第105話 邂逅、幻の幻獣ゴリラ

 我々一行は、昼なお暗き密林を……えっ、ジャングルって呼んでるの?

 えーと、ジャングル。そういう名前の森を行ってるのだ。


「ジャングル、とても危ない。足元気をつける。毒蛇いる」


「ひえーっ」


 案内役のお兄さんの話を聞いて、メリッサがぴょんぴょん飛び跳ねた。

 そこで、赤猫ことボンゴレ。スッと巨大化してメリッサを背中に乗せる。


「ありがとうボンゴレ! これで安心だね」


「アワワーッ!! 小さい獣、大きくなった! 大きくなった!」


 今度は案内役のお兄さんが腰を抜かしてしまったぞ。


「仕方のない奴だ。どれ、私が気合を入れて……」


「レヴィア様がやると再起不能になるんじゃないか? マリエルの方がいいと思うのだ」


 俺の言葉に、ゼインもクリストファも頷いた。

 男たちの見解を知って、レヴィア、ちょっとむくれる。


「再起不能とはなんだ。ちょっと肩や背中を叩いて気合を注入してだな……」


「女王陛下よ。それやったら、一般人は普通に大ダメージ食らうから」


 案内役の人は、マリエルに説得され、なだめられ、何故か頭をなでなでされて穏やかな表情に変わっていく。


「マリエルさん、恐ろしい人……! 男をダメにする術をこころえてるわ!」


 なんでメリッサが戦慄している。

 だが、マリエルの励ましが効果を発揮したようで、案内人の人が立ち上がった。


「こっち、こっち。ゴリラいる」


「ほうほう」


 俺は彼の横にピッタリ並んで歩く。

 誰よりも先に、あのゴリラなる生き物を見たいではないか。

 本で見たゴリラは、人に近い姿をした幻獣だった。力強く、マッシブで、そしてパワフル。まさにレヴィアのようではないか。

 心優しいとか見た気がするがよく覚えていないな。


「ウェスカーがいつも私に向かって言うゴリラという幻獣。私も興味があるな。さぞかし、美しい幻獣なのであろうな」


 うんうん、とレヴィアが腕組みしてうなずく。

 彼女もゴリラの事は知っていたようだが、あまりにも自分に似ている似ていると言われているので、書物にあった記憶を改ざんしているようである。

 ちなみに、ゴリラが描かれた絵を見たことがあるのは、俺だけである。


「わたくしは大昔に本物を見たことがありますが……何も言わないでおきますね?」


 マリエルがにっこり笑った。

 案内人が鎌のようなもので草木を掻き分ける。

 鋭く加工した石をくくりつけた、木の棒みたいに見えるが……。


「面白そう。俺もやっていい?」


「空飛ぶ人! いいぞ」


 一個貸してくれた。

 俺も、適当に下草や邪魔な枝を、「ほっ、はっ、とりゃあっ」と叫びながら刈っていく。

 おお、これ楽しいぞ。

 なにせ、どれだけ刈っても誰も文句を言わないし、顔を真赤にして追いかけてきたりしないのだ。

 労働の喜びを感じながら突き進んでいるとである。


「いた! みんな、静か、する」


 案内人の人、ゴリラを発見。

 ここで一同、息を潜める。


「……なんで俺、こんなことしてるんだ……?」


 ゼインがぼそりと、現状への疑問をつぶやいた。


「レヴィア様のルーツ探しですよ。我々一行が避けては通れぬ運命と申しましょうか」


 真面目な顔でクリストファがそんなことを言うので、ゼインも真顔になった。


「何を言ってるんだお前は」


 実際、火の王を倒そうと考える俺たちであるが、それを横に置いておいてゴリラ探索に出かけているのだ。それには深い理由があった

 ひとつは、本当にゴリラがいたという驚き。

 次に、うちの女王陛下とゴリラを会わせたら何が起こるんだろうという興味。

 最期に、俺がよく、レヴィアをゴリラだと形容するので、彼女がそれほど自分に似ていると言うなら、一度会わねばならないと強く主張したためだ。


 かくして、俺たちが見つめる先。木々に囲まれた薄暗い空間で、何者かがのっしのっしと歩き回っている。

 あれは、四足歩行だろうか。

 影だけでも、ガッチリしていて大きいことが分かる。



「来るぞ、来るぞ来るぞ」


