第111話 ゴーレム馬車とゴリラと少女

「おお、ウェスカーじゃん! 戻ってきたのか……って、なんだ後ろの毛むくじゃらは」


 蒸気船ハブーから、真っ先に駆け下りてきたのはアナベル。

 俺と仲がいい、この船に住んでいる娘である。

 彼女は荷馬車に詰め込まれたゴリラを見てびっくりしている。


「聞いて驚け。これがゴリラだ」


「へえ! こいつがレヴィア様と似てるっていうゴリラか! なるほどな!」


 納得してしまった。

 レヴィアはすっかり、ゴリラと比較されることに慣れたようで涼しい顔である。

 

「アナベル。今回は、このソファゴーレムも一緒に連れて行ってもらおうと思うのだが」


「あー、こいつもかあ。ソファでっかいもんなあ。道端に置いておいても場所を取って邪魔だし、雨ざらしはかわいそうだし」


 アナベルがソファの太ももをぺちぺちすると、ゴーレムが『ま”』と返事をした。


「くすぐったいそうだ」


「ええっ、こいつ自分の意思があるのかよ。相変わらずウェスカーが連れてくるのは変な奴ばっかりだなあ。……そうだ、ちょうど住民がひと家族、南の島に移住してさ、空き家がひとつできた所だ。そこに突っ込んじまおう!」


 豪快な解決手段をとることになった。

 蒸気船ハブーは、元々橋の上に町が有るような場所だった。

 陸地のスペースが限られてるから、いきなり大きい荷物がやってくると困るんだな。

 流石に、荷物を詰め込む場所が無いんじゃ困るということで、今は探索隊が組まれ、ハブーの地下を探っているんだとか。


 そんなわけで、俺たちは再び船上の人となった。

 海を掻き分け、ハブーが行く。

 俺は特にやることが無いので、廃材で作ったベンチに腰掛け、海を見ながらボーっとお菓子を食べている。


「よう、ウェスカー暇か?」


 通りかかったのはアナベルだ。

 アナベルは、俺がボーっとしていると必ずと言っていいほど通りかかる。

 暇なんだろうか。

 俺がそんな感想を顔に出していると、向こうでメリッサが俺を指差しながら、激しく飛び上がって腕を振り回す。

 何を怒っているのだ。何が「どんかーん」なのか。

 とりあえずメリッサが元気なことは分かった。


「おいウェスカー」


「あ、すまん余所見してた。暇だぞ。俺は常に大体暇だ」


 人生を振り返ってみても、我ながらろくでもない事をしている時は、大体暇つぶしだ。

 今までろくでもない事しかしてない気がするので、つまり俺の人生は暇であるという結論になる。


「そ、それならよ。あたいの手伝いをしてみないかい? ちょっと今、探索隊の手伝いをしてるんだけど、ゴミが溜まってるスペースが見つかってさ。掃除の人手が必要なんだ」


「掃除かあ」


「おやつが出るって」


「やるぞ」


 俺は立ち上がった。清掃への強い意欲を燃やす。

 そして、どうせ暇だろうと、ゴリラとゴーレムを誘うことにした。


「ウホッ」


『ま”』


 やっぱり暇だった。


「凄いメンバーになったなあ……」


 俺、ゴリラ、ゴーレムの並びを見て、アナベルが呆然としている。


「とりあえず俺たち三人とも、体力には自信があるぞ。おやつが出る限り働こう」


「ウホウホ」


「ゴリラは何を要求してるんだ」


「ウホッ、ゴホホ」


 ゴリラが、チョークで木の板に要求を書いてくる。

 野菜と果物である。


「こいつ器用だなー」


 なかなか絵が上手いゴリラに、アナベルも感心することしきりだ。

 そういうわけで、俺にはお菓子、ゴリラには果物、ゴーレムはお菓子を食って元気になった俺が魔力を分け与えることで、報酬の件は決着した。

 俺たち三人は、アナベルに先導されてハブーの地下へともぐっていく。

 依然、この町を魔将から開放したときに使った、滑車からぶら下げられた箱に乗るのだ。


「こいつはね、船で発見された文献によると、エレベーターって言うらしいんだ」


「ほー」


 名前があったのだな。

 俺がゴーレム化しようとして失敗したものだ。

 構造が複雑で、自動で動くようにするには、部品一つ一つをゴーレムにしないといけないみたいだ。


 エレベーターは頑丈だった。

 アナベルと俺、ゴリラ、ソファが乗り込んでも平気である。

 ソファは、ゴリラが俺を肩車したくらいの高さがあって、横幅では、俺とゴリラが肩を組んで、いっぱいに手を広げたくらいの大きさがある。

 そんな大きいものが乗っても、平気でくるくると滑車を回し、ゆっくり下降していくとは。


「なあ、ウェスカーとゴリラ、何やってたの?」


「ちょっとゴーレムの大きさを測ろうと思ってな」


「ウホッ」


「ウェスカーってさ、本当に、変なのと仲良くなるよな」


 ソファは大人しく測られていたのだが、突然むずむずと身をよじりだした。


「おっ、どうしたソファ」


『ま”、ま”-』


「え? 何か座席の下にいる? おかしいなあ。座席の下なんて大したスペース無いだろう」


 座席をめくってみる。

 すると、ソファのクッションに包まれて、ボンゴレがいるではないか。

 こいつ、隙間でぬくぬくと温まっていたな。

 俺に気付くと、赤猫は「フャン」と鳴いて、頭に飛び乗ってきた。


「喜べアナベル。仲間が増えたぞ」


「あー、はいはい……。また人間じゃないのが増えたよ……。いや、人間じゃないから邪魔じゃないのはいいんだけどさ。なんつうか、こう、はたから見てて明らかにおかしいよね……」


