第92話 先代神懸りと世界の裏側

「しかしイヴァリア様。何を急いでおいでなんです?」


「魔博士オペルク様が発見されたのだけれど、勇者どもが世界のピースを取り戻すたびに、この世界はツギハギ状になっていっているということだそうよ。そして、世界を繋ぎ止めるためにか、今まで存在しなかったほこらが出現しているそうなの。このほこらは幾つもあって、ちょうどこのリナック湖にも出現が確認されたの」


「なんと、そんなもんがですか!?」


「オペルク様は、まるで縫い目のようだ、と仰っていたのだけれど……。直接魔王さまにお尋ねになるそうよ」


 何か気になる話をしているではないか。

 それに、さっきほこらと言ったな。

 俺たちがこんな状態になっているのは、あのほこらのせいなのだ。

 いや、正確にはレヴィア姫の平常運転が原因でもあるのだが。

 もう少しよく聞きたいなーと思い、俺はスッと身を乗り出した。隣ではレヴィアも、興味深そうに顔を出している。

 そんな俺たちの目が、ふと振り返った女魔導師と合った。


「…………」


「ふむ」


「おっ」


「…………!?」


 女魔導師イヴァリアの目が見開かれる。

 気づかれてしまったようだぞ。


「お……お前たちはあああああっ!!」


 立ち上がり、いきなり詠唱を始めるイヴァリア。


「“魔王よ! 我が手に破壊の炎を”……!!」


「うわーっ、イヴァリア様落ち着いてください!? なんでいきなり!」


 一つ目の魔物を掠めて、俺たち目掛けて魔法が放たれる。

 これを、俺とレヴィアは首を引っ込めて回避する。


「お前たちには見えないのか!? ええい、そこに確かにいるでしょう!  勇者と魔導師が!!」


 いきり立って暴れだす女魔導師。

 これはいかん。

 俺はレヴィアの手を取り、告げた。


「ここは脱出しましょう。なんかほこらが湖の中に出現したらしいですし」


「むっ、魔王軍の幹部を目の前にして逃げるのは気が引けるが……ええい!」


 行き掛けの駄賃とばかりに、レヴィアは渾身の拳を車の亀裂に叩き込む。

 メリメリと音を立てて、車が割れていく。


「うわーっ、馬車がー!!」


「逃げる! あいつらが逃げてしまうーっ!」


「イヴァリア様落ち着いてー!!」


 かくして、レヴィアの手を取って大脱出なのである。

 俺は足裏から蒸気を放ちながら上空目掛けて飛翔する。

 女魔導師イヴァリアの追跡を警戒して、ぴゅーっと高いところを飛んだら、何やら調子がおかしくなったのである。

 俺の指先がスーッと薄くなり、飛行がガタガタ揺れて安定しない。


「うわっ! ウェスカー! そなた、今一瞬スカッとしたぞ! まるで一瞬消えてなくなったみたいになった!」


「奇遇ですな! 俺もなんか消えかけてる気がしました。これはいけませんな」


 ということで、俺たちは空を飛ぶのを止めて、地上に降りることに。

 イヴァリアに見つかってはいけないので、リナック湖のほとりに着地したのだった。


「小舟なんかを見つけて、湖の中にあるっていうほこらに行きましょう」


「うむ……。しかし、そなた大丈夫か? 本当に大丈夫なのか?」


「姫様あちこちさわさわしないで下さ……わはは、そ、そこはぶはははは、くすぐった、ギエーッ」


 あちこち触られた挙句、強烈なベアハッグを食らった。

 普通に文字通り昇天するところであった。

 魔物を絞め殺す勢いで抱きしめないでいただきたい。

 さて、俺はレヴィアをくっつけたまま、小舟を探す。


「ありませんな」


「全て沈められたのだろうな。オエスツー王国は、魔王軍によって滅ぼされ久しい」


 久しいって言っても、俺がレヴィアと一緒にユーティリット王国の都に来るまでは無事だったっぽいから、せいぜい数ヶ月前であろう。

