第108話 魔将はお留守? 鬼の居ぬ間に家捜し

 ぽこぽこと、次々に生えてくるトーチマンをぺちぺち叩きながら進む。

 さすが火山、いくらでも出てくるぜ!

 俺は速射エナジーボルト、ゴリラは抜き打ちドラミングで次々に敵を無力化する。

 それを、嬉々としてレヴィアがとどめを刺して回るのである。

 ゴリラがちょっと複雑そうな顔をした。


「な? レヴィア様はああいう魔王軍絶対殺すガール……レディなので、平和主義者の君とは合わないぞ。森へ帰ってバナナを食うといい」


 俺は優しい声でゴリラをさとした。ガールをレディと言い直したのは、うちの女王騎士が確か十九歳のはずだからだ。

 ゴリラは難しい顔をした。


「ゴホ」


「なにっ、諦めないつもりか。ならば俺も徹底抗戦だぞ」


 互いにファイティングポーズを取って向き合うのである。


「二人とも、お代わりはまだか?」


 そんな俺たちに、わくわくした様子で催促してくるレヴィア。

 どんどん敵が沸いて来る環境が、楽しくて仕方ないらしい。

 ゼインなど、敵を叩くのに疲れて、飽き飽きした表情なんだが。


「レヴィア様。あまりここでスパートをかけては、後で疲れて魔将と戦えませんよ。元気は後に取っておいて、まずは先に進みましょうね」


「なるほど、確かにそうだな。魔将と戦うときのために、力を残しておかねば……!」


 マリエルが、小さな子どもに話しかけるような口調でレヴィアをさとす。

 これは分かりやすかったようで、レヴィアが素直にうなずいた。


「ウェスカーさんもゴリラさんも、そうやって賑やかにしているから魔物が寄って来るのですよ。静かに行けば、魔物が出てこないかもしれません。その方が楽でしょう」


「ほんとだ」


「ウホ」


 俺とゴリラも説得された。

 ということで、俺たちはここから、粛々と山登りを行うことになったのである。

 そうしたら、本当に魔物が出てこないでやんの。


「突然平和になりましたね」


「ウェスカーさんも、レヴィア様も、ゴリラもうるさかったもんねー」


 クリストファとメリッサが、ひそひそ声で会話している。

 メリッサのお供三匹も、音を立てないように動いている。

 ボンゴレは猫なので、その辺は得意だろう。

 パンジャは不思議な力で浮いているから、音が立たない。

 チョキは横着して、自分の足で歩かずに、ゴリラの背中に張り付いている。

 いつの間にゴリラと仲良くなったんだ。


「トーチマンって連中は、自動的に出てきて侵入者を迎撃するんじゃねえか? なんつうか、さっきから出てきてる奴ら、自分の意思ってものを感じないんだが」


「レヴィア様の結婚式では、人間に化けたりして、普通に動き回ってたのにな」


「結婚式ではない」


 レヴィアに脇腹を小突かれた。


「例の事件」


「よし」


 レヴィアからのチェックが厳しいな。


「だが確かにウェスカーの言うとおり、トーチマンたちの動きはおかしい。私たちがこうして静かに動くだけで出てこなくなるとかもな。まるで、誰かに操られねばまともに動けないかのようだ」


