第91話 再会の女魔導師

「私はいい事を思いついたぞ」


「おっ、ろくでもなさそう」


 レヴィアが元気よく立ち上がったのである。

 きっと、腕力で解決する事態になるのだろうなあと思いながら、俺は彼女に付き合うことにする。

 先程、配給所のやり取りを見た後、レヴィアはスープなどをつまみ食いしてから考えていたようだ。

 恐らく、お湯がちょっとだけ冷めるくらいの時間を考え込んだであろうか。

 そう、ほとんど考える時間を使っていない。

 つまり、この姫騎士はいつもどおりの事をするに違いないのだ。


「どうせ魔物をぶっ飛ばすんでしょう」


「なにっ。どうして分かったんだウェスカー! そなたはやはり私の理解者なのだな」


「よし、そういう事にしておきましょう!!」


 俺は爽やかに告げた。

 満足気にレヴィアも頷く。

 そうそう、こういうコミニュケーションでいいのだ。


「じゃあ、まずは目についた魔物からぶっ飛ばしていきますか」


「名案だな」


 レヴィアがやる気である。

 オエスツー王国では、何か大きな陰謀が蠢いている気配がする。

 だが、陰謀である以上、俺たちにはよく分からんので、とりあえず平常運転で行動をする。

 姫様の平常運転……つまり、魔王軍退治であろう。


「しかし剣を放り投げたのはしまったな。魔剣をダメにしてしまった」


「俺が言ったじゃないですか」


「そうだったな」


 レヴィアは済まなかったな、と笑いながら、その辺りの瓦礫を拾い上げる。

 この即席鈍器でやる気である。


「拳が使えないというのは不便なものだな」


「せめて剣を奪うとか、そういう発想はないんですか。ないですね」


 確認する必要すらない。

 なんとなく、この人はこういう考えなんだろうと理解できるようになっていた。

 まずはどこに行こうかという話になり、俺は考え込む。

 さて、人……ならぬ魔物が集まりそうなところと言えばどこだろう。

 残念ながら、俺は人が集まりそうなところと縁がある人生を送ってはいない。

 そのために今ひとつピンとこないのである。


「姫様はどうですか。思いつきます?」


「私もさっぱりだ。城なら、舞踏会で集まるのだろうが」


「まさか、この瓦礫になった城で舞踏会もないでしょうしねえ。人が集まったというと、この間の姫様の結婚式」


「あれは結婚式ではない。ノーカウントだ」


 何やらレヴィア、むきになって否定してきた。

 どうしたというのか。だが、俺としてもそれは否定しておいていいという気になった。


「では魔将の陰謀により王国が根底から揺るがされた闇の集まりの時」


「それだ!!」


 大変嬉しそうに承認してきたので、今後、あの事件は『魔将の陰謀により王国が根底から揺るがされた闇の集まりの時』、略して例の事件ということになった。


「よし、それじゃあ俺と空から探しますか」


「そうだな。街の全体を見ることができれば、魔物を探すことも容易いだろう」


 俺は再び背中にレヴィアを乗せ、飛び上がったのである。

 だが、それなりに上空までたどりつくと、どうも調子が悪い。

 空を飛んではいられるのだが、いつもの倍くらいの魔力を使わないと魔法が発動していないような。


「おかしいですねこれは」


「うむ、そう言えば私も、あの魔物を殴った時に余計に力を使ったような気がする」


「やはりこれは、俺たちの体がこっちの生き物に触れられないということは、おかしくなってるんじゃないですかね。この状態で暴れると、ちょいちょい危険かもしれません」


「確かにそうだな……。では一体一体闇討ちしていくことにしよう」


「いいですな!」


 何か重要な問題提起をしたような気がしたのだが、結論は脳筋な結果に終わった。

 俺もあまり疑問を持たず、賛同する。


「姫様、あそこを偉そうな魔物が通るようですな」


「よし、奴にしよう」


 俺たちは適当に目星をつけた魔物を追跡することにする。

 それは、一見して人間の女のようにも見える魔物だった。背中から翼が生えており、ぐるりと首筋を囲むように傷跡がある。

 肌の白い女に見えるが、今はお供の魔物を連れて、街の中央を歩いて行く。

 俺とレヴィアは、堂々と彼女の後を置い始めた。


「姫様」


「なんだ」


「あの魔物、見たことある気がするんですよね」


「そうか。似た魔物もいるだろうからな。どちらにせよ滅ぼしてしまえば変わらない」


「姫様と戦っていた気がするんですけどね」


「そうか。……そう……か……?」


 姫騎士が首を傾げた。

 この人は日を追うごとにポンコツになっていっていないか。

