第121話 井戸の先には神様が

 結局、色々調べた結果、この井戸の先には何か他の世界があるのだろうということで落ち着いた。

 そりゃあ、別の場所へとショートカットする装置なので、別の世界に行くのは当たり前といえば当たり前。

 なので、こういうむちゃくちゃな危険に慣れている、俺とレヴィアが飛び込むことにした。


「一国の女王様が真っ先に飛び込むとか」


 メリッサが何か言っていたがいつもの事である。


「ぶい」


「おっ、なんだチョキ。これは……チーズか! お弁当の残りをくれるのか」


「ぶいー」


「ありがとうな。これで行った先に何かあっても、チーズを食ってしのげる」


「一応、何があったかは記憶しておいて下さいね。みんなで分析する必要もありますから」


 俺とレヴィアに、出来事を記憶しておけとは、マリエルも酷な事を言う。

 生返事をしつつ、光の渦に飛び込んだ俺たちである。

 また、周囲がぐにゃぐにゃした風景に包まれた。

 向かう先はどこであろうか。


「……」


「レヴィア様、その腰の剣に伸ばした手を引っ込めるのだ。また剣を投げつけたくてうずうずしてる」


「い、いやしかし。あれのお陰で、結果的に魔王軍の陰謀を知ることができたじゃないか」


「結果オーライですなあ。だけど、あれは先代の神懸りの人に怒られたのでやめておきましょう……」


「う、うむ」


 渋々と、レヴィアは腰から手を離した。

 水着の紐に魔剣をくくりつけるという、不思議な装備の仕方がされているのである。

 俺としては、彼女が目茶苦茶をして変な所に飛ばされるとしても構わないのだが、よく考えると、また元のところに戻れるとも限らない。

 ここは、一応自重しておいた方がいいのではないかと考えたわけだ。


「ウェスカーはしっかりしてきたな」


「フフフ、俺も成長しているのです」


「ああ、頼もしいぞ。私はうっかり無茶をやるからな」


「ハハハ、そこはしっかり者の俺がサポートしますよ。どーんと蒸気船にでも乗った気分でいてください」


 談笑しながら光の渦を泳いでいく。

 突然、ふわふわしていた足元に、しっかりとした感触が生まれる。


「おや?」


 レヴィアがぺたぺた、と足元を踏みつけてみる。

 水着姿なので、当然裸足である。

 うーむ、足が丸ごと剥きだしの彼女も、なかなか……。

 俺がじーっと凝視していると、レヴィアはどうやら足元の確認を終えたらしい。


「周囲が光っているから気付かなかったが、既に移動が終わっているようだ。これは、光り輝く部屋の中らしい」


「あっ、そうですね」


 俺はさりげなく顔を上げると、周囲に手を伸ばした。

 ぺたぺたと、触れる光がある。


「これはどうやら、光り輝く部屋のようだ」


「あっ、そうか」


 おや? レヴィアもなんかさりげない風を装って視線を上げたぞ。

 彼女の視線の先には、俺の足元しかないだろうに。


『話が進まないじゃろー』


 いきなり声がした。


「むっ」


 レヴィアが咄嗟に剣を抜いた。

 水着の紐にくくりつけられているので、引っかかった。

 構わずに引っ張ろうとして、ちょっと布地がびりっと……。


「レヴィア様、破けちゃう破けちゃう。今それしか履いてないでしょ」


「あっ、これはいかん」


『おおお、おいー! お前ら、今わしに向かってノーウェイトで剣を向けようとしたじゃろー!!』


 声の主が、露骨に焦った雰囲気を漂わせた。


「当たり前だ。そなたが何者かは知らないが、怪しいものは即座に攻撃する」


『ひい! そ、そういうのは良くないと思うなあ、わし。ほら、わしは一応神様じゃし?』


 声の主が姿を現した。

 ぷかぷかと宙に浮く、まだ幼い感じの男の子だ。


「神様! ほー、あなたが神様かー。ほおー」


 俺は感心した。

 言われてみれば、くりっとした癖っ毛のその男の子は、ゆったりした光り輝く衣を身に着け、ごく自然に浮いている。


「ウェスカー、浮くだけならウェスカーでもできよう」


「やれますな。このように。はぁーっ」


 俺は両手を浅く広げると、全身からエナジーボルトの輝きを放つ。そして、ゆっくりと浮かび上がっていく。