 そんな女王騎士の想像は、頂上までやって来てみて明らかになった。

 そこそこ高い山だったので、途中から疲れたメリッサをおんぶして上ってきたのだが、頂上は見事なまでに何もない。

 いや、大きなすり鉢状の穴がある。


「これが噴火口です。活動している火山であれば、この穴から炎や溶けた岩が噴き出して来ます。気をつけてください」


 クリストファの説明を受け、なるほどなるほど、と火口を覗き込む俺とレヴィアである。


「危ない危ない!」


 ゼインに二人まとめて引っ張り上げられた。


「何でお前ら、言われたそばから危ないことするんだよ! 子どもか!!」


 叱られたぞ。


「正座して叱られてる女王様って構図、シュールだよね」


「でもレヴィア様、あの顔は全く反省してない顔ですよ」


「だよね。ウェスカーさんが反省しないのはいつも通りだけど」


 メリッサもクリストファも人聞きが悪い。

 常に失敗を恐れずチャレンジし続けると言ってくれ。

 とにかく、火口付近でゼインが俺たちを叱っていたら、流石にうるさかったようで、トーチマンたちが湧いてきた。

 これをまた、みんなでポカポカ叩くのである。

 火口付近は、足場がもろい気がする。

 あまり踏ん張ると、落っこちてしまいそうだな。


「ウホ」


 言ったそばから、ゴリラが火口に落っこちた。


「ゴリラが!」


「ぶいー!」


 ゴリラの背中からジャンプして、俺のローブに飛び移ってくるチョキ。

 お前、ゴリラを踏み台にしたな?


