第101話 ユーティリット連合王国樹立

 革命は成った。

 成ってしまったものは仕方ないのである。

 ユーティリット王国は、元より官僚によって実権を握られた国であった。

 それが、裏からの支配ではなく、表から堂々と支配するようになるだけだ。


「諸君! 本日より、この国はユーティリット王国から、ウィドン王国、オエスツー王国を併合し、ユーティリット連合王国となる! 今日こそが、連合王国歴元年となるのだ!」


 リチャードの演説に、民衆がわーっと沸き立つ。

 騎士リチャードは、俺より幾らか上くらいの若さで、連合王国における女王に次ぐ位、連合王国議会議長となる。

 ちなみに女王は、言わずと知れた我らがゴリラ姫である。

 本当にいいのかなー。


 レヴィアはドレスや装飾品でゴテゴテ飾られて、金髪のウィッグを被り、王冠など載せてちょこんと座っている。

 政治のこととか全く分からない御仁だからな。

 仕方がない。

 で、その横には、何故か俺がいる。

 いつものローブに、ゴテゴテと勲章みたいなのをたくさん飾って、超重い。


「姫様、俺は別にいなくてもいいのでは?」


「何を言う。そなたを国民にお披露目する意味もあるのだ」


「なるほど。なんでだろう……」


 俺の立場は、王国筆頭魔導師。魔導師顧問として、研究室に軟禁されていたゼロイド師がつく。

 その他、革命軍でリチャードと共に戦ったリーダークラスは、大体が連合王国議会……略して議会の議員になっている。

 みんな慣れない盛装で、カチンコチンである。

 だが、数名は生き生きとして走り回っている。

 彼等の立場は裏方のようなものだが、役職は議長であるリチャードの補佐であり、実質的な政治を担当することになる。


「ふう、ふう、忙しい忙しい」


 俺がちょっとトイレに立った時だ。

 ふとっちょの男が汗をだらだら流していた。


「冷やしてやろう。水作成クリエイトウォーターだ」


 俺が指先から、ピューッと水を出すと、ふとっちょは気持ちよさげに頭から水を浴びに来る。


「あひー、生き返った! おや、誰かと思えばウェスカー導師ではありませんか。私ですよ、私。あなたに吹き飛ばされたお陰で、魔将めの魔石から解放されて、仲間たちみたいな死に方は大変嫌だし革命軍に首を切られるのも御免なので、さっさと尻尾を振って議会書記に収まった元第四書記官のラードです!」


 話が長い。

 つまり、彼は、俺が城内をメリッサと一緒に徘徊していたこの間、適当にぶっ飛ばした官僚の一人なのだ。

 彼以外の官僚は色々あって全滅しており、同僚の無惨な死にすっかり震え上がったラード氏は、完全に心を入れ替えて働くことにしたわけである。


「飯食わないで働いてたの? 痩せちゃうよ?」


「ウヒヒ、ご心配痛みいります! ですが私はこれくらい生き生きと働いている方がいいんですよ! なにせ、ほとんどゼロから国を立ち上げるわけですからね。しかも、レヴィア殿下……いや、レヴィア女王陛下の、魔王軍倒すべしの思想を体現するため、人類が一丸となるための国家です! まさかこの私が、こんな大仕事を任されることになるとは思ってもいませんでしたよ!! それはそうとお弁当は食べますので……」


 ラードは大きな弁当箱を取り出した。

 どっかり床に座って、中にはいっていたサンドイッチをパクパク食べ始める。

 数日前まで、豪華な椅子にふんぞり返っていた男とは思えない変わりっぷりである。

 なんていうか、彼は生き甲斐みたいなのを見つけたのかもしれないな。

 それはそうと、美味しそうなサンドイッチだ。

 じーっ。


「なんですかウェスカー導師。ほしいんですか? 仕方ないですねえ、きゅうりサンドだけですよ」


「かたじけない。うほ、美味い美味い」


 俺とラードは、二人並んでサンドイッチを貪った。

 パンときゅうりの間に、酸っぱくてまろやかなクリーム状のものが挟まっている。


「これは何だい」


「これはですな、自家製のマヨネーズというものでして」


「マヨネーズ……!! その名、しかと覚えたぞ。人の顔や名前、出来事は結構忘れる俺だが、美味しかったものは忘れないのだ。よし、姫様に言ってマヨネーズを増産する資金を出させよう」