 もしや、彼女の考える部分を俺が担当するようになってきているのだろうか。

 それは困る。

 俺だって物を考えていないのだ。


「姫様はもっと頭を使うべきですな」


「そうか……」


 レヴィアは神妙に頷いた。


「さっきから後ろでおかしな話をしてるのは誰?」


 女の魔物が振り返った。

 咄嗟に俺は、彼女のお付きの魔物の後ろに並び、レヴィアを引き寄せて自分の影に隠す。

 そして、ごく真面目な顔をして魔物のふりをした。


「…………気のせい……?」


 女の魔物は眉を寄せながら呟くと、また前を向いた。


「あー、思い出した。姫様がやっつけた魔物の女魔導師だ」


 魔法合戦で、レヴィアが相対した女魔導師である。

 ゴーレムや骸骨兵士を操り、魔法まで使ったが、レヴィア姫の放つ猛烈なゴリラパワーの前に敗れ去った。

 彼女が最期に使った魔法で、俺とレヴィアは闇の世界へ送り込まれてしまった、

 そこでメリッサと出会ったのだから、結果オーライだが。

 いやいや、それよりも。


「姫様、あいつ、俺たちの声が聴こえるようですよ。もしかすると見えるかも」


「む、そ、そうか」


「あっ、まだ掴まえたままだった」


 レヴィアを背中に押し付けるようにしていたことに気づき、手を離す。

 何故かちょっと顔を赤くしながら、姫騎士がまた横に並んだ。


「ではなおさら、あの魔物を放置してはおけんな。姿が見えないはずの私たちが見えるということは、シュテルンと同格ということではないか」


「まさにそうですよ。それに後をつけていくと、シュテルンにもまた会えるかもしれません」


「よし、では静かに追いかけるぞ。ウェスカー、私が我慢できなくなったなら、止めてくれよ……!」


「できるだけ努力して欲しいもんですね!」


 ということで、俺たちは周囲に身を隠しながら、この女魔導師を追跡することにしたのである。

 時折、気配を感じるらしく彼女は振り返る。

 その度にスッと物陰に隠れるのだ。

 これを三回繰り返すと、レヴィアに限界が来て、瓦礫を握りしめて近くの魔物を撲殺しようとする。これを上手く背後から羽交い締めにするのである。

 すると、レヴィアがちょっと大人しくなる。

 俺もちょっと気分が良くなる。

 何だ、何なのだこれは。


 このような状況を繰り返しながら、俺たちは女魔導師たちを追いかけた。

 彼女たちはオエスツーの王都を抜けると、途中から馬車というか、馬のような魔物に引かれた巨大な車に乗り込む。

 俺たちも当然のような顔をして、その後ろ側に掴まった。


「ソファゴーレムがいれば楽だったんですけどね」


「それでは気づかれてしまうだろう。今はこやつらの行き先を知らねばならないのだ」


 おや?

 何度か羽交い締めにして止めてから、レヴィアの様子がおかしい。

 非常に理性的なのである。

 これはまるで、出会った頃の彼女だ。

 そう言えば、最初に出会ったレヴィアはもっと物を考えていた気がするな。


「どうしたウェスカー。不思議なものでも見るような目をして」


「不思議なものを見ています」


「そうか。不思議なもの……?」


 この辺、突っ込んでこないのが姫様だな。

 車はなかなか素晴らしい勢いで走る。

 途中、荷物を運んでいた商人たちの車をひっくり返した。


「人間は隅を走れ! いいか、オエスツーは俺たち魔物の国になったんだ!」


 御者をしている魔物がそう叫んで、商人に向かって唾を吐きかける。

 そうそう。

 この、オエスツー王国の跡に魔物を入植させたという、ユーティリットの官僚についても調べなければいけない。

 そこら辺は難しそうだから、後でうちの仲間たちに合流して頼むか、それともいつも通り力押しで突破するか。


「あの御者は真っ先にこの手で滅ぼす」


「あっ、姫様あんまり力を込めると車が壊れる」


 時すでに遅し。

 車の後ろ側に大きな亀裂が入ってしまった。


「あっ、なんか変な音がしたと思ったら。イヴァリア様、この馬車壊れかかってますぜ」


「なんですって!? では、ほこらに到着した後に修理なさい」


「へい。応急処置ですけど」


 姫騎士がぶっ壊したところをみて、一つ目の魔物が頭をポリポリ掻く。

 そいつ目掛けて、レヴィアが何発か拳を叩き込んでいる。

 すり抜ける状態でなければ、あの魔物は三回くらい死んでいるな。

 ところで、あの女魔導師はイヴァリアというのか。

 

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