 だが、数ヶ月も小舟を無事なままで放置する訳がない。


「じゃあ、それっぽいもので代用しましょうか」


「そうだな。……よし、この木でどうだ」


「ウゴーッ」


「おっ、懐かしい。姫様、こいつメリッサと出会った時の人食い樹ですよ」


「おお、なつかしいなあ」


「ウゴゴーッ……ウグワーッ」


 俺と談笑しながら、レヴィアが人喰い樹を握りしめた石で殴り飛ばした。

 その後、二人がかりで石で魔物を叩く。


「ウグワーッ」


 大人しくなった。

 こいつを船にしよう。

 ちょうど、人喰い樹のうろの辺りに人が入れるスペースがある。

 人喰い樹の顔の部分をこうして切り取って。


「ウ、ウグワーッ!?」


 おお、丸太の船になるではないか。

 すっかり動かなくなった人喰い樹に、俺たちは触れるようになった。

 うむ、魔物ではなくて完全に丸太になったらしい。

 俺たちはこの丸太船に乗り込み、枝で作った櫂で湖を漕いでいくことにする。

 魔法を使うと、さっきのように俺の存在が薄くなったりするようなので、おいそれとは使えないのだ。

 いや、今までバリバリ使ってたんだけど。


「多分、魔法は外なる魔力マナを使いづらくなってるのかもしれませんねえ。俺たち、今は実体がないみたいな感じで、それで内なる魔力オドを消費しきっちゃうと消えるとか」


「ありうるな。ではウェスカー魔法禁止!!」


「あっ、俺の唯一のアイデンティティが禁止されましたよ今」


「そなたが消えたらどうする? 私は唯一の理解者を失うぞ。この私の責任を取れるのか?」


「そう言われると弱いですな。俺も友達は増えましたけど、女性でこんなにウマが合う人はいませんからねえ」


「うむ。む……むむむむ……!?」


「およ、よよよよ……!?」


 それほど進まないうちに、丸太船は例の島にたどり着いていた。

 明らかに、岸辺からは確認できなかったのだが、途中でいきなり背後の岸が見えなくなり、すぐさま目の前にほこらの島があったのだ。


「今、引き寄せられたような気がしたな」


「そうですねえ。明らかに丸太船の動きがおかしかったですな」


 船をここで乗り捨てる俺たちである。

 丸太船は俺たちが降りると、何かの力が働き始め、ぷかぷかと浮かびながら遠ざかっていってしまう。

 ほとんど波もないのになあ。

 さて、島に視線を戻す。

 すると、中央には見覚えのあるほこら。

 ちょうど俺たちがオエスツー王国まで飛ばされる原因になった、あのほこらと同じ形をしている。


「明らかに同じ形をしてますよね。これも遠くへ飛ばされる井戸みたいなのがあったりして」


「ああ。あの場所に戻れるかもしれないな」


「さらにわけの分からない所に飛ばされるかもしれませんよ。……あ、姫様丸腰だから大丈夫か」


「ウェスカー。いくら私でも、何度も光の渦を破壊するほど暴力的ではないぞ」


「なるほど」


 そういう事にしておこう。

 そして、最初のほこらであんな騒ぎを起こした割に、率先してまたほこらに入っていくレヴィア姫。

 とにかくめげない人なのだ。

 そうでなければ、平和ボケした人々の間でずっと魔王軍の脅威を訴え続けるなんてことはできない。


「待って下さい姫様。ここは一緒に行ったほうがですね」


 俺はちょっと駆け足になって、レヴィアの後に続いた。

 すると、ほこらの入り口を少し入った所で何かにぶつかった。


「きゃっ」


 可愛らしい声が聴こえる。

 これは姫様……な訳はないな。うちの姫様はもっとこう、常に腹の底から声を出している人だ。


「ウェスカーの声ではないな……」


 レヴィア姫は同じ事を考えてたな。

 二人で互いを見た後、視線をほこらの奥へ。

 そこには、見覚えがある白いローブを着た小柄な影がぶっ倒れていた。