『ぎ、ぎょえーっ! なんじゃ、なんじゃそれーっ!』


 男の子の神様は、びっくりして空中で腰を抜かした。


『怖いからやめて!』


「分かった」


 すーっと降りてくる俺。


「それで、神様が何の用なのだ?」


 レヴィアは神様を恐れるでもなく尋ねた。

 人魚とか大好きで、ロマンチストなところがある彼女だが、きっとこの神様はレヴィアのイメージする理想の神様から外れているのだろう。大変対応がドライだ。


『何って、お前らがわしの世界に来たのじゃろうが。ここは、わしが魔王オルゴンゾーラによって封じられた、極小の異世界の一つ。次元の縫い目を使わねば、行き来できぬ場所じゃ』


「へー。神様って、みんなクリストファがいた世界に封印されてるのかと思った」


『お前、クリストファを知っておるのか。あれは時折わしら神を敬っていないんじゃないかという疑惑が浮かぶが、とても優秀な神懸りでな。どうやら、お前たちとクリストファは一緒におるようじゃの。オルゴンゾーラが使った手段は、それぞれの神をバラバラの世界に封じ、繋がりを持てなくすることじゃった。わしら神は単体で力を発揮するわけではない。例えば、わしの権能は光。わしは光の神ユービキスじゃ。しかし、闇の神キタースがいなくては、ほとんどの力を失う。ピカピカ光りながら浮くくらいじゃ』


「光と闇と、表裏一体ということか」


『そうなるの。元素を司る神は、四神が解放されねば力を発揮できぬ。わしら神は万能ではないのじゃ。……まあ、もう世界の創生は終わってるから、わしら余生をまったり暮らしてるだけで何もしてないんじゃがな』


 おっ、凄いぶっちゃけが来たぞ。

 神様、特に仕事が無い説。


『その辺、詳しい話をするのは一応最高神の許可がいるでな。いやあ、久方ぶりの会話だったので、ぶっちゃけてしまったわい』


「では、あなたがた神を解放しても、特に何も起きないのか?」


『いや……。お前、その身に纏う雷の波動ライトニングサージ、この時代の勇者じゃろう。ならば、お前はオルゴンゾーラを追っておるはずじゃ。わしらは、お前たちをオルゴンゾーラの元まで導くことができる』


「なに! それは本当か!」


 レヴィアが興奮して、ユービキス神の両脇を抱えて高い高いした。


『うーわーっ! 不敬じゃー! 不敬じゃぞー!! ま、魔王は、わしら神の権能をそれぞればらばらにして、自分に都合よく使っておるのじゃ! それで、遥か昔、勇者アーレスによって倒された本体を復活させるつもりじゃ!』


「復活とは」


「オルゴンゾーラは、既に倒されているということか?」


『正しくは、オルゴンゾーラの肉体は倒されておる。じゃが、神のうち一柱がオルゴンゾーラの魂にそそのかされ、配下になった。風の神ウィンゲルじゃ。今まではなんとか、わしら神が力を出し渋り、オルゴンゾーラ復活の時間稼ぎをしておったのじゃが……そろそろ限界なのじゃ』


「実は一刻の猶予も無かったわけか……!!」


「俺たち、フツーに海水浴して楽しんでましたね。湯水のように時間を使ってしまった」


「ああ、こうしてはおられんな」


 スッと神様を元の浮いていた場所に安置するレヴィア。


「神様は封印解かなくていいんですかね」


『うむ。内側からでは解けんよ。じゃから、お前たちは神の世界バイオーンへ向かえ。その地を支配するのが、堕ちたる神、ウィンゲル。これを倒し、わしらの封印を解けば、オルゴンゾーラは力を取り戻す手段を失うであろう!』


「あっ、神様っぽい事言った」


「本当に神様だったのだな……」


『お前ら不敬じゃぞーっ!? さっさと去れー!』


 むきーっと怒ったユービキスが、むにゃむにゃと呪文を唱えると、俺たちの体は再び、光の渦に投げ込まれてしまった。

 自分では封印から出られないが、俺たちを次元の縫い目に放り込むのはできるらしい。

 しかし、重要な情報を得てしまった。


 始まりの魔将に、裏切った神様。残ってる魔将はなかなかとんでもないのばかりだぞ。

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