第十七章・海の彼方に、幻の島?

第110話 国政を放って作戦会議なのである

「戻ってきましたね。ですがワールドピースがない」


 俺が言うと、レヴィアは「うーん」と唸って腕組みをした。

 そうすると、胸元の盛り上がりが凄いことになるので、俺はじーっとそれを見る。


「もう一度行って、フレア・タンを殴るか」


「そうですねえ、ですけど、絶対待ち伏せされてるんじゃないかと俺は思うんですよねー」


「魔王が待ち伏せしているなら好都合だ! この私の拳で今度こそ……!」


「多分まだ届かないんじゃなかなーと思いますなあ。レヴィア様、あとちょっと。あとちょっと」


「むう」


 レヴィアは唸って、椅子からずり落ちそうなくらいだらしなく腰掛けてしまった。

 あ、不貞腐ふてくされたな。


「いいですかね。女王陛下が突っ込んで、もし魔王にやられたら、国家元首を失った国はそりゃあ大変でしょ。リチャードは演説上手いけど、レヴィア様担いでるから演説に力があるんで、いなくなったらもうおしまいですよ。あと、俺が困る。俺が放り出されたらどうするんだ。責任の所在はどこだ」


「そ、それは仕方がないな」


 レヴィアが徐々に体を起こしてきた。


「死んだ後の責任は取れない。では死なないようになってから突っ込もう」


「それです」


 俺たちが真面目な顔で会議をしていると言うのに、横ではメリッサがマリエルとひそひそ話をしている。


「ね? あの二人、今すっごいラブラブなやりとりしてるの! こうねー、小さい男の子と女の子がようやく恋心を自覚したみたいな?」


「ええ。微笑ましいですね。人の寿命は短いから、あのように情熱的に生きられる。それでメリッサさんは浮いた話はないのですか?」


「わっ、私はまだいいでしょー」


 ふむ、俺たちの会議はなかなか盛り上がっているようではないか。

 結構結構。

 残る男たちはと言うと、まったりした雰囲気でお茶を飲むクリストファに、俺とレヴィアのやり取りを満足げに眺める叔父さん。


「叔父さんどうしたんだ」


「いやな。甥っ子もやっと、恋の機微が分かってきたんだなーと思ってよ。その辺りの経験なら、俺はかなりのもんだからな。いざとなったら俺を頼れよ?」


「なんだか分からないが、叔父さんが妙に頼もしく見えるぞ……!」


 こんな、俺たちの一向に進む気配が見えない会議に、ついに末席にちょこんと座っていたリチャードが業を煮やした。


「お歴々がた!! ただでさえ、わが国は興ったばかりで安定しておらんのです! レヴィア陛下に行っていただきたい仕事も多くありますし、ウェスカー導師にお願いしたき仕事も! ウィドン王国のガーヴィン陛下より、様々な陳情がですね!」


「ほーん」


「ほう」


 俺とレヴィアがよく分かってない反応を返したので、リチャードががっくりと肩を落とした。

 そんな彼を、執政補佐官となっている元官僚のラードと、顧問魔導師となったゼロイド師が慰める。


「ほら、だから言ったでしょう。陛下やウェスカー導師を縛り付けておくことは不可能なんですよ。私の仲間たちや、魔王軍が暗躍しましたが、この方々はその予測の遥か斜め上を飛び越えて行動されました。それが良い結果を生み出してもいます。新しい時代に必要なのは、こういう方々なのですよ。政治に関しましては、このラードが経験と知識を以ってお手伝いいたしますからな」


「いかにもいかにも。彼らは言うなれば英雄だ。しかも現在進行形で世界が必要としている英雄だよ。それをたかが一国に縛り付けたとなれば、国は栄えて世界が滅ぶ。ならばこそ、ユーティリット連合王国は彼らを支援すべきであると思うがね。ちなみにウェスカー導師の従者作成魔法から、私が独自に発展させたこの傀儡かいらい作成魔法で陛下そっくりの替え玉を作れるようになったのだが」


