第94話 キーン村の調査

「我々はあまりにも顔が売れすぎています。変装しましょう」


「変装だって!?」


 意外なアイディアが飛び出してくる。

 俺たちが目立つと言うのだろうか。

 俺は隣に立つレヴィアを見た。

 鍛え抜かれた体格の、どこにでもいる絶世の美女。

 ふむ、目立つなんてものじゃない。


「変装などせずとも、私が甲冑で全身を覆えばいい」


「姫様、全身に鎧を着た人が海の方から来るなんて変でしょう?」


 メリッサが肩をすくめた。

 そう、俺たちは異邦人として、キーン村に潜入しようというのだ。

 それで、ユーティリット王国に起こっている事態を調べる、と。

 で、珊瑚の島の人々から衣装を借りて、これを身につける。


「彼等が作っている香油があります。ヤシから取れるものなのだそうですが、これによって不必要な日焼けを防ぐのだそうです。ですが、これには別の効果があります。塗っている間、かの島の方々同様の小麦色の肌色に近くなります」


「なるほどー」


 俺はスパッとローブや服や下着を脱ぎ捨てて、香油を塗り始めた。


「アーッ! ウェスカーさんなんで公衆の面前で真っ裸に!! うん、こういう人だった……!!」


「ほう、私もここは同じように……」


「姫様、さすがにウェスカーさんと同じようにそれは……あーれー、わたくしではこの方を止められませえん」


 メリッサは俺に突っ込みを入れるが、突っ込み慣れをしていないマリエル、レヴィアを止めようとしながら圧倒的パワーで振り回されている。

 背丈も、レヴィアのほうが頭半分ほど大きいしな。


「我ながら、違和感がなさすぎて怖いぜ」


「おう、叔父さんはピッタリマッチしてるな」


「そういう甥っ子も、お前は魔導師のくせになんで体が出来てるんだ」


「魔導師は体が資本だぞ」


 ゼインと俺は変装が終わり、互いにポーズなど決めながら寸評をする。

 珊瑚の島の人たちは、皆露出度高めの格好をしているので、今回俺たちはそれに合わせる。

 必要な荷物はまとめておいて保管、と。


「マリエルはそのままで問題ないですね。念のために、顔がわかりづらいようにしてもらえれば。メリッサは三匹の魔物がいますからね。荷物番ということで」


「うん、ちょっとホッとしたような、私が見てないところでみんながどういう事するかが、怖いような……」


「私もこのように、変装が終わりまして」


 そう言って、ごそごそ作業していたクリストファが振り返る。

 すると、そこには爽やかな褐色の肌の青年が立っているではないか。

 髪の色まで真っ黒になり、面影がない。


「姫様も髪の色を染めておきましょう。染めると言っても、一時的に人の目を誤魔化す程度ですが」


 クリストファが何か詠唱すると、レヴィアの髪の色が金色から黒色に変わる。


「うん? 変わったのか?」


「姫様、全然別の人みたい……!」


「ほー、よくできてるなあ。なんで色が変わるんだ」


 変わった変わったと言われたレヴィア。

 自分の姿に興味が湧いたらしい。

 メリッサの荷物から手鏡を借りて、自分の姿を見る。

 この人、鏡を持ち歩かないからな。


「おお……誰だこれは」


「誰だってそりゃあ、姫様でしょう」


「私か……」


「姫様ですな」


 俺たちのいつものようなやり取りを見て、クリストファが一つ頷いた。


「ウェスカーと姫様、なるべく口を開かないで下さい」


「なにい」


「聞く人が聞けば、例え声が違っていたとしても、二人とも特徴的すぎて気付きますからね。いいですか、村の人と会話をしたら一発でアウトだと思って下さい」


「厳しいことを言うな」


 レヴィアが顔をしかめた。

 だが、クリストファの提案には、俺とレヴィア以外全員が賛成のようだった。


「それなら、まだアクシデントも起きないよね。さすがクリストファさん!」


「そろそろ私も、彼等との付き合いが長いですからね」


 俺とレヴィアは、解せぬ、という表情のままなのであった。




 さて、キーン村に潜入だ。

 表から堂々と入るのだが、俺たちはまるで旅人でござい、という顔をする。

 きょろきょろと周囲を伺うのだが、来るたびにこの村は発展していっているな。

 すでに村というか、小さめの町ではないか。

 畑作をやってたはずの、兄貴の取り巻きの男が店を構えて、声を張り上げて客を呼んでいる。

 この調子では、みんな農民から物売りに変化しているのではないか。


「おや、新しい旅人さんかね」


「そうデース」


 声をかけてきた村人に、クリストファが明るく答えた。

 なんて怪しいイントネーションなのだ。

 俺とゼインは、吹き出しそうになる。


「ウェスカー、見たところ魔物はいないようだな」


 レヴィアが囁いてきた。

 この人はいつでもぶれないのだ。

 今も、倒すべき魔物を求めて村を舐めるように見回していたのだろう。


「結構なことじゃないですか」


「魔物がいなければ、私の存在意義が危ないではないか」


「姫様悲しいこと言いますなあ」


 俺たちがぼそぼそと言い合っている間にも、クリストファと村人のやり取りが進んでいく。


「我々は、新たに解放された世界からやって来マシタ。サンゴの島の世界デース。こっちの世界のこと何も知りマセーン。教えて下サーイ」


「ああ、それはね……」


 右も左も分からない、新世界からの旅人であると説明したおかげで、村人が懇切丁寧に説明してくれる。

 俺がいたころや、前に来たころは、ここまで人間慣れしていなくて、もっと愛想が悪かった気がするんだが。

 環境は人間を変えるのだなあ。


「うふふ」


