第109話 久々魔王に追いかけられて帰還する

 俺とレヴィアで、次々にフレア・タンの部屋を家捜しするのである。

 とりあえず、彼の衣装は女王騎士が粉々に粉砕した。

 次に、たっぷりと酒が貯蔵されている場所があったので、ここで二人で酒盛りを始めた。


「あーっ、二人とも何してるのー! って、いたいいたい、チョキ、足をぺちぺちするのやめてえ! 焼き豚でよだれ垂らしたのは悪かったからー!」


 メリッサの突っ込みが途中で途切れた。

 どうやらチョキが、火口に落ちる際のメリッサの反応について抗議しているようだ。


「メリッサもついに反抗される年頃か」


 なんか偉そうなことを言いながら、レヴィアが高そうな酒の蓋をねじ切る。

 栓抜きなんかないが、ちょっとした瓶くらいなら腕力で突破する女性である。


「レヴィア様、ここに杯が……」


「ほう、魔物の骸骨を使った杯か。悪趣味な……。どれどれ」


 とくとくとお酒を注いでくる。

 俺も高そうな酒の蓋を魔法エナジーボルトで壊して、彼女の杯に注ぐ。


「では、高そうな酒をただで飲めることを祝って!」


「乾杯!」


 高らかに骨の杯をぶつけ合う。

 ぐいぐいと飲んでみるのだが、これがまた旨い。

 ふんわりと春の花を思わせる香りがして、口に含むと思いのほか強い酒気が舌をぴりぴりさせる。

 後味はすっきり。


「これは幾らでもいけますな」


「全くだ。飲め飲め」


 二人でぐいぐいやっている間に、他の仲間たちも降りてきたようだ。


「お前らなあ、何やってるんだよ。……待て、随分いい酒飲んでるな……? 俺も混ぜろ」


「ご相伴にあずかりましょう。ここに、私秘蔵のおつまみを携帯してきておりまして……」


「あらあら、お酒を飲んじゃうのですね? うふふ」


 車座になって、わいわいと騒ぐ。

 酒が飲めないお年頃のメリッサは、チョキをなだめたあと不満げに膨れていた。


「ぶいー」


「フャン!」


『キュー』


 三匹のお供が、何か見つけたらしい。

 引っ張り出してきたのは、フレア・タン秘蔵と見られる塩漬け肉である。

 歓声を上げる酒飲みたち。

 無言で肉を切り分け始めるメリッサ。


「ウェスカーさん、これって生みたいだけど……」


「これ、生っぽいけど加工してあるんだぞ。うちの地元で作ってた。生ハムというやつだ」


 ということで、この肉の固まりも俺たちが美味しくいただく。

 メリッサなどは、どこからかパンを取り出して二つに切り、その間にハムをたっぷり挟んで食べている。


「メリッサ、俺にもパンをくれなさい」


「やーだ。ウェスカーさんにはお酒があるでしょー」


「お酒よりもパンと肉が好き……! いや、どっちも好き!」


「ええー……。じゃあ、これは貸しだからね?」


 メリッサが渋々と、背負い袋からパンを取り出して、俺のためにサンドイッチを作ってくれる。

 そいつを俺は、むっしゃむっしゃと食べるわけである。

 食べ終わった俺が、ハムの塩気が残る指先を舐めていると、レヴィアが酒瓶を握ったまま立ち上がった。


「よーひ! ウェスカー、いくろ!」


「すっかり出来上がったレヴィア様、どちらへ」


「探索するんらー!」


「へいへい」


 彼女が俺をご指名なのだから、断る理由はない。

 俺は彼女についていくべく立ち上がった。

 すると、レヴィアが俺に寄りかかってくるではないか。


「なんだなんだ。足元ふらふらですかな」


「そんらことはなぁい! これはわらひの、深遠な作戦らのら……!」


 俺の視界の端で、メリッサがグッとこぶしを握り締めて笑顔になる。

 何かこの人に入れ知恵したな……? 流石は我がパーティ一の知恵者!

 俺が、魔物使いの少女の策謀におののいていると、不意に背伸びしたレヴィアが、俺のほっぺたにキスをしたのである。


「わっ」


「ふふー」


 勝ち誇った顔のレヴィア。

 俺のほっぺたから、濃厚な酒の香りがする。

 見ていると、彼女の顔は、見る見る酒のせいばかりではない赤みを帯びていく。

 そして、そのままバターンとひっくり返ってしまった。

 ゼインが爆笑し、メリッサがガッツポーズを決める。マリエルは嬉しそうに、あらあらうふふ、と笑っている。

 そんな中、この場の空気に流されぬ冷徹な男が一人。


「それではレヴィア様を目覚めさせますね。“聞き届けよ。世界の理を変え、我は穿たれた傷跡を復元す。レストア”」


 傷から毒までなんでも治す、酒飲み殺しの魔法レストア炸裂である。

 あっという間に、レヴィアから酒気が抜けた。

 スーッと彼女の顔の赤みが減るが、まだ顔が赤い。

 そして、レヴィアは目をぱちぱちとさせると、倒れたまま俺をじーっと見た。

 彼女の口が、徐々に開かれていく。


「わ……わあああああ──────!!」


 凄い声で叫んだ後、飛び上がった。

 そして酒蔵を飛び出す。

 飛び出して向かいの部屋の扉を『ここは通さウグワーッ』扉の魔物が木っ端微塵だ!

