第103話 原始の世界で肉を焼く

「あっ」


 ピューッと飛び立ったはいいが、蒸気を噴出して飛ぶアイロンと違い、この空飛ぶ魔法は勝手が違う。

 飛び立った瞬間、マリエルが落っこちてしまった。

 まあ仕方ない。

 このまま行こう。

 現場にサックリ到着したときだ。


「ウアーッ!」


 今まさに、巨大な魔物に男女が一呑ひとのみにされるかという瞬間だ。


「そぉいっ」


 俺が魔物の顔面に突っ込んだ。

 目玉あたりに、俺の頭がごつんと当たる。


「アギャーッ!!」


 魔物が絶叫しながら仰け反った。

 ちょくりつする蜥蜴を、大きな酒場の建物くらいまで拡大したような、見たこともない魔物である。

 あえて似ているものを挙げれば、ちょっとだけドラゴンに似ている。

 でも、一度だけ見たことがあるドラゴンは、こんなマヌケな顔じゃなかったなあ。

 俺は、顔を押さえてじたばたする魔物を見つめながら、空中に立つのである。


「ア、ア! ティラン、痛がってる!」


「空、人飛んでる!」


 男女が俺を指差して驚く。


「いかにも! 助けに来たんだ。そこで尋ねるけど、これは悪い魔物かい?」


「ティラン、人間、食う! 恐ろしい魔物!」


「よっしゃ」


 妙にたどたどしい喋りの現地人から、言質は取った。

 俺は魔物に向き直る。

 ティランとかいう魔物は、俺が突撃した目玉を真っ赤に充血させながら、怒りに満ちた雰囲気でこちらを睨む。


「グオオオオオッ!!」


 咆哮した。


「アチョーッ!」


 俺も空中でポーズを決めて威嚇する。

 渾身の威嚇ボイスを放ったのだが、ティランは吠えるばかりで俺に恐れ入った様子もない。

 こいつめ、俺が小さいから舐めているのだな。


「ならばこうだ。従者作成!」


 俺の足元の土が、もりもりもりっと盛り上がっていく。

 あっという間に、俺の足元に巨大なゴーレムが誕生した。


『もーがー!』


 ゴーレムはガッツポーズをすると、空に向かって高らかに咆哮した。


「ギャオオオオンッ!!」


 ティランも咆哮する。


『もがーがー!!』


 ゴーレムが俺と同じかっこいいポーズをしながら咆哮する。


「ギャオオオオオッ!!」


 魔物も対抗して咆哮した。

 ぬう、これでも怯まないとは、なかなかやるな。


「な、何してる、この人」


「どでかいのを出した! 魔法!」


 男女が歓声を上げている。

 これが切っ掛けになった。


「いけゴーレム、ぶっ飛ばせ!」


『もがー!!』


「ギャオオオオオンッ!!」


 ゴーレムとティランが、正面からぶつかり合う。

 轟音を上げて、殴るゴーレム。噛み付くティラン。蹴るゴーレム。尻尾ではたくティラン。

 これは凄い激戦になってきた。

 俺も振り落とされないよう、ゴーレムの頭上で仁王立ちするので必死である。

 ここはやはり、男の仁義的に魔法を使わず、腕っ節だけでこの魔物を屈服……。


「行くぞウェスカー! 当たるなよ!!」


「えっ」


 反応する暇もない。

 突然、稲妻を纏いながら剣が飛んできた。

 そいつがゴーレムの背中から腹に大穴を空けて、さらにティランに突き刺さると、大爆発を起こした。


『もーがー……!』


「ギャオオオー!?」


「グエーッ」


 俺もぶっ飛んだ。

 レヴィアはあれだな。

 風情とかそういうのが無いのがあれだな。

 魔物に襲われていた男女も、まとめて爆風で吹き飛ばされて、茂みから尻を突き出したり、木の枝に引っ掛かっていたりする。


「よし、無事なようだな」


 レヴィアの爽やかな声が響いた。

 おっ、これのどこを見れば無事に見えるかな?


「こりゃひでえ。完全に焼肉だ。甥っ子は……おう、当然のごとく無事だな」


 ひょいっとゼインにつまみ上げられた。

 焼肉というのは、ティランのことだろう。

 魔物はレヴィアの攻撃で、こんがり焼かれてしまったらしい。

 現地人もクリストファから回復の魔法をもらっているようだ。


「助かった。ありがとう。ティラン、恐ろしい魔物。マウザー島の火の王、飼ってる」


「ふむ、あの魔物がティランで、ここはマウザー島というのか。その火の王というのは」


「火の王、恐ろしい王。人間、遊びで殺す。生贄欲しがる。ブルトゥス火山、住んでる……!」


 助けられた地元の男女が、怯えた表情で山を見上げる。

 そこに、火の王とやらが住んでるらしい。


「レヴィア様、これって間違いなくあれなんじゃないかな」


「ああ、魔将だろうな。そして、火を扱う魔将と言えばあの男しかいないだろう」


「フレアス王子なー」


 俺がその名を告げたら、レヴィアが物凄くいやそうな顔をした。

 無理やり結婚させられそうになっていた相手だもんな。

 官僚たちはノリノリだったし、レヴィアの家族である王家も、これは良い話だと諸手を挙げて賛成だった。

 レヴィア、割りとこれを恨みに思っているようで、彼女の兄であるガーヴィン王子を、ウィドン王国方面の大公に封じる……つまり左遷してしまったのである。


 これに対する彼女の言い訳が、「私が悪く言われるのはいいが、一つ間違えればそなたがいるのに夫を迎えてしまうところだったのだぞ? いや深い意味は無いから今の言葉は忘れよ。忘れよ!」「痛い! 記憶が飛びますよその打撃」というものだった。あ、後半は俺ね。