「ゴリラー!」


 レヴィアが叫ぶ。

 ゴリラは火口に沈んでいきながら、腕を突き上げながら、グッと親指を立てた。

 そのまま火口に没していく。

 死んだかな? と思ったら、火口の底からポコポコとドラミングの音が聞こえるではないか。


「あれっ。この下、行けるみたいだぞ」


「ぶいー」


 チョキは俺の腹の辺りに張り付きながら、そうだそうだ、とでも言いたげにうなずく。


「よし、チョキ、偵察に行って来い」


「ぶい?」


「いってらっしゃい」


 俺は微笑みながら、子オークのチョキを火口に放り込んだ。


「ぶぶぶ、ぶいー!?」


 なんか叫びながら落ちていった。


「ウェスカーさん!? チョキが焼き豚になっちゃうでしょー!! や、焼き豚、に……。ジュルリ」


「メリッサこわいわあ」


 俺に注意しながら、途中でよだれを拭うメリッサなのである。

 ちなみに、少しした後、火口から「ぶいー」というチョキの声が聞こえてきたので、これは本当に無事に下まで行けるみたいだ。


「みんな、この火口が入り口だ。山の中に魔将の住処すみかがあるぞ! 俺はお先に」


 俺は自ら火口に向って飛び込んだ。


「あっ、ウェスカーずるいぞ! 私も行く!」


「え、えーと……。ボンゴレ、行こう!」


「フャン!」


 レヴィアにメリッサ、ボンゴレも続く。

 俺とレヴィアが自由落下なのに対して、ボンゴレは火口の斜面を駆け下りてくるあたり、流石である。

 どこまで落ちるかなー、なんて思いながら、落下に身を任せていたのだが、すぐに火口から別の空間になった。

 そこは、明らかに城の一室みたいになっている。

 ゴリラが下で待機していた。


「おお、ゴリラ、やはり生きていたか」


「ウホッ」


 ゴリラが落下してくる俺たちに向けて手を差し伸べた。

 俺はその腕目掛けて落ちていき……。

 触れる寸前にゴリラがサッと手を引っ込めたので、床に思い切り尻から激突してしまった。


「いてえっ!」


 ちなみにゴリラは、レヴィアをキャッチしていたりする。

 なんて判断力だ。


「ありがとうゴリラ」


「ウホホッ」


「的確な点数稼ぎだな。だが俺も負けてはいないぞ」


 俺はスッと立ち上がった。

 落下の瞬間、尻が当たった床にウィークネスの魔法をかけたのだ。

 床は俺の尻の形に凹み、放射線状に亀裂が入ったが、俺の尻は無事である。


「ウェスカーさんって、無駄に頑丈だよね……。普通、魔法使いって体が弱そうなのに」


「何を言う。魔法を使って真っ先に敵に突っ込むんだから、丈夫さと体力は一番大事だぞ」


 ボンゴレに乗って悠々と降り立ったメリッサに、俺は魔法使いは体が資本であることを伝える。

 そして、この空間の調査を開始するわけである。

 天井を見上げると、真っ黒。空が見えるわけでもない。

 これは、火口とここを繋ぐ魔法が掛かっているのかもしれない。


 部屋の中には椅子とテーブルくらいしかない。

 ここがもし、フレア・タンの居城だとするとずいぶん質素だ。

 あちこちに扉があるから、そこに魔将らしいものが置いてあるかもしれない。

 俺は早速、目に付いた扉を開けることにした。


「どーれ」


 ドアノブを握った。

 すると、ドア全体がぐにゃっと歪む。


『フレア・タン様ではないな! 侵入者め!』


「ドアの形の魔物かあ! うわっ、火を吹きやがった」


 ドアに目が付き、口が開き、そこから俺目掛けて炎を吐きかけてくる。

 これは、ローブで防ぐのである。

 魔将フォッグチルが残したこのローブ、耐熱性能があるのでとても便利。

 炎を防ぎながら、俺は握ったドアノブ目掛けて魔法をかける。


「うりゃあっ、ウィークネスだ!!」


『ウッ、ウグワーッ!?』


 魔物とは言え、ドアだ。

 ウィークネスで脆くなる。

 ボロッとドアノブが取れた。


「ウェスカーさん! ドアノブ取れたら開かないでしょ!」


「あっ」


 メリッサに突っ込まれて気付いた。

 これはいかん。


「ではこれだ! 体当たりウィークネス!」


 俺は肩から扉目掛けて突進しながら魔法を放つ。


『ウグワーッ!!』


 扉の魔物は、断末魔の声を上げると、そのまま粉々に砕け散ってしまった。

 俺はその向こうにある部屋へ転がり混む。

 そして、視界いっぱいに広がったものに、思わず声を上げてしまっていた。


「な、なんだこりゃあ」


「どうしたのだウェスカー!」


 俺の声を聞いて、ドシンドシンとレヴィアが……いや、ゴリラに乗ったレヴィアがやって来る。

 姫騎士から女王騎士、そしてついにゴリラ・ライダーに進化したか。


「ああ、これか? ゴリラがなかなか下ろしてくれなくてな。であれば、足として使ってみようという試みなのだ。そなたよりも背が高くなった心地で、なかなか気分がいいぞ」


 女性としては結構な長身であるレヴィアだが、俺よりはちょっと背が低い。

 気にしていたのか。

 得意げに俺を見下ろしてくるな。

 いやいや、今はそんなことを気にしている場合ではない。


「レヴィア様、これこれ」


「むっ? なんだこれは! まるで衣装の森ではないか!」


 そう、そこには、見渡す限りの服、服、服。

 全てが男性物で、しかも普通の服ではない。

 やたら飾りがジャラジャラついていたり、強そうな肩アーマーがついていたり、逆に革のベルトだけで作られたヘンテコな服だったり。


「あの魔将、服を集めるのが趣味であったのか」


「おっ、レヴィア様、ほら、この服。例の事件の時にフレア・タンが着てた花婿用の礼服で……」


「そこをどけウェスカー!! うらあああああっ!!」


 いきなり本気モードになったレヴィアが、剣を振りかぶって投げつけてきた。


「あぶねっ!!」


 俺は全力で真横に跳躍する。

 さっきまで俺がいた場所、つまり、フレア・タンの礼服があったところに、雷を纏った剣が炸裂した。

 大爆発が起こる。

 どうやら、炎の魔将の衣装らしく燃え上がりはしない。

 だが、爆発に巻き込まれると話は別なようだ。

 粉々のばらばらになり、衣裳部屋は一瞬にして、よく分からないチリにまみれた空間になった。


「あーあ、もったいない……」


「何を言う。これでいいのだ。あの忌まわしい記憶を思い出さなくて済むからな」


 レヴィアが爽やかに笑った。

 かくして、第一の部屋を灰燼かいじんへと変えた俺たち。

 次なる部屋の散策を行うのである。

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