第十五章・マッチポンプ革命

第95話 魔王軍扮装大作戦

「我々はー魔王軍だー」


 ユーティリット王国城下町に、おどろおどろしい宣言が響く。

 突然街外れに現れたのは、真っ白な布をかぶった巨大な魔物である。

 魔物が牽いている荷車から、なんとなく魔物っぽい格好をした男女が次々に降りてくる。

 発された宣言はちょっと棒読みっぽい気がしないでもないが、一言一言、はっきりと発された言葉は解りやすく、子どもだって一回で聞き分けられるだろう。


「魔物は人間より偉いのでー、これからここでキャンプをします」


「な、なんだって!?」


 街外れだが、ここは街の中心街へ入る門の目の前である。

 こんなところで魔物がキャンプしていると、外国からのお客や、王都が必要としている商品が届かなくなってしまうのだ。

 裏口を使う手もあるのだが、外国のお客を裏に回らせるのは失礼だし、商品は遠回りになるし、何より裏口は狭い。

 ユーティリット王国の人間たちは、格式を重んじるタイプである。

 そんなわけで、正門を塞がれるのは大変困る行為であった。


「あ、あのー」


「なにかね」


 恐る恐る声を掛けに行った兵士は、ローブを纏ったクラゲのような頭の魔物に応対された。


「ここでキャンプされると困るんだが……」


「困るも何も俺たちはここでキャンプするのだから仕方ない。よそあたって」


「ええ……」


 大変理不尽な物言いで突っ返された。

 兵士たちには、王国上層部からの命令が下っている。

 すなわち、魔物は隣人である。争うべからず。


「そこを何とか」


「何とかって言ったって、俺もうおなかすいちゃってここでキャンプファイアーしないとやってられないよ? 一緒にキャンプファイアー囲む?」


「ああ、ダメだ言葉が通じるのに話が通じない」


 これが魔物か……! と戦慄しながら戻る兵士。

 彼の背後では、猫のような耳を頭に生やした少女のように見える魔物が、クラゲローブの魔物に駆け寄って何か言っている。

 凄いじゃんウェスカーさん話が通じない所とかすごく魔物っぽい! などと聞こえた気がしたが気のせいだろうか。


「ダメだ。前から危惧はしてたが、魔物にこういうことをされると手がつけられん」


「上に報告上げとくか」


「それしかないな」


 そういう事になり、誰も、正門前で盛大にキャンプファイアーを焚く魔物一行に手出しができない。

 国民も、商人たちも大変迷惑をしている。


「うわっ、こんなところでキャンプファイアーするやつがあるか!」


 通りかかった鷲の頭と翼を持つ魔物まで、迷惑そうに顔をしかめる。

 すると、青い肌をした美青年に見える魔物が、柔らかな口調で説明してきた。


「おや、ご存じなかったのですか? これはオペルク様の命令なのです。かのお方の深遠なるお考えは私たちには想像できませんが、ここでキャンプファイアーをせよとの勅命を受けた我らは、こうして粛々と宴会をしているわけです」


「えっ、そんな命令聞いたことないけどなあ」


「我々はもともと、プレージーナ様直轄の部隊でしたからね。ほら、私の顔は故プレージーナ様が好きそうでしょう」


「あっ、そう言えば。あのお方、人間っぽいイケメン大好きだったからなあ。なんか、色々とお疲れ」


「お互いに魔王軍として活動に励みましょう」


 魔物と魔物、互いに肩を叩き合って互いの今後に幸多からんことを魔王に祈る。

 去っていく鷲の頭の魔物は、背後で、なかなかやるなクリストファ。私も思わず狩りたくなるほどの説得力だったぞ、などという声が聞こえた気がしたが、内容が理解できなかったので気にしないことにする。

