第107話 ブルトゥス火山、探索

 半日ほど放置していたら、レヴィアもゼインも元に戻ったようだ。


「ハッ……。私は一体何を」


「レヴィア様はゴリラのドラミングにやられて、ふにゃふにゃになってたんです」


「なんと、私がふにゃふにゃに」


「まあ、いつも血の気が多すぎるくらい多いんで、多少はふにゃふにゃでもいいかなーと思ったんですけど、ありゃやり過ぎだ」


「それで、魔物は」


「奴らもふにゃふにゃになって、去っていってしまいましたな。多分、うちの女王陛下のほうが闘争心が高かったので、立てないくらいふにゃふにゃになったのではないかと思いますが」


「ぐぬぬ」


 レヴィアがとても悔しそうだ。

 ゼインは、立って歩き回れるくらいにはすぐ回復していたのだが、なんと現地人の女の子に介抱されても、一切口説かないという異常事態である。

 さては叔父さん、枯れてしまったか。

 ……と思ったら、回復したらすぐに口説きだした。


「君はまさに原始の太陽だ。飾らない健康的な美しさが眩しいぜ」


「太陽? まあ! おら、そんなこと言われたの初めて!」


 あっ、この土地の現地人はとても純朴だぞ。

 ゼインの口説き文句ですぐに赤くなってしまった。

 俺がそれをジーッと見ていると、レヴィアが袖を引っ張ってきた。


「やはり女というのは、ああして褒められるのが嬉しいものなのか?」


「それは曲がりなりにも女性であるレヴィア様が言うセリフではない気がしますね!」


「ウェスカー、ちょっと私に言ってみてくれ」


「いいですよ。えーと、レヴィア、君は世界一美しくてパワフルなのですごい」


「おっ、そうか!」


 パワフルの辺りで嬉しそうな顔になった。

 すぐ横で、メリッサが大げさなため息をつく。


「レヴィア様が女の子としての自覚を持つのはまだまだ先かなあ。あと、ウェスカーさんも、すごいっていう褒め言葉はなに! それは違うでしょー」


 流石はがパーティのご意見番。

 なかなかむつかしいことを言う。

 俺とレヴィアで、メリッサの語る男女論を拝聴しているとだ。

 少し向こうで、現地人に囲まれていたゴリラが「ムホー」と声を発した。

 レヴィアが目を細める。


「なるほどな」


「どうしたんです?」


「今、ゴリラが、私たちがドラミングの効果から回復したということは、魔物たちも正気に戻ったのだと告げたのだ。このドラミング、聞く者の闘争心を奪うことは確かだが、効果は一時的なもののようだな」


「やっぱり。じゃあどうします?」


 レヴィアが勢いよく立ち上がった。


「知れたこと! こちらからブルトゥス火山へ乗り込み、奴らを攻撃するのだ!」


「なるほど、いつものやつですな!」


 大変分かりやすい目的が提示された。

 口説き落とした現地人の女の子を連れて、物陰に行こうとしていたゼインがとても悲しそうな顔で振り返る。


「なあ、せめてあと少し待ってくれねえ?」


「ならん。そんなことをしている間に、魔王軍はまた攻めて来るぞ。トーチマンを見ただろう。あれが火の王の部下なら、火の王とは間違いなく、魔将フレア・タンだ。奴はこの手で倒さねば気が済まない!」


 ゴオオッと目に炎を宿して熱く燃え上がるレヴィア。


「これはもう、どうやっても止まらないな」


「ウェスカーさん、一度もレヴィア様を止めようとしたことなかったじゃん。っていうか、焚きつけたり、一緒になって騒いでるでしょ?」


「うむ、それが一番楽しいからな」


 ちなみに、レヴィアの決定には、クリストファもマリエルも賛成。

 さらに、またゴリラがついてくるのだそうだ。

 こいつ、もしかしてレヴィアを狙っているのではないだろうか。

 油断のならぬ幻獣である。

 ああ見えてレヴィアは一応人間なのだぞ?


