第120話 過去の勇者たちの伝説
「よーし、じゃあほこらに入ってみるか」
「ぶい、ぶいー」
チョキが俺の膝小僧をぺちぺち叩く。
「なんだなんだ。こそばゆいぞ。えっ、お弁当持ってきたの?」
「ぶい」
チョキは泳いでお腹が減ったようだ。
この子豚の空腹に合わせて、ここでみんなでお弁当ということになった。
「あの魔物はなんなのでしょうね。絵を見る限り、空を覆うほど巨大で、しかも色合いがとても禍々しい」
五百年以上生きているマリエルも知らないのだ。
俺たちが知るわけがない。
「なんだろねー」
適当に相槌を打ちながら、防水お弁当箱に入っていたサンドイッチをパクパク食べるメリッサ。食事時は頭脳の性能が数段落ちる娘だ。
「魔物と戦っている人たちは、剣とか杖とか持ってるな。七人いるぞ。なんか俺たちみたいだなあ」
「ああ。案外、過去にも魔王軍と戦った者たちがいたのかもしれんな。だからこそ、魔王は一度に世界を封印してしまうことができなくて、四王国と私たちが残っている……とか」
俺とレヴィアで、適当な想像をしながら談笑する。
実際のことなどよく分からない。
想像するぶんには自由であろう。
食事を終えて、食後のお茶を飲んだあと、ほこらの探索に向かうことにする。
ほこらの周囲は、洞窟の中よりも温かい。
空が外につながっているせいか。
「暗いな。ウェスカー、明かりを頼む」
「へいへい。エナジーボール」
俺の頭の上に、丸く紫色の光が浮かび上がった。
これは、俺の頭を発射口にして、常にエナジーボルトを循環させながら放つという魔法だ。
新しい魔法を使ってはいないので、我ながら手抜き風の明り取りの魔法なのである。
使わなくなったら敵に投げつけるといいので、二度お得だ。
「ウェスカーさんは、何気に凄まじいことをなさってますよねえ」
「そう? エナジーボルトは使い慣れてしまったおかげで、どんな風にでも加工できて便利だぞ。こう」
水着一丁で身軽なため、全身でエナジーボルトを使える。
肌全体をピカピカ光らせながらポーズを決める。
「うわっ、まぶしっ! ウェスカーさん落ち着いて!」
メリッサからの希望があったので、光を鎮めておいた。
ペタペタと、ほこらの床を歩いて先に向かう。
壁に刻まれているのは、表にあった絵の続きだ。
人間たちが、様々な手段を使って魔物と戦っている。
巨大な魔物は、次々に部下の魔物を呼び出して、人間たちにぶつけている。
クラゲの怪物、鳥の怪物、六本腕の巨人、それからどうも既視感を感じるドラゴン。
「あー、なんか俺、ティンと来ましたわ」
「なにっ、分かるのかウェスカー!」
こういう、物語とかが大好きなうちの女王陛下。
目をキラキラ輝かせて俺の横に無理やり並んでくる。
狭い通路で並ばれると、ぎゅうぎゅうである。
硬いかと思ったら柔らかい……!
「なかなかですな……!!」
「なかなか、とは? 何か深い意味が」
おっと、心中の言葉が口をついて出てしまった。
「ええとですね。多分、このでかくて意味が分からない魔物、オルゴンゾーラです」
「な、なんだと!? これが魔王だと言うのか! だが、私が見た姿は人間のようであったが」
「オルゴンゾーラ、なんか今の自分は何分の一だとか言ってたでしょ。つまり、本体からバラバラになった分身みたいなのがあの人間の姿なんだと思うんですな」
「なるほど……。あれほどの強さで、ただの分身でしかないというわけか」
強くなったレヴィアでも、分身であるに過ぎないオルゴンゾーラには届かない。
魔将とはそれこそ、次元が違う強さである。
「だが、どうしてウェスカーはこれがオルゴンゾーラだと思ったのだ? 私にはどうしても、それが分からなくて……」
「これを見てくださいよ。このドラゴン……見覚えない?」
「ふむ……これは……この色は」
「ドラゴンなんか一匹しか見たことないですけど、あいつもこれも、金色でしょ。なんか古い絵のくせに妙に色が鮮やかなんですけど」
「同じドラゴンだと言うことか。つまり、あれは古くからの魔王の下僕で……」
「最初の魔将でしょうなあ。アポカリフとか言いましたっけ。で、この魔王と戦ってるのは、いわゆる勇者たちのパーティ。まんま、俺たちの先輩ですなー」
「ほう……」
つまり、勇者パーティはアポカリフを除いた、三体の魔将は倒したということだ。
今いる連中、ここに描かれているのとは全員違うし、そもそも数が二倍に増えてたもんなあ。
「では……」
レヴィアが身を乗り出して、壁画を見る。
おっ!