 マリエルが村の男達に小さく手を振っている。

 ほう、鼻の下を伸ばした男たちが、うちの女性陣に手を振っているではないか。

 一人、二人、勇んで女性陣に声をかけようと近寄ってきた。

 彼等の前に、スッとゼインが出てくる。


「お? なんだ兄ちゃんたち。何か用か。おおん?」


「あっ、なんでもないです」


「失礼しましたあ」


 ゼインはでかいからな。

 しかも今は、鍛え抜かれた体を香油でテカテカにして、大変怖い外見だ。

 村の男達は青くなって退散していった。


「まあ。わたくしはお話するくらい構いませんのに」


「いやあ、ああいう若いのはガツンとやらにゃ分かんねえんだよ。つーかマリエルはその前に俺とお話しようぜ」


「あらあら、毎日お話はしているじゃありませんか」


「そういう健全なお話じゃなくてな……って痛え!?」


 ゼインの脇腹を、クリストファの強烈なエルボーが襲った。


「ゼイン、もっと新しい世界の人っぽく喋るのです」


「うぐっ、難しいオーダー出しやがる」


 今回の作戦のリーダーであるクリストファ。

 いつもの人当たりの良さからは思いもよらぬ厳しさを見せている。

 自ら率先して、怪しい喋りの新世界人をやる辺り、本気なのだなあ。

 よーし、俺も手伝っちゃおう。


「旅人さん、お菓子買いませんかー」


 俺とレヴィアのところに、小さい女の子がバスケットに入れた焼き菓子を売りに来た。


「コニチワー。オー、オカシー。ワターシ、オカシ、ダイスキネー」


 俺、迫真の演技。


「良かったー! これ、王都で流行っているお菓子を、うちの村で作ってみたんです! どうぞ!」


 お金を払って買うわけである。

 貪り食う俺。

 うまいうまい。

 もう演技なんかしてられるか。


「お兄さん、なんだか前にうちの村にいた、ウェスカーっていう変わった人に似てる……」


「他人の空似であろう。さあ菓子を売ったのなら去るがいい」


 割って入ったのはレヴィアである。

 演技もへったくれもない、ただのレヴィアな断定口調で、女の子が抱いた疑問を斬って捨てる。


「あっ、はい」


 女の子、真っ白な顔色になり、そそくさと立ち去ってしまった。


「ふむ、私の演技も捨てたものではないな」


「姫様演技なんかしてなかったじゃないですか」


「なにいっ。そういうウェスカーこそ、いつものウェスカーを棒読みにしただけではないか」


「なんですと」


「はいはいはいはい」


 クリストファがパンパンと手を打って、俺たちの会話を止める。


「ウェスカーの名前は大変危険ですので、口に出してはいけません姫様。ということで、今のこの村の状況がわかりましたから共有しますよ。皆さんこちらへ」


 クリストファは、俺たちを先導して村にできた酒場にやって来る。

 こんな店いつできたんだ。

 俺たち一行の姿は珍しいようで、村の子供達がぞろぞろついてくる。

 彼等を、ゼインがガオーッと脅して遠ざけたり、レヴィアが謎の殺気めいたオーラを放って腰を抜かさせたりして追跡を諦めさせた頃合い。

 クリストファが話し始めた。


「結論から言いますと、この村はまだユーティリット王国が新たに定めた決まりに組み入れられていないようです」


「何が起こっているのでしょう? 姫様とウェスカーさんが見てきた、魔物が人間たちの領域に入り込んできている状況というのは……」


「どうやら、ユーティリット側で、私たちが旅だった直後から大きな政策の転換があったようですね。現在、滅ぼされたオエスツー王国と、国家の体をなすことが困難なほどのダメージを受けたウィドン王国、この二国に対して、ユーティリット王国からの援助と入植が行われています。ここに、魔物との共存を行うための共同体を作るという政策が実施されているようなのです」


「俺と姫様が見たオエスツーだと、魔博士オペルクってのが手を出したとか何とか言ってた。オペルクってあれかね。式場に突入してきた四匹の魔将の一人とか」


「充分にありえるでしょう。ここで注目すべきは、魔王軍が戦法を変えてきたということです。正面から私たち人間を攻めるのではなく、社会のシステムに入り込んで、裏側からコントロールしようとしてきている。これは、今のユーティリット王国にとって、致命的な状況ではありませんか? ねえ、姫様」


「うむ。永年過ごした母国だからこそ、言える。あの国は平和ボケし過ぎている。それは、実際に魔王軍の脅威と相対した今でも変わらない。むしろ、私たちがあの国に戦火が及ぶ前に、マクベロンで勝ってしまったから、未だに魔王軍の恐ろしさを知らないという方が正しいかもしれないな」


 そこまで言ってレヴィア、ハッとした顔をした。


「そうか。ならば今度は、私たちがユーティリット王国に魔王軍の恐怖を教え込めばいいのだ!!」


「えっ」


「えっ」


 ゼインとマリエルが、いやな予感がする、とでも言いたげな表情になる。

 だが、クリストファは満面の笑みだ。


「そう、それです。私もそれを思いついていたのですが、神懸りが立場上それを口にするのはたいへんまずい……!」


「クリストファはなかなかいい性格をしているのだなあ。だが、やりたい事はよくわかった」


 俺が、姫様の言わんとしている事をまとめる。


「つまり、俺たちが魔王軍に扮して王国を襲い、王国に紛れている魔王軍を諸共に撃破すればいいんだな?」


「諸共にはまずいだろ……」


 満足気にうなずき合う、俺とレヴィアとクリストファ。そこに、ゼインのくたびれきったような突っ込みが響くのであった。

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