第127話 神様を巻き込むのである
「ちょっと待ってウェスカーさん! これ、いけそう!」
メリッサがトトトっと前に進み出てきた。
白猿神バルカーンが、元気に暴れている真ん前である。
「危ない危ない」
民衆が慌ててメリッサを止めようとするが、バルカーンがフーっと息を吹きかけてきたので、みんなそれに「うわーっ」と吹き飛ばされていく。
メリッサは、パンジャを盾にして風を回避したようだ。
「この子も魔物みたいなものでしょ? なら私、手懐けられるかも!」
「手懐けるって、あれ神様だろ?」
降りてきた俺は、バルカーンの風のブレスを、生み出した風で相殺しながらメリッサを庇う。
「なんかね、いけそうな気がする」
だが、この魔物使い、妙に自信満々なのだ。
そのやれそうという自信の根拠はどこから……?
あ、いや、俺もいつも無根拠な自信に満ち溢れてるじゃないか。
その理屈から言えば、メリッサに自信があるならいけるということになる。
「なるほど、ではやろう」
「やったー! ウェスカーさん流石、話がはやーい!」
メリッサは許可も取らず、俺の背中に駆け上がってくる。
そして、肩車状態に合体である。
「よーし、飛ぶぞー」
「いっけー!」
俺の体が浮かび上がる。
「ほーら、バルカーン、私だよー。メリッサだよー」
メリッサは、俺から身を乗り出してぐいぐい行く。
仲間にできそうな魔物相手には、とても強気なのだ。
魔法が使えるわけでもないし、武器を扱えるわけでもないのだが、こういう時のメリッサは強いな。
「ウキッ!?」
バルカーンが一瞬驚き、それから警戒心をあらわにしている。
そりゃあ、いきなり女の子が手を伸ばして近づいてきたら警戒するよな。
ところで俺、メリッサが一体どういう原理で魔物を仲間にしているのか、さっぱり分からない。
「なあメリッサ。なんで魔物はメリッサの仲間になるの?」
「うーん。私もわかんない。なんか適当に」
「適当に……! 何気にメリッサも凄いな」
よく分からないが、メリッサは魔物を仲間にできるようだ。
俺が彼女を乗せて、バルカーンの周りをくるくる飛ぶと、白猿神は戸惑いながら俺を見回す。
周りへの攻撃が止んだぞ。
ボンゴレは小さくなり、チョキは鉄の玉を撃ち尽くしてすっかり観戦モードである。
「ほーら、バルカーン、怖くないよー。うーん、バルカーンってちょっと可愛くない名前だよね。そうだ、私が名前をつけてあげるね」
「おっ、仮にも神様に名前をつけるとは凄いことを思いつく」
「いいの! 神様だってお猿さんでしょ?」
そんなメリッサの行いを、邪魔しようとする者がいる。
ウィンゲルだ。
「や、やめなさい!! 神の名前を書き換えるということがどういうことか分かっているのですか!? そもそも、人がそのような事を出来ようはずが……!」
よっぽど名前をつけられたら困るみたいだぞ。
「おい、メリッサ、どんどん名前を付けてしまえ」
「うん、もちろんだよ! そうだなあ。あなたは、白くてほわほわしてるから、ビアンコ!」
「えっ、なんで白くてほわほわならビアンコなの」
俺はびっくりした。
なんでだ。訳がわからない。
そもそもなんでボンゴレはボンゴレなんだろう。
うーむ。
だが、この一見して無邪気な、少女によるお猿への名付け。
これがとんでもない効果をもたらしたようだった。
バルカーンは頭を抱えて、「ムギャオーッ!」と叫ぶと、目玉をぐるぐると回転させた。
やがて、叫びが途切れると、白猿神は目を見開いた。
青い瞳になり、なんかつぶらになっている。
そして、しゅるしゅると小さくなってしまった。
「おいで!」
メリッサが手をのばすと、バルカーン……いや、ビアンコは、「ウキー!」と声を上げ、空を飛んでくる。
メリッサの手の甲に乗ると、そこを肩まで駆け上がり、彼女の肩から首の周りをパタパタと走り回った。
「かーわいい」
メリッサが指先で、ビアンコの頭を撫でる。
ビアンコは気持ちよさそうに目を閉じた。
