第104話 到着の原始村
「今度こそはウェスカーさんに乗ります」
「何をむきになっているんだマリエル」
さっき、飛び上がったところで落っことされたのが気になっているのか、マリエルはあくまで俺に乗って空の旅をしたいらしい。
「いい?」
「いいぞ。マリエルを乗せてあげるといい」
レヴィアは慈母のごとき微笑を浮かべて、許可をくれた。
なんで許可取ってるんだろうなあ、なんて思いはしたが、そうしないとレヴィアが怒るような気がしたのだ。
だが、彼女の心は、火山に住むという火の王のことでいっぱいらしい。
もし、火の王が魔将だったりしたら、彼女の(彼女なりな)乙女心がときめくのであろう。
その乙女心には、筋肉と鉄拳がついてくるが。
そんなわけで、マリエルを背中にくっつけて、再び舞い上がる俺である。
斜めに飛び上がろうとすると、どうやら落っこちやすくなるようだ。
アイロンの魔法使用時と同じようにここは寝そべった体勢のまま、垂直に飛び上がる必要があるかもしれない。
「前触れもなくスーッと飛ぶので、最初からぎゅっと掴まってるように」
「はい。さっきは驚きました……。ということで、準備は万全ですよ」
マリエルが俺の肩に手を回し、抱きつくような姿勢になっている。
「むむむっ」
「レヴィア様、抑えて抑えて」
向こうで女王様のうめき声と、メリッサが彼女を制する声が聞こえる。
なんだか嫌な予感がしたので、俺はさっさと飛ぶことにした。
スイーッと空に浮かび上がる。
俺の真下を、焼肉ゴーレムがのっしのっしと歩いていくのである。
先頭は、俺たちが助け出した現地人の男女なのだが、なんとも居心地が悪そう。
後ろに、さっきまで自分たちを食べようとしていたティランがいるわけだから、それはそうか。
半日くらい進んだだろうか。
目の前に、大雑把な柵らしきもので囲まれた集落が見えてきた。
柵は、木や枝を積み上げて、つる草で縛ったものを並べている。
隙間隙間に、とげとげの植物を植えているので、一応は集落を守るための壁としては機能しているっぽい。
俺たちが近づくと、集落がわあわあと騒がしくなってきた。
ティランが近づいてきているように見えるからだろう。
「ウェスカーさん、ここはわたくしたちが先に降りて、彼らの警戒を解くのが良いのではないでしょうか」
「それいいね」
マリエルのナイスアイディアを採用だ。
俺は彼女とともに、スーッと集落の中に降りていった。
すると、ティランを指差していた人々が、俺たちを見て眼を剥いて絶句する。
だが、俺の背中にしがみついていたマリエルが、半身を起こして手を振ると、彼らの緊張感が解けたようだ。
主に男たちが鼻の下を伸ばして、こちらに手を振ってくる。
いや、女たちは俺に手を振ってる……?
「マリエル、友好的な人たちでよかったなあ」
「うふふ、そうですね。案外ウェスカーさんももてるのではありませんか?」
「えぇ? 俺が? ははは、ご冗談を」
俺がお腹から着地すると、集落の人たちがわいわいと寄ってきた。
おや?
警戒心というものが全くないぞ。
「やあみんな。俺たちのことは怖くはないのかい」
俺が尋ねてみると、彼らは笑顔になった。
「あんた、悪い人違う。悪くない顔してる」
「わかる。火の王、悪い。悪い人、顔してる。あんた悪くない。いい人、顔してる」
「ほおー」
いい人と言われたのは初めてだな。
「あら、ウェスカーさんはいい人ですよ。だからメリッサさんだって、彼女のしもべたちだって、あんなにあなたに懐いているでしょう? クリストファさんみたいな、内心何を考えているのか分からないタイプの方だって、あなたの事を話す時は本当に嬉しそうな顔をしますのよ?」
「なるほど」
いきなりな情報だったので、とりあえず受け止めておいて、後で考えることにした。
マリエルが大きいお尻を俺の上からどかしたので、立ち上がることができる。
俺のローブは汚れないので、スッと立っただけで、砂埃がザーッと流れ落ちてツヤツヤに戻るのだ。
「おー、凄い服着てる」
「この人何者だべ」
「干し肉食べるか?」
俺を囲んでわいわい言うが、誰が彼らの代表なんだかさっぱり分からない。
干し肉をもらって、現地人たちに混じってむしゃむしゃ食べていると、レヴィアたちが到着したようだ。
「おお、ウェスカー。すっかりこの土地の人々に溶け込んだようだな」
「えっ、そうですか」
干し肉を食べながら、現地人の子供を高い高いして遊んでいたら、そんな事を言われてしまった。
俺としては、溶け込もうという気はなかったのだが……。
「悪人ではない。わし、見届けた。お前たち、良い人」
「長老!」
「長老!」
集落の人々が振り返る。
そこには、地面につくんじゃないかというくらい、真っ白な髭を伸ばしたおじいさんが立っていた。
長老とな?
