第十四章・四王国を覆う陰謀

第89話 悪巧みの王国

 光の中に巻き込まれた。


「うおー!? なんだこれ! 姫様ー! ひーめーさーまー!」


「わわわ、私はここだー!」


 俺たちの体は光の中で浮かび上がっており、地面なんかどこにもないのだ。


「だがこれは、俺の知っている感覚かもしれん。地に足がついてないのは得意だぞ!」


 生まれたときからある意味地に足がついていない俺である。

 この光の渦の中を、ふわりふわりと泳いでいく。

 さすがの姫様も、目が眩むような輝きの中をふわふわ泳ぐのは初体験らしい。

 不安げな顔をしながら、手をバタバタさせている。


「姫様、手をのばすんだー」


 俺はふわりふわりと平泳ぎ。

 光の渦の中を姫様に近づいて、彼女の手を取った。


「ウ、ウェスカー! だめだ! こういう意味がわからなくて、敵か味方か曖昧なのは私は苦手なんだ!!」


「あー、姫様、基本的にさっぱりした性格ですからねえ」


「は、離すなよ!? 絶対に離すなよ!? くっ、この光のぐるぐるしたものは敵なのか味方なのか!! ええい、諸共に吹き飛ばしてしまえば」


「あっ、姫様はやまるな!?」


 レヴィアが剣を引き抜き、渦目掛けて投げつけたのである。

 剣は稲妻を帯びて、真っ向から渦に突き刺さって爆散する。

 爆散した!?