 それよりも重要なのは、どうやらオペルクが倒された魔将の残党を集め、極秘の作戦を始めているのではという情報である。

 鷲の頭の魔物はイーグルマンと言い、魔将の一人である血風のウィンゲルの部下である。

 この情報は、すぐさまウィンゲルに伝えなければならない。


 正門前の一団は、とうとう酒盛りを始めた。

 酒を飲み、歌い、骨付き肉を焼いて食べる。

 猫耳少女の魔物は、自分で捏ねた砂糖入りの生地を、両手に持ってキャンプファイアーにかざしている。


「美味しくなあれ、美味しくなあれ……」


「フャン」


『キュー』


「ぶいー」


 少女に付き従う三匹の魔物。

 黒い猫と、布をかぶってふわふわ浮かぶものと、頭をモヒカンにした直立する子豚だ。


「チョキさん、本当にその仮装で良かったんでしょうか……」


「えー? チョキも結構イメージ変わるもんね。ねー、似合ってるよねチョキ?」


「ぶぶ、ぶいー!」


 モヒカン子豚は満足げである。

 かくして、オペルクから命を受けたと嘯く魔物たちが、わいわいと馬鹿騒ぎをしていると、夜半すぎに王城の方から甲冑を身に着けた魔物が走ってくるではないか。


「こらーっ!! 何をバカなことをやっておるかー! 大事な時にそんな事をしては、オペルク様のお考えが……!」


「ほう、内部事情に詳しそうな魔物が来たぞ。やるか」


「姫様、ステイ。ここは頭脳派の俺に任せてですな」


「ゼインさん! この二人掴まえてて!」


「へいへい。どうなることかと思ったが、案外上手く行くもんだなあ」


「では、交渉は私に任せて下さい。神懸りとしての誇りにかけて有用な情報を引き出してきますよ」


「クリストファさん、それは神懸りとしての誇りにかけてはいけないと思うんですけれど……」


 がやがやと会話する魔物の中、青い肌をした美丈夫が歩み出た。

 クリストファと呼ばれていた魔物である。


「おや、ですが我々はオペルク様の勅命を受けております。かのお方の使いだと名乗る魔物が現れてですね。今や冷や飯を食らってたプレージーナ様直属部隊であった私たちに役目を……」


「なんだと!? そんな話は聞いておらんぞ……」


 甲冑姿の魔物が腕組みをする。


「お前たち、よもや嘘を言っているわけではあるまいな」


「正門の前でキャンプをして、我々に何の得があるというのです」


 すかさず言い返してきたクリストファに、甲冑の魔物、もっともだと頷く。


「うむ、どう考えてもここでキャンプすることに意味はない。ただただ、魔物と人間に迷惑がかかるだけだ」


「オペルク様に直接問いただしてもらえれば分かりますよ。それともおられない?」


「いや、それは……」


 言い淀んだ魔物を前にして、クリストファはにこやかに笑った。


「いいのですいいのです。立場上、畏れ多くて声がかけられないという気持ちはよく分かります。私はプレージーナ様の直属でしたが、下々の魔物は皆そうでしたから」


「ば、馬鹿にするものではない! 俺とて生きた鎧リビングメイル軍団の長として、こうして発声機能を与えられているのだぞ! オペルク様に意見できぬとは聞き捨てならん!」


「ではお留守でしたか」


「あっ」


「皆さん、撤収です! どうやら我々は、偽の情報を流されていたようです。オペルク様がお留守なのに、命令が届くはずがありませんからね!」


 クリストファが朗々と告げると、彼の仲間たちが「うーい」と返事をした。

 クラゲ頭のローブ姿が、手から水を出してキャンプファイアーを消す。

 そして、みんな巨大な布の魔物が牽く、荷車に戻っていく。

 そして彼等は、猛スピードで去っていったのだった。


「何だったのだ、あいつらは……」


 訝しく思いつつ、城へ戻っていく魔物。

 彼はその背中を憎々しげに見つめる、住民たちの様子には気づかない。





 翌日のことである。

 王都内にある、とある高級酒場。


「今日は随分賑やかだな」


「ええ。今日は魔物たちが宴会をしておりまして、皆さんに最高級の蒸留酒を振る舞うと」


「ほう!? あれだろう。主人が自慢してた、一瓶で四頭建ての馬車が買えるという……」


「はい。魔将オペルクさんからのお達しで、あれをあるだけ買い取って振る舞うと。いやあ、魔物ってのは景気がいいですなあ。支払いはお城が責任をもってやってくださるとか。百年ものですよ。ちなみにお代わりは自由だそうで」


「素晴らしい! 魔物バンザイ! 今日は例の名酒を飲み干してやるぞ!」


 店の中から聞こえてくるのは、たくさんの魔物と酔っぱらいたちの笑い声である。

 普段であれば、紳士淑女の社交場然とした酒場が、酔っぱらいたちの乱痴気騒ぎの会場となる。


「これで文句はあるまい?」


 最高級蒸留酒を、まるで水のようにぐいぐいあおりながら、鼻から上を鉄の仮面で隠した女の魔物が手形を差し出す。

 確かに、王族と高級官僚たちしか持つことを許されない、ユーティリット王国の正式な書類である。

 この紙一枚に、王国の紋が刻まれており、書かれた金額と同じ価値を持つ。


「おお、こりゃあ確かに……! しかし、こんな正式な約束手形を使えるくらい魔物は重用されてるんですねえ」


「うむ。だからあるだけ酒を出すのだ。地下には王国中から集めた名酒が揃っていると言うことは知っているぞ。全て飲み干す。外を歩く者たちにも振る舞え」


「はい、かしこまりました!」


 かくして、高級酒場は一夜にして酒を空にし、翌日王城に届けられた手形に記された金額に、財務担当の官僚がひきつけを起こして倒れることとなるわけである。

 一般官僚や兵士たちの給料と食事のおかずは二割減ることになり、王国内にも、魔物に対する不満は吹き上がり始める。


 王国に献上される馬を排出する馬場では、出荷直前の馬が高カロリーの飼料でぷくぷくと太り、街の悪ガキたちの間では、魔物ごっこと言って全裸に泥を塗りつけた格好で街路を駆け回る遊びが流行り、神々を祀る神殿には外から光線が打ち込まれて上半分が消えた。

 何もかも魔物の仕業である。

 魔物が悪い。

 亭主の給料が悪いのも、子どもが勉強できないのも、野菜の値段が高いのも。

 何もかも魔物が悪いのである。


 かくして、王国に反乱の芽が育ちつつあった。

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