第96話 ユーティリット革命前夜
ユーティリット王国王都は、大きく分けて三つの地域によって構成されている。
一つは、王都近辺の高級住宅地。貴族や豪商が住み、彼等を相手にした高級店が軒を連ねる、上流階級の街。
もう一つは、王都の代表的な街並みを形作る、城下町。大通りを挟んで大きく二つに分かれたこの街は、それなりに裕福な、城壁の内側に住む人々が生活を営んでいる。
最期に、外縁部。王都の住民でありながら、城壁の外に住む、中流から下流の住民たちの街である。
今、外縁部のとある酒場にて、秘密の集会が開かれようとしていた。
酒場『牡牛の鼻息亭』地下。
さほど広くはない空間だが、そこにはみっしりと老若男女が詰まり、尋常ならざる熱気を放っていた。
あちこちに魔法の明かりが灯されていて、彼等の中に魔導師が混ざっていることも分かる。
「これ以上、我々は我慢することはできない!!」
人々の中心にいた男が、叫んだ。
おおー、と湧き上がる歓声。いや、怒号?
「王国の横暴は、我々市民の生活を蝕んでいる!!」
おおー! という同意の叫び。
「物価は上がり! 流通は滞り! しかも、王国は献上される馬の出来が悪かったからと、さらに我らの血税を用いて高価な馬を育成するとか……!」
「なんて横暴なの!!」
「俺はこの三日の間、塩パスタしか食って無いんだ!!」
「野菜が高いんだよ」
「野菜は草食の魔物の餌に優先的に回されてるらしいぞ!」
「なんだと!? あいつらは草でも食ってればいいんだ!」
あちこちで怒りの叫びが上がる。
人々の怒りは爆発寸前なのであった。
彼等の中心にいる男は、深く頷く。
一見すると、王国の鎧、マントを着込んだ騎士である。
そう、彼は国民たちの困窮の声を見過ごすことができず、立ち上がった若き騎士なのであった。
名を、リチャードと言う。
代々続く名家の生まれではあるのだが、彼の家であるホワイト家は、根っからの武闘派であった。
平和な時代に武闘派は生きられない。
彼等の祖先は官僚たちとの政争に敗れ、今では城壁外の歩哨を束ねる、下級騎士にまで落ちぶれてしまっていた。
だが、古来より続く家の教えは守り続けられていた。
すなわち、弱きを助け、強きをくじく。
その教えの原理主義者が、現当主リチャードであった。
民は弱い。
国は強い。
すなわち、民を助け、国をくじくのだ。
大変危険な思想であった。
「みんな、聞いてくれ。今まで、辛うじて民にも目を向けていたユーティリット王国だが、ついに奴らは我らを見限った! 魔物に国の富を分け与え、君たちには何の恩恵もない! 明日の糧が無くて、どうして人は暮らせるのか!」
「そうだ!」
「そのとおりだ!」
「だが、国はそんな我々の言葉を聞き届けず、それどころか、意見を出した我がホワイト家を、歩哨の統括から辺境畑作地区の野菜統括担当に任命するありさまだ! これはつまり、魔物どもに供出する野菜を計算する仕事で……」
「リチャード、専門的な話はそこまでにするように。私は回りくどい話は嫌いだ」
リチャードの横にいた金髪の女性が囁くと、騎士はびしっと直立不動の体勢になった。
「はっ!! かしこまりました! 諸君! 諸君に紹介したい人がいる! 彼女の力を得て、我らユーティリット解放同盟は大義名分を得る!」
「そんな名前だったのか」
「ウェスカーさん、せっかく盛り上がってるんだから突っ込み禁止!」
「メリッサに突っ込み禁止と言われるとは、たまげたなあ」
締まらない会話が背後から聞こえてくるが、リチャードは気にならない。
何故なら、彼の目の前にいる女性、彼女こそ、現在の危機的状況を遥か以前から見通し、王族、国民からの冷遇にも耐え、今日まで戦い抜いてきた女傑であるからだ。
「紹介しよう! 彼女こそは、今や象徴となったユーティリット王国王族でありながら、誰よりも前線で魔物たちと戦い続けてきた英雄……! レヴィア・ユーティリット殿下であらせられる!!」
うおおおおおーっ!!