「ちなみに記憶は飛ばなかった」


「ウェスカーさん何一人で大きな声で喋ってるの?」


 メリッサは不思議そうな顔をするが、「まあいつものウェスカーさんだよね。気にしちゃだめだった」とか言いながら、三匹のしもべと共に向こうへ行ってしまった。

 むこうというのは、こんがり焼けた魔物、ティランである。

 これがまた、美味そうな匂いがするのだ。

 マリエルとクリストファが、肩を並べてティランを見下ろしている。


「じゃん」


 マリエルが懐から、香辛料が入った瓶を取り出す。


「行けそうですね」


 クリストファがナイフで肉を切り取る。

 これに香辛料をふりかけるわけだが。


「毒味はわたし!!」


 ぴょーんとその間にメリッサが入り込んでいった。

 流石は趣味が食い道楽の娘。

 全ての焼肉は我に道を開けよ! とばかりに堂々乗り込み、クリストファから手ずから「あーん」をしてもらっている。


「さて、メリッサの判定はいかに。いや、だいたい全部美味いんだろうけど」


「おいしーい!」


「やっぱり」


 想像通りの結果だった。 

 だが、ティランの肉は本当に美味しそうだな。

 助け出した男女のことは、レヴィアとゼインに任せておこう。

 どうやら、お礼に俺たちを彼らが住んでいるという集落に案内してくれるようだが。


「おいメリッサ、俺にもくれ」


「残念ですぅー。全部食べちゃいましたー」


「こいつぅ」


「ふぉわーっ、ウェスカーさん女の子のほっぺを引っ張るのは、ふぁふぁふぁーっ」


 メリッサが大変よい顔をしたので、思わず両方から摘んでほっぺを引っ張った。

 その間に、クリストファがニコニコ笑いながら、俺の分の肉も切り取ってくれる。

 マリエルは、自分用のぶんは確保して食べているようだ。


「あら、美味しいですねこれ。地上の肉は身がぎっしり詰まっていて、食べ過ぎると胸焼けしてしまいそうですが」


「ほんとだ美味い。これ、食べたことがないタイプの肉だな。脂身が少なくて、赤身が多くて、焼いたのにもっちりしているというか……パンに挟んで食べたい」


「パン欲しい!」


「だよな」


「だよねー」


 俺とメリッサで意気投合していると、レヴィアが戻ってきた。

 現地人の男女を引き連れている。


「みんな。これから彼らの集落へ行くぞ。この肉は彼らにとっての食料にもなるそうだ。ウェスカー、運べるか?」


「ゴーレムがやられてしまいましたからなあ」


「うむ。ゴーレムがこの魔物を捕縛してくれていたので、諸共に倒すのが実に楽だったぞ」


 爽やかに笑うレヴィア。

 今、諸共って言ったな?

 俺がちょっとやそっとではびくともしないと知っているから、何気に俺に対する扱いは雑というか、過剰な信頼が見え隠れするんだよな。

 まあいい。


「連続でいけるかな? 従者作成」


 ゴーレムを作り出す。

 すると、あまりサイズが大きくない物が完成した。

 どうも、ソファゴーレム以外はあまり上手くいかないんだよな。

 さっきのゴーレムが、珍しくきちんと出来上がったくらいで。


「ウェスカー、もうこの魔物は死体なのですから、死体を使って従者を作成しては?」


 そこで出てきたクリストファのナイスアイディアである。


「それだ」


「おい、お前って神懸りなんだろ? 死体を使うとか怖いこと言うなあ……」


 ゼインがガクブルしている。

 クリストファ、神懸りだけど基本的に罰当たりだよな。


「ハハハ、今なら神々はみんな封印されていますからね。彼らが無事でも、私はこういう事言いますけど」


「神様は寛容なんだなあ」


「実はそうなんですよ」


「そうだったのか」


「そうだったのです」


 ふむふむ、と二人で頷き合う。


「そんなのはいいからウェスカーさん早く運ぼ! この人たちの村にいかないと、お肉もっと食べられないんでしょ!」


「食べ物が絡むと、メリッサは本当に押しが強くなるなあ。従者作成っと」


『もがー』


 ティランの死体が起き上がった。

 名付けて、焼肉ゴーレム。

 ゴーレムそのものが焼肉で構成されているという、意欲作だ。

 香ばしい匂いを垂れ流すこいつと共に、俺たちはマウザー島にあるという人間たちの集落に向かったのだった。


 

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