ぎゅうぎゅうだ。これは大変いかんことになっているぞ。
俺はちょっと難しい事を考えていたが、思考がまるっきり雲散霧消したぞ!!
柔らかい! すげー。
うおー。
「この、先頭に立ち、輝く剣を振りかざしているのが私の先祖ということだな!」
「先祖かどうかは分かりませんねえ」
首を傾げるマリエル。
「血の繋がりではなく、縁の繋がりですから。過去の勇者とその仲間たちは見たところ、合わせて七名。恐らく、この半裸の男性が先代の海王でしょう。この獣の皮を被った男性が獣使いで」
「私?」
メリッサも首を傾げた。
ずいぶん見た目が違うなー。
「甲冑に覆われているのが戦王。ゼインさんと同じ役割でしょうね。そしてこの小さい女の子が神懸かり」
「あーあー! このちびっこ、俺たち、
「そう言われてみれば……」
「それもまた、縁なのでしょうね。そしてこのローブを纏った男性が大魔導」
「俺かー」
髭を生やした、壮年の男性に見える。
渋い。
俺は自分を見下ろす。
カラフルな水着のパンツを履いた、ほぼ裸。
うーむ。
ローブなしの方がいろいろ捗るな、やっぱり。全身から魔法が使えるし、レヴィアがくっついてくると大変嬉しいし。
「それで……この最後の一人はなんなのでしょうね? 明らかに一人だけ禍々しいデザインですけど、戦士のようにも見えますねえ……」
「案外魔王軍から寝返ったやつだったりしてな」
俺は適当な事を言った。
ははは、魔王軍が裏切るわけが無いじゃないか。
ということで、もりもりと突き進む俺たちである。
マリエルが魔法を感知する。
ほこらの中の道は一本。
その先に、魔力を感じるという。
「例のあれだな」
どんどんと進んだ先に、広い空間があった。
ずどーんとでかい井戸がある。
井戸の中には、光の渦がぐるぐるしていた。
「ぐるぐるですなあ」
「ぐるぐるだなあ」
そう言いながら、俺たち二人は当たり前のように飛び込もうとする。
「ちょーっと待って! 二人ともステイ! ステイステイ!!」
メリッサが慌てて突っ込みを入れる。
「どうしたのだメリッサ」
「なんでレヴィア様もウェスカーさんも、当たり前みたいな顔して飛び込もうとするの! 前もそれで行方不明になったでしょー!!」
「だって、飛び込まないと分からないだろ?」
「ウェスカーさん、キョトンとした顔しない! ここ、壁画でいろいろ書いてあったんだから、調べるとかできるでしょー!!」
「そ、そうか……!」
レヴィアがハッとする。
俺もたまげた。
「そうかー。確かになー。流石、うちのパーティ一の知恵者メリッサだ」
「一番小さい女の子に頭脳を頼っているというのもどうなんでしょうねえ」
「ニコニコしながらもマリエルが辛辣だぞ」
「日頃から、メリッサさんの突っ込みをマスターしたいとは思っているんです」
「マリエルは私たちの側だと思っていたのに」
ちょっと悔しそうなレヴィアである。
「まあ、クリストファが永遠に俺たちの側なので大丈夫ですよレヴィア様」
「それもそうだな」
「はっくしょん!」
「おいクリストファ、鍛え方が足りないから風邪を引いたんじゃないかー?」
「私はゼインほどガチガチに鍛えない主義なんですよ。ふーむ。風の神が仰るには、誰かが己の噂をすると、鼻がそれを察してくしゃみをすると言いますが……ははは、まさかですね」
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