 ワクワクしているレヴィアが、俺の肩をぺちぺち叩く。


「レヴィア様、落ち着いて。っていうかいつのまに俺の横に来たんですか」


「私だってゴリラを最前列で見たいのだ、ほら、姿を表すぞ!」


 森の中にいた巨体は、しかし木々を折ったりすることはなく、優しくそれを押しのけながら、静かにその姿を白日の下に晒した。

 黒い体毛。

 彫りの深い顔。

 毛むくじゃらのマッスルボディ。


「おおー」


「ほおー」


「うむー」


「うん」


「あらあら」


 レヴィアを除く俺たち五人、口々にため息をついた。


「似てる」


「どこがだ!?」


 真っ赤になって怒ったのはレヴィアである。

 ええ……。俺たちが満場一致で、ゴリラとレヴィアが似ているとジャッジしたのに。

 それに、レヴィアが上げた大声で、ゴリラがこちらに気づいてしまった。


「ウホ」


 じーっと俺たちを見つめている。

 なるほど、その瞳には、知性の輝きが宿っているように見える。そんな気がする。


「ゴリラ、とても賢い。人間、わかる。力、強い。心、優しい。森、守っている。ゴリラいる森、魔物、入れない」


「ほー。人間ができた幻獣だなあ」


 俺は感心してしまった。

 昔読んだ本では、そこまで細かいことは書いてなかったな。

 やっぱり現地の人は詳しい。

 メリッサが、俺の発言に何か突っ込みたそうに口をムズムズさせている。

 だが、今はそんな場合ではないと思ったらしい。


「レヴィア様! ほら、ゴリラがこっち見てるんですから、行ってみたらどうですか? 案外仲良くなれるかも」


「メリッサまで、私をあれと一緒にするのか! 私はみんなからああ見えていたとは……。むむむ」


 難しい顔をして唸りながらも、言われた通りゴリラに向かって歩いていくのは、素直なレヴィアのいいところである。

 俺も、彼女の隣についていくことにした。


「やあやあゴリラ」


「ウホ?」


「俺たちは君に会いに来たのだ」


「ゴホ」


 ゴリラは俺の言葉に、頷いた。

 言葉が通じている……気がする。


「ふむ、ウェスカーの言葉に答えている気がするな。どれ、私も」


 レヴィアも興味を持ったようだ。

 俺と同じように、言葉を掛けるのかなと思ったら。


「私はレヴィアだ。よろしくな」


 手を差し出した。

 握手である。

 ゴリラ、差し出された手をじっと見て、己の太い腕を持ち上げた。

 交わされる、幻獣のゴリラと、人間の中のゴリラの握手。

 歴史的瞬間だ。

 向こうで案内人が何か叫んでいる気がする。

 えっ?

 ゴリラは凄いパワーだから、人の手で握られたら大変なことになる?


「じゃあ安心じゃないか。ここにはゴリラとゴリラしかいない」


「ウェスカー」


「あっ、聞こえてましたか」


「城に帰ったらおやつ抜きだ」


「そ、それは困る」


 俺は激しく動揺した。

 おやつ抜きなど、俺にとって魔王軍が一国を攻め滅ぼすよりも恐ろしい出来事である。

 後でレヴィアに謝っておこう……。


「ほう、そなた、名はワイルドタフというのか」


「ウホホ」


「うむ。私はレヴィアだ」


「ゴホ」


「なにっ、それはダメだ。そなたの気持ちは嬉しいが、私には心に決めた者がだな……ウェスカー、耳を塞ぐのだ」


「えっ?」


 いきなり言われたので驚いたが、レヴィアがなんだか赤い顔をしていて、大変怖い目をしているので従うことにする。

 しかし驚いたな。

 普通にゴリラと会話してるよこの人。

 俺が耳を塞いだ後も、まだゴリラとレヴィアが何か話し合っている。

 ゴリラは、案外ジェスチャー能力が高いようで、俺も彼の言葉は分からないまでも、何が言いたいのかは察することができる。

 いわんや、まるでネイティブのようにゴリラと会話できるレヴィアであれば、意思疎通がスムーズという次元ではないだろう。

 やがて、ゴリラは一旦森の奥に引っ込むと、青緑色の、房がたくさんついた果実を持ってきた。

 あれは……色こそ見知ったものと違うが、海の世界で見たバナナではないか!?