「ウェスカー導師、陛下、陛下」


「えーっ。でも、俺にとってはずっと姫様だからなあ」


「では、レヴィア様とお呼びしては? ウェスカー導師と仲間たちは、陛下にとって特別な存在であるようですから」


「えっ、名前で呼ぶの」


 なんだろう。

 なんか照れくさいぞ。


「さて、私は腹ごなしにまた働くとしますよ! ウェスカー導師もがんばってください!」


「何をがんばるんだ」


「そりゃあもう。みんな分かってますから」


 ふとっちょは俺にウィンクして、ぽてぽてと走っていってしまった。

 なんというか、気持ちのいい男になったなあ。だが何を言われているのかさっぱりだ。

 俺は本来の目的であったトイレへ向かい、戻ってきた。

 洗った手はローブで拭いたからすっかり乾いているぞ。


「おお、ウェスカー、戻ってきたのか。どこかに行ってしまったかと思って心細かったぞ」


「またまた。姫様が心細いとか……と、姫様じゃないんだった」


「何を言う。私はこと、戦いとなれば水を得た魚のようになるが、このような公の場は大変苦手なのだ」


「この間の結婚式とか」


「結婚式ではない!!」


「魔将の陰謀により王国が根底から揺るがされた闇の集まりの時」


「そう、それ」


 なかなか面倒な人である。

 だが、本当にあれを結婚式と呼ばれるのを嫌がるなあ。


「姫様……じゃない。レヴィアはなんでそういうの嫌がるの」


 俺が言葉を発した瞬間だ。

 レヴィアがカチーンと固まった。


「おっ!?」


 目の前には、延々と演説を続けるリチャード。

 そしてそろそろ飽きてきて、屋台でご飯を食べたり駄弁ったりしている群衆。

 みんなこっちを見ていない。

 なので、レヴィアの変化は俺だけが分かった。


「どうしたんですか」


「い、いや、今、そなた、私をなんと」


「あー。ほら、姫様じゃなくて女王陛下になったじゃないですか。でも陛下とか仰々しくてやだなーと思ってですね? そこで、名前を呼ぶことに」


「名前」


「レヴィア」


「うっ」


 レヴィアが胸を抑えてジタバタした。

 なんだなんだ!

 流石にこれは民衆も気づいたようで、ざわざわ、どよどよとざわめきが起こる。

 リチャードは自己陶酔しながら演説をしていたのだが、あまりにも民衆が気もそぞろで、全く演説を聞いていないことに気づいたらしい。

 ちょっとムッとしながら、民衆を睥睨する。

 すると、彼等の目が俺たちに向けられていることに気づいたようだ。

 振り返るリチャード。


「アッ!! 陛下、顔が真っ赤ではございませんか!! というかウェスカー導師まで顔が赤いですよ! さては魔将め、最期に病魔を放って二人を……」


「そういうのではない。気にするな」


 暴走しようとするリチャードである。

 彼も彼で面倒だな!

 レヴィアはレヴィアで、ドレスに埋もれるようにしてぷしゅーっと湯気を出している。

 どういう原理で湯気が出ているのかは知らない。

 これは、あれだな。

 いい加減、こんなフォーマルな場でゴリラを繋ぎ止めていてはいけないということだ。

 獣は野生に返すしかあるまい。


「皆の衆!!」


 俺は、民衆に向かって声を張り上げた。

 その声を、生命魔法の力で拡大する。

 あまりに大声に、みんながびっくりして俺たちを振り仰いだ。


「俺と、レヴィアは、これからまた、恒例の魔将退治に行ってくる! そうしたらまた、新しい世界が増えるはずなので、それまでの間、留守をよろしく!!」


「留守……!? あ、ちょっとウェスカー導師! 国家元首が国を空けるのは流石に」


 リチャードの抗議を掻き消すように、民衆からワーッ!! という大歓声が上がった。

 巻き起こる、レヴィア陛下コール。そしてなぜか、ウェスカーコール。

 これは期待されていると見て間違いないのではないか。


「ううーん……。私を呼ぶ声が聴こえる……」


「呼んでますって。ほれ、行きますよレヴィア様。魔将が俺たちを呼んでいるんですから」


「うーむ、魔将、魔将……魔将!? 魔将は滅ぼさねばならないぞ!!」


「その意気その意気」


 俺はうんうんと頷きながら、彼女を抱き上げた。

 お姫様抱っこというやつだ。

 これで、民衆の中の一部の女子たちから、キャーッという黄色い声が聞こえた。


「アッアッアッ」


 リチャードが口をパクパクさせている。

 彼の台本から、状況が大きく逸脱しつつあるのだろう。

 議長殿はパニック状態だ。

 だが、俺は知らんぞ。

 この状況から女王陛下をお助けするのだ。

 全身に魔力を行き渡らせると、ごく自然に、体がふわりと浮かび上がった。


「よし、行くぞウェスカー! そのまま突き進め!」


「あっ、陛下、ウェスカー。これこれ。解析しておきましたぞ。このピースを使って、新たな世界へ行くとよろしい」


 今まで楽しそうに俺たちを眺めていたゼロイド師が、懐から海の世界で手に入れたピースを取り出す。

 そして、俺に向かって放り投げてきた。

 これをレヴィアがキャッチする。


「ああ。次の世界も解放する。期待していろ!」


「もちろん。また私に面白い話を聞かせてくれることを楽しみにしていますよ」


 かくして。

 俺たちはまた、新たな旅に出るのである。




 ちなみに、戻ってきた俺とレヴィアを、メリッサもゼインもクリストファもマリエルも、妙にニヤニヤしながら出迎えたわけである。

 何もかも見ていたな……!?

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