「そ、それだ! それさえあれば、様々な行事がなんとかこなせる……!」


 おお、この三人、いいトリオではないか。

 革命の顔役としてのリチャード、前の王国から政治を行ってきた実務のラード、年の功があり、俺との仲介役ができるゼロイド師。

 彼らに任せておけば安心だな。


「時にレヴィア陛下、ウェスカー導師。これからの道行きに困っているようだが、私からひとつ提案をしてもいいかな?」


「ほう、提案とは」


 話題が煮詰まり、お互いの生死の責任問題の話になっていた俺たち。

 早速レヴィアが、ゼロイド師の言葉に飛びついた。


「あなたたちは、蒸気船にて珊瑚礁の島にたどり着き、さらに先にある魔法のほこらにて、オエスツー王国の現状を知ったという話だったが」


「そうそう。結局、オエスツーを見たから戻ってくることになっちゃったんだよ。あー、この先にあるっていう火山島が見たかったなあ」


「そう、それだ」


 ゼロイド師が卓上に身を乗り出して、ドーンッと俺を指差した。


「それかあ」


 俺はちょっと圧倒されてひっくり返った。

 だが、ゼロイド師の言わんとしていることがピンと来たぞ。

 起き上がりながら、思いついたことを口にしてみる。


「つまり、フレア・タンが封印している世界は火山島で、珊瑚礁の島の向こうにあるのも火山島と」


「そういうことだ。同じ火山島が一度に二つも見つかると思うかね? 偶然と呼ぶにはできすぎているし、何よりこれは、何らかの意思が介在していると見るのが自然ではないかな?」


「なるほど……なるほどな!!」


 レヴィアが興奮して、会議の卓をパアーンと叩いた。

 パワフルなレヴィアのことなので、叩いた卓がそこだけ砕けた。卓の足が折れて傾いた。


「レヴィア様、思わず力を入れて物を叩くの禁止!!」


「す、すまん」


 メリッサに叱られる女王陛下なのだった。


「よし、それでは皆さんはこれから、再び蒸気船で旅立たれるわけですな! 留守の間は、またこのリチャードにお任せ下さい! ゼロイド師の作る傀儡かいらいとともに、立派に連合王国を守って見せましょうぞ!」


「うむ! この傀儡さえあれば、まるで陛下からのご下命に見せながら政治を行うことができますな! 傀儡政治とでも言うのでしょうか」


 わっはっは、とリチャードもラードも笑った。

 マリエルだけが、ちょっと頬を引きつらせている。


「そのワードはちょっと……。でも、この時代にはそういう知識はなくなっているのでしょうかね……?」


「それはそうとレヴィア陛下。この黒くて物静かに黄色い果実を食べる生き物はなんですかな? 私の目には……絵物語に描かれたかの幻獣ゴリラに見えますが……」


「ウホッ」


 そう、ゴリラは俺たちについてきていた。

 というか、火山からここまで直帰したので、ゴリラを森に返すのを忘れていたのだ。


「ゴリラだぞ」


「やはり!! まさかこの目でゴリラを見ることができるとは!! なるほど、なるほど……! この肉体、そして瞳に宿る英知の輝き……。はて。陛下より賢そうな……」


 ゼロイド師が飛び上がって喜んだ。だが、後半の不用意な一言で、背後から歩み寄ったレヴィアによるチョップを頭に食らうことになってしまった。


「うおおおーっ、頭が割れるーっ!!」


 頭を押さえてのた打ち回るゼロイド師を後に、俺たちは出発することになったのである。





「流石にゴリラが加わると、荷馬車も手狭になってきたな」


「ウェスカー。我々は今や一国の君主とその仲間たちなのですから、荷馬車ではなくちゃんとした馬車でいいのでは?」


「おお!!」


「確かにそうだな」


 クリストファの鋭い指摘に、俺とレヴィアがハッとする。

 俺たちが愛用してきた荷馬車だが、普通の荷運びに使う質素なものだ。

 座席には藁を敷き詰めたり、あちこち補強したりしてはいるが、荷車であることには変わりない。


「ここはいい車を用意するとしよう。ラード」


「はい。こちらに幾つか取り揃えてあります。このようなご下命があると思っておりまして」


 ラード優秀。

 用意されたのは、黒塗りの大きな馬車。

 真っ白で優雅な馬車。

 要部を鉄で補強した、大きな荷車の三つである。


「おお、これはいいな!! 丈夫そうだ!!」


 ノータイムで荷車に駆け寄るレヴィアだった。


「ええーっ」


 リチャードが愕然としている。

 その肩を叩きながら、「いい加減慣れた方がいいですぞ」と慰めるゼロイド師。

 ちなみにこの荷車、なんと屋根を取り付けることができるので、雨を防げる。

 風は防げない。

 ということで、ゴリラを加えた俺たち一行は旅立った。

 一路、目指すは蒸気船ハブー。

 珊瑚礁の島の奥にあるという、火山島を目指すのである。

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