 一撃で扉を蹴り砕いたレヴィア。

 部屋の中で、「うおあああああああ──────!!」とか叫ぶ。

 物が飛ぶ音。ひしゃげる音。


「もう、だめだー! 酒はもう飲まない! 私はもう酒は口にしないぞーっ!!」


「うーむ」


 俺はキスされたほっぺたを撫でながら、彼女の後を追うことにした。


「レヴィア様」


「ひゃっ」


 声をかけたら、部屋の中で家具やらベッドやらを粉々に破壊していたレヴィアが飛び上がった。

 そして、さらに部屋の置くにある扉を蹴り開けて逃げていく。


「あっ、レヴィア様、ウェスカーさん、そこからはかなり大規模な魔力を感じます。ネプトゥルフに匹敵するほどの……」


 おっとりと、マリエルの忠告が聞こえたがもう遅い。


「仕方ないなあ」


 俺はレヴィアの後を追いかけた。

 部屋の中に踏み込むと、いきなりそこから地面が怪しい。

 ふにゃふにゃとしていて、足場が定かかどうかも分からない。


「なんだなんだ」


 この感じは知っている。

 次元のディメンジョン縫い目スティッチとか言う、俺とレヴィアをオエスツー王国まで飛ばした、あの井戸と同じ感覚。

 これは、どこかに飛ぶぞ。


「うわー」


 レヴィアの声が聞こえた。

 無用心に飛び込んだからなあ。

 きっと心の準備ができていなかったのだろう。

 俺は、ふわふわとした空間をすいすい泳ぎ、先行したレヴィアまで辿り着いた。

 そして、彼女の襟首を捕まえて引き寄せる。


「危ないですぞ。帰りましょうレヴィア様」


「う、うむ……!」


 不自然に力強く、レヴィアはうなずいた。

 ということで、仲良く帰還……とはならなかった。

 俺たちはどうやら、長くこのぐるぐるした空間にい過ぎたようだ。

 ポーンッと俺たちは、見知らぬ場所に放り出された。

 何かにぶつかる。


「いてっ!」


「いたい!」


 どうやら誰かの頭に俺の頭が当たったらしい。


「やあ、こりゃあすみませんな」


「全くだ! 気をつけろ!」


 頭を撫で撫で起き上がったお互いの顔を見て、俺たちはアッと声を上げた。


「フレアス王子じゃないか」


「おおお、お前は、大魔導!! 何故ここに!? ここは魔王様の御前……」


「魔王だと!?」


 おっ、レヴィアがシャキッとした。

 目の前に、にっくきフレアス王子こと、魔将フレア・タンがいても気にならないようだ。

 それもそのはず。

 レヴィアは魔王軍絶対殺すレディである。

 そんな彼女にとって、魔王軍の首魁しゅかいである魔王は最大の目標。


『あぁ……。とんだヘマをしてしまったねえ、フレア・タン』


 聞き覚えのある声が響いた。

 魔王の御前というから、謁見の間みたいなものを想像していたのだが、全く違う。

 言うなれば、ユーティリット王国の、王室が住んでいる部屋みたいな、高級そうだがめちゃくちゃ広いわけではない空間だった。

 豪華なテーブルを前にして、赤い礼服姿の、黒い白目で金の眸の男が、紅茶を飲んでいた。


『僕に報告に来る際、ゲートを開けっ放しにしただろう? 君は王国であれだけめちゃくちゃをやられて、まだ今回の勇者たちの頭がおかしいことに気付いていなかったというわけだ』


「い、いや魔王様、これには理由が……!」


『勇者レヴィア。随分強くなったようだ。今の君であれば、不完全な状態のこの僕をも倒せるかもしれない。そして大魔導ウェスカー。君は相変わらずわけが分からない。僕のこの目を持ってしても、君の実力や力の源が、全く見通せない』


「ほうほう」


 俺は顎を撫でながら立ち上がった。


「俺もさっぱりわからんので」


「魔王死ね!!」


 あっ!!

 いきなり空気を読まず、魔王にレヴィアが襲い掛かったぞ!!

 だが、魔王は彼女の拳を手のひらで受け止めると、『ふんっ』気合を入れてレヴィアをこちらへ放り返して来た。

 おっ、気合を入れるということは、レヴィアの攻撃が通用するようになって来ているということではないか。


「それはそうと、レヴィア様、今の掛け声は一国の女王でなんか勇者とかいうものらしき妙齢の女性としていかがなものか」


「ぬうっ……私の素直な気持ちが出てしまったのだ」


 裏表がない人だからなあ。ともかく、俺は彼女をキャッチしたのである。

 さて、俺はどうしよう。

 今が魔王と戦える千載一遇せんざいいちぐうのチャンスかな?

 魔王は俺を警戒しているようだし、フレア・タンも落ち着いてきて、いつでも戦えるようになってきている。

 ここは魔法で一発かまして……。


「魔王様! 何やら騒がしいようですが何が……アッー!! 勇者と大魔導!!」


「うわあ、オペルクまで来ちゃったぞ」


 魔王が一人に魔将が二人。

 これはいかん。


「相手にとって不足はもがー」


 俺は暴れようとするレヴィアの口を塞ぐと、そのままつま先から魔法を使った。


「ほりゃっ、ワールドデストラクションだ」


 空間が割れる。

 そこに、俺はレヴィアと一緒に飛び込む。

 そしてすぐに、世界魔法ワールドグルーで接着する。

 

「あっ」


「あっ」


『素早い』


 魔将二人はびっくりして、魔王が感心したような声を漏らしたのが最後に聞こえた。

 よし、さっさと退却するぞ。

 魔将一人ならまだしも、あの数はちょっときつい。

 かくして、フレア・タンの居城に戻った俺たち。

 抱えられるだけの酒と、じたばた暴れるレヴィアを連れて、さっさと帰るのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る