第106話 生贄ストップ! 響け平和のドラミング
「人間ども! 今季の生贄を差し出すのだ!!」
集落の柵の上で、大声を張り上げている男がいる。
むきむきの肉体をあらわにし、腰ミノ一つという格好は、集落の人たちに近いんだが、彼の頭が普通ではない。
人の頭ではなく、三叉に分かれた炎がそこにはあるだけなのだ。
あいつ、このあいだの結婚式に来てた魔将の手下じゃないかな。
トーチマンとか言う。
「メリッサ、レヴィア様の目を塞いで」
「はーい」
「むっ、何をする! 何も見えないではないか」
「あれを見ると、絶対この人、ひとりで飛び出していくからな。もしかしたら魔将が来てるかもしれない」
「ウホ」
「あー、本当についてきちゃってる」
俺たち一行の後ろに、悠然と立つゴリラである。
そのゴリラの後ろにはメリッサがいて目隠しを……。
「あっ、メリッサ、それレヴィア様じゃないぞ。よく見ろ、ゴリラだ」
「えっ、嘘!? ほんとだ!」
「甥っ子! 女王サマが一人で突っ込んでいったぞ!」
「あちゃー」
森を飛び出したレヴィアが、物凄い速さで走っていく光景が見える。
これに気付いたトーチマンや、彼らが引き連れているオオトカゲみたいな魔物が集まってくるわけで、本当に言わんこっちゃない、という状況だ。
レヴィアは一撃必殺の技を持っているが、たくさんの相手と戦うのは苦手な気がするのだ。
あの人は敵のボス専用だな。
「じゃあ俺は先にあの人助けにいくので」
俺がすいーっと浮かび上がる。
「待ってウェスカーさん! なんかゴリラに奥の手があるみたい!」
「ゴリラに奥の手が!? いや、それよりメリッサ、なんでゴリラの言葉が分かった」
「私、魔物使いなのでなんとなく。レヴィア様ほどしっかり意思疎通はできないけど」
「ウホ」
ゴリラは森の外へ歩み出ると、大きく息を吸った。
分厚い胸板が、さらに膨らむ。
「ウホーッ!」
集落いっぱいに響き渡る咆哮。
マリエルが目を見開く。
「これは……吠える声そのものに魔力が込められていますね。ゴリラさんの挙動は全て、魔法の詠唱のような効果があるようです」
そっして、どんな魔力が込められていたかというと……。
怯えていた集落の人々も、魔物たちも、みんな一斉にこっちを見た。
一人の例外もなくだ。
あっ、例外いた。
「はあっ!!」
角の生えた大きな魔物を、文字通り殴り飛ばすうちの女王陛下。
トーチマンの胸ぐらを掴んで、ぶん投げる。蹴り飛ばす。
もう空気を読むということをしない。
平常運転である。
「うん、ちょっとあっち行ってくる」
俺はシューッと飛行した。
案の定、ゴリラが敵の注意を惹いてくれたのに、無視して周りの魔物を殴り始めたレヴィア、すっかり囲まれている。
「レヴィアー!」
「ウェスカー! あっ、そなた今呼び捨てに……」
「それは今はいいんじゃないかな。掴まるのだ。いいや、むしろ掴む」
俺は上からレヴィアの脇に両手を差し入れ、ひょいっと持ち上げる。
「くすぐったい!」
「我慢してください。あっ、暴れてはいけない」
くすぐったがって暴れるレヴィアを抱えたまま、集まってくるティランやオオトカゲ型の魔物を飛び越えるのである。
俺を指差して、敵のリーダー格らしきトーチマンが何か叫んでいる。
「いいですよウェスカー! これだけ魔物が密集していれば、狙う必要はありません! “聞き届けたまえ。天よりの輝きを以って、神敵に誅を下す。
これは……。
最近、クリストファが制御に失敗しまくって、神殿の屋根やら何やらを吹き飛ばし続けている魔法だ。
案の定、今回も制御できず、魔物たちが集まる辺りに適当にぶっ放される。
そもそも制御できないのかもしれない。
ぶっとい光線が炸裂し、その辺りの魔物が「ウグワーッ」とか叫びながら光に溶けていく。
オオトカゲたちは美味しく焼けていく。
ひゃっほう、焼肉祭りだ!!
「貴様らは勇者一行か! フレア・タン様に恥をかかせた貴様らを、活かして帰すわけにはいかん!! 我が名はマウザー島の管理者、トーチマン・トライ! ここを貴様らの墓場に変えてくれよう!!」
むきむきのトーチマンが柵を飛び降りてきた。
手に持っているのは、炎を放って燃え盛る槍だ。
「ほい、ああいう肉弾戦挑んでくる奴は、俺の担当な」
これに合わせて、ゼインも飛び出す。
腰から取っ手のようなものを取り出すと、彼は大きく振りかぶった。
「そらっ! 不意打ちだ!」
取っ手の遥か上空に、鉄球が出現する。
オペルクとの戦いで使ってた武器だ。鉄球を隠しておけたのか……!