「ば、馬鹿なーっ!! いとも容易く、白猿神を手懐けた!? みどもとバルカーンは長い付き合いだと言うのに、こうも呆気なく!! おかしい! あなた方はおかし過ぎます!!」
信じられないとばかりに、ウィンゲルは絶叫した。
そして、そんな隙を見逃すレヴィアではない。
「どぉりゃあっ!!」
強烈な叫びと同時に、レヴィアが腕を交差して、ウィンゲルに体当たりをした。
「ぐへえ!」
吹き飛ぶ、風の魔将。
その体が、神を封印している扉にぶち当たる。
「支援しますよ、レヴィア様。“
以前、海の世界でゼインの武器を強化した魔法だ。
これを、ただでさえ強力な破壊力を持ったレヴィアの肉体にかけるわけなので、そりゃあもう大変なことになる。
「あっ!! レヴィア様が金色に光りだしたぞ!!」
「ただでさえ紫色なのに、さらに金色に……!」
俺とメリッサの解説どおりである。
とんでもない輝きを全身にまとったレヴィアが、扉にめり込んだウィンゲル目掛けて空を助走する。
「いいぞ! ウェスカーの飛行能力に、クリストファの武器強化! これを束ねて……殴る!」
大きく振りかぶったレヴィアの拳が、光の軌跡を描きながらウィンゲルに叩き込まれた。
「おおおおっ!!」
避けることもできずこれを食らったウィンゲル。
なんと、封印の扉を粉々に砕きながら、その向こうに転がり込んでいった。
『うわーっ! なんじゃなんじゃー!』
扉の向こうから、慌てた声が聞こえてくる。
「誰かいる」
「神様でしょー。マリエルさんの知り合いの神様がそっちにいるって言ってた!」
「そうかー」
俺はふわふわと、破れた扉の向こうに飛んでいく。
「みんなもついておいでー」
「フャン!」『キュー』「ぶいー」
メリッサの三匹のお供もやって来たな。
それどころか、民衆までぞろぞろと封印の門をくぐってくるではないか。
「いいのか? いいんだよな? 俺ぁ知らねえぞ……」
民衆に背中を押されて、ゼインとマリエルもやって来る。
そこは、青く輝く空間だった。
なんというか、一面の海って感じだな。
「ちぃーっ……! まさかみどもが、ここまで押し込まれるとは……! 魔王様に伺っていたよりも勇者とやらのパーティは強くなっている……!?」
レヴィアにふっ飛ばされたウィンゲルは、体勢を立て直していた。
何かの上に立ち、俺達を見下ろしている。
「あれっ。ウィンゲルの下にいるのって……俺にはでっかいおじさんに見えるんだが」
「あー、あれは多分神様だよー」
『助けてえ』
そこにいたのは、小山ほどもある大きさのおじさんであった。
頭髪が寂しくなってきており、その分横や後ろの髪の毛を伸ばしている。
トロピカルな色の海パンを穿いており、なんか三叉の槍を手にしている。
「そうですよ。みどもを攻撃すれば、今は力を失った海神ザイレムンまで巻き添えになります」
「ほうほう」
「ふはははは、卑怯と笑わば笑うがいい! これこそがみどものやり方! 力を失った神など、みどもの力があれば容易く滅ぼすことができます! あなた方に、海神を巻き込む危険を侵す事はできますまい!」
「よし、エナジーボルトだっ!!」
俺の目から猛烈な勢いで魔法の輝きが放たれる!
「おぎゃああああああっ!?」
『ぎょえええええええっ!?』
魔将と海神の叫び声が響き渡った。
「やっぱり……!! やると思った」
メリッサめ、俺の行動を見抜いていたか。
「しかし、レヴィア様だったら今の一撃で海神は死んでいた」
「うん、その辺、ウェスカーさんの攻撃の方がまだ救いがあるよね。さあビアンコ、お前も行っておやり! みんなも一緒に攻撃!」
メリッサが魔物たちに号令を下した。
それぞれ個性的な鳴き声を上げ、ウィンゲルへと飛びかかる魔物たち。
レヴィアがここまで辿り着くと、確実に神様ごと殲滅してしまう。
これからが時間との戦いだぞ!
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