「ゴホ」


「ほう、魔将にはそなたのドラミングが通じぬのか。だから、戦いを好まぬそなたは森の奥深くに隠れておったと」


「ウホ」


「なに、私が行くからついてくるというのか? いや、待つのだ。私はそなたのつがいになると決めたわけでは」


 俺はスッとレヴィアとゴリラの間に入り込んだ。


「いくらゴリラだろうと、聞き捨てならないことはあるのだ。レヴィア様には魔王軍相手にもっと暴れてもらわなくてはならないので、諦めるといい」


「ウホー」


 ゴリラが立ち上がる。

 俺とゴリラの間で、バチバチと火花が散る。


「わー。なんか今までで一番ウェスカーさんの恋敵みたいな感じになってる。ゴリラなのに」


 メリッサの感想を聞き流しつつ、さあ出発だ。





 山登り専用に、現地の人は獣の皮をなめしたものを、紐で足にくくりつけるようだ。

 トゲトゲがついた皮で、これで地面をしっかりと噛むから、山登りの最中でも転げ落ちにくいとか。


「山、トカゲいる。トカゲうまい。火の王の手下、出てこないうちに捕まえてすぐ降りる」


 火の王は怖いが、トカゲは食べたい。そのために、危険を冒して山に登り、さっさとトカゲを捕まえて降りてくるのだそうだ。

 この皮はその時に、滑らないようにする靴がわり。

 なるほど、これは軽いし、土にしっかり食い込む。具合がいい。

 その他、メリッサたっての希望で、現地の食材を使ったお弁当を作ってもらい、俺と彼女で大量に背負い込んだ。


「二人とも、荷物はほぼお弁当ですよね……?」


 クリストファの問いかけに、俺とメリッサは当然、という顔をしてうなずいた。


「どこかに出かけるなら弁当は大事だろう」


「初めて来た土地のご飯は、調べるためにたくさん食べないといけないからね! 仕方ないね!」


 メリッサ、清々すがすがしいまでの自己正当化。


「メリッサさんって、食べ物が絡むとウェスカーさんの側の人間になりますよね……」


「普段はまともなんですけどね」


 マリエルもクリストファも人聞きが悪いぞ。

 ゼインは何やら、現地の女の子複数からお弁当を受け取っているぞ。

 一体何人に声をかけていたんだ。

 結局、パーティの荷物の半分がお弁当という状態で、俺たちは山に乗り込んで行った。

 ブルトゥス火山は、俺たちの世界には無かったタイプの山だ。

 裾のあたりはまだ緑が残っているが、上っていくとどんどん草木が減っていく。

 岩肌がむき出しになり、地面の質感も、ポロポロしたものに変わっている。


「こりゃ滑りそうだ」


 ざくざくと、トゲ付き皮の靴で崩れやすい地面を踏んでいく。

 これがなければ、とてもじゃないが上りにくかったことだろう。

 魔王軍は、ここを下ってきたんだろうか。

 オオトカゲの魔物もいるのに?

 そんなことを考えながら歩いていたら、目の前の地面がボコッと盛り上がった。

 そこから突然に炎が噴き出し、その炎を頭にして何者かが起き上がってくるではないか。


「あ、トーチマンだ」


「こんな風に生まれていたんですねえ」


 俺とクリストファで、感心する。

 感心している目の前で、レヴィアがトーチマンをその辺の棒で引っ叩いてやっつけた。


「出てきたばかりを叩けば楽だな」


「おいおい女王様! 後ろにも横にも出てきてるぜ! ここは、こいつらの巣だ!」


 ゼインが駆けつけてきた。

 集落で作っていたらしい、簡素な槍を背中から抜き出し、振り回してトーチマンを叩き伏せる。さらに、横にいた敵を石突いしづきでひるませ、回転させた槍で止めを刺す。

 この三匹で、敵は打ち止めらしかった。

 ゴリラはドラミングしようとしていたが、それよりもレヴィアが殴るほうが早かったな。

 これを反省してか、ゴリラがエアドラミングの練習をしている。

 今度は即座にドラミングできるように意識しているのだな。

 あれはできるゴリラだ。


「俺も練習しておこう。エナジーボルト」


 指先から紫色の光線を出す。

 うむ、悪くない速さだ。

 そう言えば、一番最初に魔法を使った時、エナジーボルトが間に合わなくて危うく殺されそうになった時があったな。

 今は多分、素で避けると思うんだが、万一のために早く使える魔法を考えておいたほうがいいかもしれない。


「わっ、ウェスカーさんが真面目な顔してる」


「明らかにゴリラが現れてから、ウェスカーは真剣に考えることが増えていますね」


「ゴリラさんはウェスカーさんにとって良い刺激になっているのですね。良いことではないでしょうか」


 うむ。

 ゴリラに負けぬために、俺は今、生まれて初めて研鑽というものを行っているぞ。

 とりあえず、エナジーボルトは散々使用してきたため、名前すら言わなくても出せる。

 そして、一番早くエナジーボルトを出せる場所を探すべく、鼻、耳、口、指と試した。

 結果、目が一番早いということが分かった。

 しかも、瞬きに合わせて連続して放つのが最速。

 これだ。

 今度魔物が出てきたら、試してみるとしよう。


「ウホ」


「なんだゴリラ、その自身ありげな目は」


「ゴホ」


「ほう、俺に挑もうというのか。いいぜ、乗ってやる」


 俺は今までに無くやる気だった。

 そんな俺たちを見て、レヴィアが嬉しそうに笑う。


「そなたらもやる気だな! よし、私も負けんぞ!」


 そう言いながら、恐ろしい速度で棒を素振りする。

 まずいぞ、レヴィアの攻撃速度がまた上がった!

 俺とゴリラが危機感を覚える。

 この女王騎士、放置してると勝手にどんどん強くなるからな。


「もがーっ」


「あっ、またトーチマンが出たよ!」


「りゃっ!」


「ゴホッ!」


 メリッサが敵の出現を告げた瞬間、前のトーチマンを俺が連続目からエナジーボルトで仕留め、ゴリラが後方の敵を抜き打ちドラミングで無力化する。

 こいつめ、なんて速度でドラミングするのだ。

 互角である。


「これさ、甥っ子とゴリラを競わせておいた方が効率がよくねえか?」


「確かに。明らかにウェスカーが今までより仕事をしていますね」


「ウェスカーさんもゴリラもがんばれー!」


「フャン!」


 ぬう、仲間たちがよからぬ事を考えている……!

 俺はどうやら、この幻獣と決着をつけなければ、満足にサボることもできなくなりそうなのであった。

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