 ということで、俺、アナベル、ボンゴレ、ゴリラ、ソファの五人は、ゴミ掃除を依頼されたスペースに到着したのである。

 ハブーの結構深いところにある。

 今までエレベーターが到着する最下層だと思われていた場所が、実は蓋だったそうなのだ。

 で、探索隊が蓋を開けたら、このスペースが出現した。

 エレベーターはより深いところまで降りられるようになったとか。


 ソファゴーレムがくぐれる程の大きな扉は、開け放たれていた。

 わいわいと中に入っていくと、そこは一面の瓦礫がれき

 金属やら石やらの大きな破片が、そこかしこに散らばっている。


「これは凄いなあ。これ、アナベルが一人でやる予定だったの?」


「まさか。あたいがウェスカーとやるからって、みんなを辞退させたんだよ」


「へえ、俺とねえ……えっ、なんで?」


「う、うるせーバカ!」


 アナベルが赤くなってそっぽを向いてしまった。

 何だ何だ。

 俺、ゴリラ、ボンゴレが首をかしげる。

 まあいい。仕事だ。


「よっしゃ、じゃあ片っ端から掃除するか。ゴミはエレベーターに乗せて上げちゃえばいいんだろ?」


「ああ。上げたあとで、海に捨てるからさ。もしかしたら使える物もあるかもしれないから、外に町の連中が待ってて、総出で仕分けするって」


「こりゃあ大仕事だな。ほいっと」


 俺はゴミの山に突き刺さっていた、尖った形の塊を引っこ抜いた。

 半ばからぽっきり折れていて、本当はもっと大きかったことが分かる。

 なんというか、でかいものの先端にくっつけて槍みたいに使う部品っぽい……?


「ウホー」


『ま”』


 ゴリラとソファが共同で、大きな板を持ち上げている。

 これをゴミ山に突き刺して、わーっとさらい、一気にゴミを入り口に押し流す作戦だ。

 それを、巨大化したボンゴレが後足でポイポイとエレベーターに向って蹴り飛ばす。

 ボンゴレとゴリラとソファ。

 仮に彼らを動物さんチームと呼ぼう。

 人間離れしたパワーと、優れたチームワークは、恐るべき作業効率を発揮した。

 ゴミ山がどんどんと片付けられていく。

 そこからは、盾みたいなものや、折りたたみ式のボウガン、変な機能がついてそうなコップや、果ては小型の機械仕掛けの船が発掘される。


「これはいかん。俺の存在意義が」


「えっ、別にのんびりやっててもいいじゃん? ほらウェスカー、手伝ってよ」


「うむ。だが、俺もちょっと負けず嫌いなところがあってな。そりゃあ、従者作成! 生まれろゴミゴーレム!」


『ウボアー』


 俺の魔法が発動すると、ゴミ山がゾゾゾッと集まり、ゴーレムになった。

 これは、細かいゴミの一つ一つに魔法をかけてくっつけているのだ。

 凄く小さなゴーレムをコントロールして合体させるから、長時間使うと俺の頭がパンクするぞ。


「さっさとエレベーターいくのだ! ほら、ハリーハリー!」


『ウボアー』


 ゴミゴーレムは、のそのそとエレベーターに向って歩き出した。

 その大きさ、ソファゴーレムの倍近い。

 どうだ、これだけのゴミを一気に動かせば、動物さんチームでも勝てまい!

 俺は勝ち誇って、ゴリラたちに振り返った。

 余所見である。

 その瞬間、ゴミゴーレムが、大きなゴミにつまずいた。


『ウボーアー』


 転んだ。

 粉々になる。


「こらあウェスカー! 散らかしてるんじゃないー!」


 アナベルが怒った。


「だが俺が負けてしまう」


「うーん、あんたが負けず嫌いなのは分かったからさ。じゃあ、操るのがきつくないくらいちっちゃくして、何回も運べばいいじゃん?」


「それだ」


 アナベル、今いいことを言った。

 一度にゴーレムにして、操作に失敗して散らかすよりは、小さいゴーレムを次々に作ればいいのだ。


「よーし、では小さいゴミゴーレムよ、できあがれー」


 もう魔法の名前すら唱えてないのだが、それでもゴーレムが組みあがる。

 彼らは次々にエレベーターに突撃し、その場で崩れてゴミに戻る。

 そんなわけで、俺の作業ペースが上がった。

 すると、対抗意識を燃やす動物さんチームである。

 彼らは長い棒状のゴミを利用して、先端を引っ掛けたあと、てこの原理で大型ゴミを一気に掘り出す。

 ゴミを慣らして滑り台状にして、掘り出すだけでゴミが転がっていくようにしたのである。


「ウェスカー、あいつら頭良くない……?」


「向こうが知恵と工夫で来るなら、俺はゴーレムによる数の暴力だ!」


 かくして、俺と動物さんチームの競争は激化の一途をたどり、ハブー住民総出でも間に合わないほどのゴミが、どんどん地上へ送り出されることになったのである。

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