大歓声が巻き起こる。
地下室にみっしりと詰め込まれた国民たちの熱視線は、その中心に堂々と立つレヴィアに注がれている。
女性としては明らかに高い上背。軽装とは言え、鎧をまとっても様になる鍛え抜かれた体格、スラリと伸びた背筋に、見たものを射殺すのではないかというほどの力を宿した眼差し。
美しき戦乙女という文言を、一言一句違えずに現実化した彼女の姿は、王国との戦いを決意した民衆にとっての象徴であった。
レヴィアが熱狂する民衆に向けて手を掲げると、彼女のカリスマに打たれてか、人々は静まり返った。
「あれ絶対、姫様の殺気とか威圧感にやられて静かになったよね」
「メリッサは最近分析力にも長けてきたなあ」
「あれ受けて平然としてる人って、私ウェスカーさんしか知らないからね?」
静かになった国民たちに向けて、レヴィアが口を開く。
「私は今紹介された、ユーティリット王国第二王女レヴィアである。魔物死すべし!! 魔王軍滅ぼすべし!!」
確かな怒りと共に突き上げられた拳に、誰もが固唾をのむ。
「王国は愚かにも、魔物を国内に引き入れてしまった。魔物は魔王軍の手先である。魔王軍はオエスツー王国とウィドン王国を滅ぼし、魔王軍に敗れたマクベロン王国は、未だ再建のめどが立っていない。この状況で、王国はオエスツー王国跡地を、魔物たちの入植地にしようとしているのだ!」
「な、なんだってー!!」
「とんでもねえ!」
「俺の友達が入植民でオエスツーに行ってるはずなんだ……!」
周囲から、激しい動揺の声が聞こえてきた。
国内の情報は官僚たちによって統制されており、国民たちに渡ることはないのだ。
今レヴィアが語った話は、裏付けも何も示されておらず、言うなれば酒場で吟遊詩人が語る、外国のお話と同じようなものなのだが、この場の空気とレヴィアが発する迫力が、真実であると信じ込ませる効果を生んでいた。
レヴィアを補足するように、癖のついた薄茶色の髪を伸ばした、見目麗しい青年が進み出る。
「詳しくは私が解説しましょう。私は神懸りのクリストファ。神々の代理であり、こちらにおられるレヴィア殿下の正統性を保証する者です」
クリストファと名乗った彼は、まず神懸りである証明として、集まった人々の中で今朝方魔物といざこざを起こして怪我をした者を呼び、彼の傷を治した。
魔法である。
これを見て、民衆はクリストファが神々の代理人、神懸りであり、彼がレヴィアを保証するということは、レヴィアが象徴する自分たちの運動も正当なのだと自覚する。
その上で、クリストファが昨今の魔物たちの暴虐を説明するのだ。
「マッチポンプですね……」
「俺たちと魔王軍、どっちが悪いのか分からなくなってきたぜ……」
マリエルとゼインが引きつった笑いを浮かべている。
「だけど姫様は嬉しそうだよ」
「いやいや甥っ子。あの人はもう、魔王軍叩ければ他はどうなっても構わない主義者だろう……」
「うむ。こうしないと魔王軍が表に出てこないとクリストファが言うのでな」
「あの神懸りもおかしくねえか? 作戦があまりにもダーティ過ぎるだろ……」
「最速で最大の効果をもたらすための作戦だって言ってたので仕方あるまい」
メリッサは会話する二人を見つつ、酒場の料理である骨付き肉をもりもりと食べている。
「今のところ、話がすごい速度で動いてるからいけるんじゃないかな? っていうか姫様がノリノリだから止まらないと思う」
「姫様、王国の裏で蠢いている魔王軍に手を出したくて堪らないでしょうね。今は我慢している期間なんでしょうか。こう……空腹などを我慢すればするだけ、口にした食べ物は美味しいと言いますから」
「うっわ、それ、溜め込んだものを解放する瞬間がこええな……」
地下室に、レヴィアを称えるコールが起こる。
これは、明らかに止まらない雰囲気である。
人混みから、クリストファが抜け出してくる。
「皆さん、この後は上の酒場で夕食を取った後、あと二件回って扇動をしていきます。リチャードも同行しますからよろしくお願いします」
「あのよ、クリストファ。これは本当にいいのか? 神様とか怒ったりしねえわけ?」
「ご心配ありがとうございますゼイン。ですが、こうでもしないと状況が動きませんからね。しかも神々は王国の裏にいる魔王軍によって封印されています。言わば、私の行為は神々を解放するための聖戦なのです」
「そう言われると確かにそんな気が……」
「ゼインさんが言いくるめられてしまいました……!」
「マリエル、何も悪いことはないのです。今は人と人が争っている状況ではありません。つまり、人と人が争わざるを得ない状況になったら、一瞬で、可能な限り無血で解決せねばならないのです。これはそのための戦いなのですよ」
「無血で……。それは確かに素晴らしいことです……」
「うーん、マリエルさんも陥落したねえ。私、クリストファさんは敵に回さないようにしようっと」
パーティ最年少ながら、冷静に状況を分析しつつ、メリッサは骨付き肉の脂がついた指を舐めるのだった。
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