! さて、俺たちがどこまでやれるか……!」


「たかが骸骨兵士と舐めるなよ、大魔導……!!」


 骸骨兵士たちは、各々の武器を構えた。

 そして、一斉に襲い掛かっていく。


「ほい、キータス、お仕事」


『うう……。教化の法則……』


 その時、ウェスカーの指示でキータスの指先が光り……。

 辺りには骸骨兵士達の、「ウグワーッ」という悲鳴が響いたのであった。

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