「そう、わし、長老」
「そなたがこの土地の人々をまとめる者か。私はレヴィア。遠い地の国で、女王をしている」
名乗りを上げるレヴィアを見ていると、姫騎士だったのが、出世したものだとしみじみ思う。
うちの女王陛下は、長老と情報交換を始めた。
マウザー島についてだとか、魔物についてだとか。
「ふむ、年中夏が続く島か。確かに、ここに生える植物も見たことがないな。そして、魔物も活発に動き回っているということか。して長老、火の王について聞きたい」
「火の王」
老人の顔に怯えが走った。
集落の人々も、浮かぬ顔をする。
そんなに恐ろしいものなのか。
「それ、名前口にする、良くない。火の王、常に聞いてる。だから、名前伏す。偽物の名前つける。火の王。人殺す。魔物使う。山を燃やす。恐ろしいもの、火の王」
「恐ろしいもの、か。長老よ。私たちはそれを殺しに来たのだ」
レヴィアが単刀直入に告げた。
一瞬、集落の人々の動きが止まる。
しーんと静かになった。
響くのは、俺にまとわりつく子どもたちと、彼らを次々に魔法で物理的に高い高いする俺の声だけである。
「ウェスカーさんちょっと静かにして!」
「うわっ、なんだメリッサすごい剣幕だなあ」
「あー、もう。せっかく緊張感がある場面だったのに、ウェスカーさんのお陰でほのぼのしちゃったじゃない」
メリッサは時々難しいことを言うな。
彼女がむくれているのを見て、現地の子どもたちが寄ってくる。
「怒る、だめ」
「高い高い楽しい」
「一緒にやる!」
「わっ、わーたーしーはー! 子どもじゃないですー!」
むきーっと赤くなって怒るメリッサである。
だが、一度俺がメリッサに魔法をかけ、宙にふわっと浮かせたら。
「うわーっ! 高い! 浮いてる! なにこれ! すごーい!」
子どもたちと一緒に、キャッキャと騒ぎ出した。
うん、間違いなくまだ子どもだな。
「お前らいつも元気だなー」
何かをむしゃむしゃ食べながら、ゼインが寄って来る。
クリストファは、ゼインが食べているものと同じ食べ物を、人々に振る舞っているようだ。
「それはまさか」
「おうよ。ティランの焼肉だ。ここまで歩いてきたら、力尽きたらしくぶっ倒れて動かなくなってよ。集落の連中、テンションが下がってたから、クリストファがみんなに切り分けてやってるところよ」
ほうほう、言われてみれば確かに、さっきまで静かだった集落の人々が、美味しいものを口にした瞬間、賑やかに喋りだす。
「ティラン、肉!」
「肉おいしい!」
「ティランおいしい!」
「ティランおいしかったかー」
「もっと食べたい。ティラン狩る」
おっ、図らずも、集落の人々が魔物と戦う気持ちを固めていっているぞ。
「そうです。美味しい肉なのですから、また食べたいでしょう? 皆さんで工夫して、あのティランという魔物を狩ればいいのです。ですが、そのためには火の王が邪魔ではありませんか?」
「邪魔」
「火の王、ティラン使う。ティラン、俺たち襲う」
「火の王いなくなる。ティラン、俺たち襲わない」
「ちょっと襲う」
「俺たち、もっとティラン襲う」
うおーっ! と集落の人々が盛り上がった。
おいおい、なんだなんだ。
楽しい雰囲気になってきたじゃないか。
どこからか単純な作りの太鼓が出てきて、それがポコポコと打ち鳴らされる。
ティランの骨と骨をカンカン鳴らす者が現れて、長老がいきなり歌いだした。
「これはいかん。俺は踊るぞ!!」
俺は彼らの中心に躍り出て、なんか適当に踊った。
わーっと周囲が沸く。
負けじと、若い男たちが俺の周りに飛び出してきて、めちゃくちゃに踊る。
「やるな」
「そっち、やる。俺、やる」
「負けんぞ」
踊る俺たちの横では、レヴィアがティランの骨で作られた玉座みたいなのに腰掛けている。
何かの獣の頭蓋骨で作った盃に、現地の酒を注がれているな。
それをぐいっとやる様は、堂に入っている。
とても連合王国の女王騎士とは思えないな。
山賊の親玉とか、むしろレヴィアが魔将みたいに見える。
「よーし! 大いに歌え! 踊るのだ! ティランの肉が足りないなら、私たちがまた狩ってこよう! 今宵が火の王が過ごす最後の夜となろう! これは戦いの序曲なのだ!」
「ねえウェスカーさん、レヴィア様、変な方向に振り切れちゃってるけど」
「この打楽器のリズムは、妙に心の中の野性的な部分をくすぐるからな。きっと内に秘めたゴリラが表に出てきたんだろう」
踊り終わって戻った俺が、メリッサとそんな会話をしている所。
助けた男女の男の方がやって来て、こう言ったのだ。
「この森、ゴリラ、いる。お前たち、ゴリラ知ってるか?」
本物の幻獣ゴリラだって……!?
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