「ウホ」


「えっ、くれるの?」


「ウェスカー、もう耳を塞がなくていいぞ。彼から私たちへの祝いということで、バナナをくれるそうだ」


「祝い……! 何の祝いだかわからないが、ありがたい。ゴリラはいいゴリラだな」


「ウホホ」


 ゴリラは満足げに笑った……ように見えた。

 詳しい感情なんかは、レヴィアじゃないと分からなそうだなあ。

 その後、みんなこちらにやってきて、ゴリラを囲んで飯やバナナを食べたのである。

 ゴリラが、小さくなったボンゴレを抱き上げてナデナデしている。

 感受性は人間に近いのかもしれないな。

 チョキもパンジャも、ゴリラの前では警戒することもなくリラックスしているようである。


「不思議な生き物ですね。誰も彼の前では、敵意を持つことができない……そんな雰囲気を感じます」


 クリストファも、ゴリラの姿に感心しているようだ。

 それにマリエルが頷く。


「ええ。わたくしがかつて会ったゴリラは、とある島の主でした。彼は争うことなく島を治め、人と魔物、動物たちの頂点に立ち、統率すれども統治をしないやり方で、平和を保ち続けていました。もしかすると、彼はあのゴリラの血筋なのかもしれませんね」


「大したもんだなあ。よし、いっちょ、腕相撲でもやってみないか?」


 ゼインが腕まくりして前に進み出た。

 ちょうど近くに倒木がある。

 これを使って、ゴリラとゼインで腕相撲をするというわけだ。

 ゴリラはこれに応じ、悠然と腕を構えた。


「よし、行くぜ。あんたが見かけ倒しじゃないことを祈って……うおおお!?」


 一瞬で、ゼインの全身が一回転した。

 事も無げに、ゴリラがゼインの腕を押し倒したのである。


「強えなんてもんじゃねえ。何もできなかったぜ……!」


「ゴリラ、強い。でも、ゴリラ、手握って無事、ゼイン、強い」


「おう、ありがとうよ。しかし……このパワーと握手して平気とか、女王陛下はいよいよ本当にゴリラなんだな……」


 叔父さんの中でも、レヴィアがゴリラ的であることへの確信が深まったようだ。

 初見で、彼女をゴリラと思った俺の感覚は正しかったのだ。

 ゴリラは倒木に肘をついたまま、俺たちに向かって手招きした。

 次なる挑戦者を待っているのか。


「メリッサ行く?」


「じょーだんでしょー! 私、すっごくか弱いのに! あとバナナおいしい!」


「クリストファが」


「私は体は鍛えていますが、腕相撲で両手を使ってもゼインに負けますよ」


「マリエル」


「うふふ」


「レヴィア様行く?」


「ああ。私が行かねば締まらんだろう。どーれ」


 女王騎士、倒木にズドンと肘を突く。

 ゴリラも真剣な表情になった。

 二人ががっしりと手を握り合い……。


「始め!」


 俺が始まりを宣言した。

 その瞬間、女王騎士とゴリラの下で、倒木がメキッと音を立てた。

 二人の腕は動いていない。

 台座になっている倒木が割れたのだ。


「むむっ」


 唸ったレヴィアの、服の袖が弾けた。

 うわ、すげえ筋肉だ。


「ウホッ」


 ゴリラの腕が、丸太のような太さに膨れ上がる。

 だが、お互いのパワーが拮抗している。

 動かない。


「絶対うちの女王陛下、おかしいわ」


 ゼインが呟いた。

 まあ気持ちは分かるが、ゴリラ並の腕力の女王がいてもいいではないか。

 俺は彼女のああいうところも好きだ。

 力の均衡は破られることなく、このまま持久戦に持ち込まれるものと思えた。

 その時である。


 ドォーンッ、と、腹の底に響くような大きな音がした。


「ブルトゥス火山、怒った! 火の王、来る! 魔物、たくさんくる!」


 案内人の怯えた叫び声が響く。

 これを耳にしたレヴィアが、口を開いた。


「どうやら捨て置けぬ事態が発生したようだ。そなたとの勝負は預けよう。よいか?」


「ウホ」


 ゴリラは頷く。

 二人は互いに、腕を離した。

 さて、では集落に戻らねばなるまい。


「ゴホ」


「ほう、そなたも来ると言うのか。心強い!」


 えっ、ゴリラも参戦するの?

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