「な、なにい!! ふんぬっ!」
いきなり頭上に鉄球が出現して、トーチマン・トライは慌てて槍を振りかざし、鉄球を受け止める。
敵の巨体が膝をついた。
「
そう叫ぶと、トーチマンの頭から炎が分かれて、ゼイン目掛けて飛んでくる。
「おっと、危ねえ!」
これを、小脇から取り出した手斧の腹で受け止めるゼインである。
そしてそのまま、手斧をアンダースローでトーチマン目掛けて投げつける。
「ぬおおっ!」
肩に突き刺さる手斧。
その瞬間には、ゼインが走り出している。
抜き出したのは、背中に背負っていた鎖付きの分銅だ。
「その槍は使わせねえぜ!」
投げられた分銅が槍の柄に絡む。
「次から次へと、どれだけ武器を持っているのだ!」
「俺は状況に合わせて使い分ける主義でな」
分銅で槍を引っ張りながら、太もものホルダーに装着していた短剣を抜き打ち。
一人で相手の頭目を引き付けるという、獅子奮迅の働きだ。
「いいぞ叔父さん。あの人、地味にいい感じで活躍するよなあ」
「ああ羨ましい! 魔物の頭は私が! 私がやっつけたいのに!」
「落ち着いてレヴィア様! 落ちる! 落ちる!」
落ちる最中にも、俺は目からエナジーボルトを出して、空飛ぶ魔物を撃退したり。
だが、どうも抱え上げているレヴィアが、前よりもちょっと反応が過敏なような。
そんなにじたばたされては飛べないではないか。
だが、そんな俺たちの危機みたいな状況を、ゴリラが救うのである。
突然、戦場に、ポコポコという音が鳴り響いた。
何の音か。
ゴリラが胸板を叩く音なのである。
「あれは、ドラミング……! 本で見た」
「それは何だウェスカー!? なんだか、この音を聞いていると私の闘争心が萎えていくような……」
「戦いを収めたい時にゴリラが行う魔法的な動作ですな。なんか、あのポコポコ音に聞くものの心を穏やかにさせる魔力が込められているみたいで」
「なるほど~」
あっ!
レヴィアがふにゃふにゃになった。
これは運びやすい。
俺はまたシューッと上昇していく。
どうやら、眼下の魔物たちも同じようだ。
彼らは皆一様に、だらんと体の力を抜くと、
「魔物が帰っていく!!」
メリッサが叫んだ。
なんということだろう!
争っていた魔物たちが、急に戦いを止め、戻っていくではないか。
トーチマン・トライとゼインも、すっかり気の抜けた顔になって、すごすごとお互いの仲間のもとへ帰ってくる。
「叔父さん、どうしたんだ」
「なんかなー。急に気が抜けてなあ」
完全に腑抜けた顔をしているな。
レヴィアだってこの有様だしな。
俺が地面に彼女を下ろすと、そのままふにゃりと座ってしまった。
闘争心が強いメンツが、
特にうちの女王騎士なんか、闘争心に手足とおっぱいが生えたような人なので、闘争心がなくなるとこうしてふにゃふにゃの何だかよく分からないものになるのだ。
ゴリラは、すっかり戦いが止んでしまった戦場を満足気に見回すと、一言。
「ゴホ」
何言ってるか分からないなあ。
だが、ゴリラは森に戻らず、俺たちとしばらく同行するつもりのようである。
骨抜きになったレヴィアとゼインを連れて、集落に合流する。
「おお、聖獣ゴリラ」
集落の人たちが一斉にひれ伏した。
聖獣かあ。
ゴリラは偉ぶるでもなく、彼ら人間を眺めながら、ゆったりとバナナを食べている。
「一本ちょうだい」
「ウホ」
分けてくれた。
心の広いゴリラだ。
「ウェスカーさんはなんともないの? いつも真っ先に魔物に向かってくのに」
メリッサも並んで、ゴリラから当たり前のようにバナナをもらって食べ始めた。
「俺は別に闘争心があるわけではなく、常に何も考えていないからな。その場のノリだ」
「その場のノリで、魔将とか凄い魔法とかに立ち向かってるの!?」
「うむー」
むっしゃむしゃとバナナを食べる。
青いバナナは硬いな。火を通して料理にしたほうが美味しいかもしれない。
ちなみに、俺だけではなく、メリッサもクリストファもマリエルも、ドラミングを聞いても平気だった。
この四人は闘争心が薄いのだろう。
「ははあ……。どうやらこの集落では、一年に四回、火の王に生贄を捧げて見逃してもらっているようですね。うち三回は獲物でいいのですが、一年に一回は必ず、村の若い娘でなくてはいけないそうです」
「野蛮ですね……。生贄なんて、神を気取っているんでしょうか」
マリエルがちょっと怒っている。
「だけど、ゴリラの人のドラミングがあれば無敵でしょ」
メリッサはバナナ最後の一切れを口に押し込むと、大変に慢心した言葉を口にした。
「どうかなー」
俺は、なんとなーくこのドラミングが無敵だとは思わないのであった。
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