「あの服装は、クリストファのものに似ているな」


「ああ、そうだ。クリストファはなんかああいう格好してましたね」


 倒れている影に近づいていくと、彼女・・はガバッ起き上がった。


「ぷひー! び、びっくりしました!!」


 一見して、メリッサより少し年上くらいの、銀髪の女の子だ。

 どこかクリストファと雰囲気が似ている。


「待っていましたよ、ウェスカー。レヴィア。私はクリスティーナ。この次元のディメンジョン縫い目スティッチと一体となった、かつての神懸りです」


 クリストファと印象が近いはずだ。

 彼女は同じ神懸りだったのである。


「詳しく」


 俺が先の話を催促すると、彼女はごほん、と咳払いした。


「お二人は今、実体をなくしていますね? これについてお伝えしましょう」


 話しながらほこらの奥に向かって歩き出す。


「本来であれば、次元の縫い目は、繋がった魔力の糸を伝い、世界のあちこちに移動することができるものなのです。ほこらには神々の魔法がかかっているので、魔物には利用することができません。同じように、何の力もないただの人間にも使うことはできません。あなたたちのように、選ばれた者にしか使いこなすことはできない施設なのです」


「なるほど」


「選ばれた者か。選ばれた者だそうだぞウェスカー」


「姫様嬉しそう」


「神々は喧嘩をしてない時を見計らい、ちょこちょことこの世界を繋ぐ施設を作ってきました。あの方々、大体色恋沙汰とか下らない理由でいさかいばかり起こしているので、完成したばかりのほこらは皆、魔王が世界をバラバラに砕いた時、縫い目の隙間に飲み込まれてしまったのですけど……。あの人たち本当にいい加減にしてくれないかしら」


「愚痴になってきましたね」


「神々はそういう存在だったのか?」


「クリストファも似たようなこと言ってましたよ。痴話喧嘩してる隙をつかれて魔王に全員封印されたそうです」


「どうしようもないな」


「そして!」


 クリスティーナが振り返った。

 あれ、なんだか怒っている気配。


「こんなものを縫い目に放り込んで、めちゃくちゃにした人たちがいまあす!」


 彼女が取り出したのは、見覚えがある剣である。

 あれは姫様の魔剣ですなあ。


「しかも!! 前代未聞の強力な! 雷の波動ライトニングサージを込めて! 縫い目を一時的に機能不全に!!」


「むむう」


「これはいけない。姫様、ここは流石に謝った方が……」


「しかし私もびっくりしてだな」


「姫様、クリスティーナが泣きそうな顔してますよ」


「ご、ごめんなさい」


「二度としないで下さいね!! 戻すの本当に大変だったんですから!!」


 ここで特筆すべきは、うちの姫様が素直に頭を下げたことであろう。

 悪いことは悪いと分かって、ちゃんと謝れる。

 偉い。


「それに、あなたたちの存在が希薄になって、ちょっとしたことで消滅しそうになってたんですからね!」


「ヒエー」


 これには俺も驚いた。

 あのまま魔法を使い続けていたら消滅する所だったのか。

 それはいかん。


「ということで! お二人には元のほこらに帰っていただきます! 私もこうして表に出てくると、大変な力を使うから、しばらくほこらは使えなくなります。ですけど、あなたたち、こうして言わないと伝わらないですよね?」


「よく分かっている人だ」


「現在の神懸りと、私たち先代の神懸りは繋がっていますから、よーく存じ上げておりますとも。では、元の場所へお戻りなさい!」


 クリスティーナが不思議なポーズを取った。

 その全身から、光が溢れ出す。

 光は渦巻きながら、俺とレヴィアを飲み込んで行ったのである。

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