「姫様、あれ魔剣魔剣! 爆散しましたけど」


「ええい、いいんだ! もうこういう訳がわからないのはイライラして……っ」


 そんな俺たちは、光の渦まで爆散に巻き込まれて消滅し、いきなり訳のわからないところに吹き飛ばされた形になる。

 一瞬虚空に浮遊した俺たちだが、その体がどこかへと引っ張られ始める。


「むっ、動いているぞ!!」


「さっきの光は、多分どこかへ俺たちを運ぼうとしてたんでしょうねえ。姫様が壊しちゃったからー」


「な、なんだと!? どうなってしまうんだ!」


「さっぱり分かりませんなあ……って痛い痛い痛い! 不安だからって全力で手を握らないでください!」


 俺とレヴィアは、手を繋いだままどこかへと吸い込まれていく。

 眩い光が一転して、周囲はぼんやりとした薄暗闇。

 それが、段々と白く染まっていく。


 どうやら宙に投げ出されたようである。

 俺は空中を泳いで姫様に接近し、彼女を小脇に抱えた。


「ちょっとしがみついてて下さい。着地するんで」


 空いた手のひらから魔法で蒸気を作り出し、地面に向かって降りていく。

 人を一人抱えている上、足は靴で覆われているから上記の噴射口は片手だけ。

 不安定にふらふらしながら降りようとし……。


「あ、やっぱダメか」


「なにいーっ!?」


 二人まとめて落っこちた。

 だが、俺たちはとても運が良かった。

 落ちたところは、ボロボロの木の屋根の上である。

 屋根は落下した衝撃を吸収できずに割れ、下に積んであった藁の上に、俺たちは落下したのだ。

 ドサドサドサッと音がして、猛烈な粉塵が上がる。


「むぎゅう」


 俺はレヴィアのクッション代わりになり、潰れたカエルみたいな声を上げた。

 幸い、今日の彼女は鎧を身に着けておらず、シャツにパンツ姿のみだ。


「姫様のお尻はこう、柔らかさと同時に筋肉の強靭性を感じますね」


「何を細かな論評をしているのだ、そなたは」


 大体マリエルに乗られた感触は、全体的に柔らかいのであった。


「まあまあ。行きましょうか姫様」


 レヴィアを乗せたまま立ち上がると、彼女はひょいっと跳んで、真横に着地した。


「ああ。落下している時に見たのだが、この辺りの地形は私にも覚えがあるのだ。恐らくここは……」


 目の前には空間が開けている。

 扉はない。壊れてしまっているようだ。

 外に出たら、一面に取り壊された家と、その廃材で作られた家の姿。


「ここは、オエスツー王国。幼いころに訪れたことがある。魔王軍によって滅ぼされてしまったはずだが、新しい住民の入植が始まっているのだろう」


「ああ、シュテルンが来たっていうとこですか」


 俺たちは、周囲を見回りながらぶらぶらと歩く。

 どうやら、海の向こうにあったほこらは、魔法の力で俺たちをここまで運んできてしまったようだった。

 いや、姫様が光の渦を破壊しなければ、もっと穏便に別の場所に到着していたのかもしれないが……。

 歩いていると、道の真中に馬車が止まっている。

 その中で、偉そうにふんぞり返った、高そうな服を着た男がお弁当を食べているではないか。

 白パンは二つに切って、間にハムとキュウリを挟んだものだ。

 俺はスッと手を伸ばしてハムを抜いて食べた。

 男は俺のやったことに気づかず、お弁当を食べ、「?」という顔をした。


「フフフ、美味いハムであった」


 俺は勝ち誇る。

 だが、男はこちらを無視して、見ようともしないのだ。


「おーい」


 俺は照を伸ばし、男の顔の前でサササッと振った。

 ……見えてない。


「姫様、なんか変ですよ」


「変? 何がだ」


「俺が今、このおっさんが食べてるお弁当からハムを抜いて食ったんですが」


「そんなことをしたのか」


「そんなことをしたんですけど、このおっさん、俺をずっと無視するんですよね」


「ほう……?」


 先行していたレヴィアが戻ってくる。

 そして男を見ると、顔をしかめた。


「こやつは王国の徴税役人だ。重要な役割をもった役人なのだが、今では官僚どもの手下でな」


 その顔は、この役人が嫌いだというよりは、彼の上に立っている官僚が嫌いだということだろうか。


「こいつめ」


 あっ!!

 謂れなき拳骨が役人を襲う!!

 だが、レヴィアが奮った暴虐の拳は、役人の頭を直撃すること無く、スカッとすり抜けてしまったのだ。


「おおっ!? なんだ、今のは……」


「すり抜けましたねえ」


「すり抜けたな……。だが、ウェスカー。そなた、ハムは食べられたのだろう?」


「美味しかったですよ。この役人、いいもの食べてますね」


「ということは、物には触れるが、生きている者には接触できないのだろう。このように」


 レヴィアが、どこから持ってきたのか木の板を掴み、これで役人を叩いた。


「ぐべえ」


 役人が叩きのめされた。


「おお、なるほど!」


 俺は感心。

 生身ではこちらに接触できないが、物を使えば影響を与えられると。

 しかし、どいういうことなんだろう。

 もしや、あれか。


「姫様があの光の渦をぶっ壊したので、俺たちはなんかおかしな事になったりしてるんじゃないですかね」


「わ、私は悪くないぞ!! 敵味方はっきりしないほうが悪いのだ」


「なるほど、じゃあ次からは俺が、敵なのか味方なのかを適当に伝えるようにします」


「適当はちょっと……」


 そういう事を言いながら、役人の馬車を後にする。

 どうやら御者がトイレにでも行っていたようで、腰の辺りの紐を直しながら戻ってくる。


「役人様、そろそろ出発を……ってなんでえ、寝てやがる。全く、こんな滅びた国までやってきて、魔物たちが入植する建物を建てるから、住民から特別税を取れとか無茶苦茶言って、自分はすやすやお昼寝かよ」


 ぶつくさいいながら、御者は扉を閉めた。

 そして馬車が走り出す。

 俺とレヴィア、顔を見合わせる。


「なんか今、凄いこと言ってませんでした?」


「ああ。魔物がオエスツー王国に住み着くだと? しかもユーティリット王国のお墨付きか?」


「追いますか」


「追うしかあるまい」


 そういうことになり、俺は道にしゃがみ込んだ。

 意図を察知した姫騎士が躊躇する。


「幾ら飛べるからと言って、この年齢でおんぶはちょっと……」


「大丈夫大丈夫、誰も見てませんから」


「そなたが見てるだろう」


「背中に顔は向きませんから大丈夫」


「そ、そうか」


 俺に押し切られたレヴィアが、背中に乗ってきた。

 ふむ、この背中の感触よ。

 飛べるって本当に素晴らしい。

 俺は靴を脱ぎ捨てると、紐を腰に結わえてぶら下げた。

 そして、足裏から蒸気を放ちながら飛び上がる。

 近くを通りかかったおばさんが、蒸気に当てられて「あれえー」とか言いながら尻もちをついた。


「ごめんなおばさん! それじゃあ行きますよ姫様、しっかり、こう、しっかりとぎゅーっとしがみついて!」


「別にそこまでしがみつかなくても問題ないのだが……?」


 何をう?

 では加速するしかあるまい。

 俺はレヴィアを乗せて、猛烈な勢いで蒸気を噴射する。


「うおおおお!?」


 慌ててレヴィアがしがみついてくる。

 よし!

 よしよしよしっ!!

 俺はガッツポーズを取りながら、背中の感触を堪能した。

 堪能したがゆえに、馬車を遥かに超えるほどまで速度を上げていることに気づかなかった。

 つまり、馬車に後ろから突撃である。

 ズドーンッと行った。


「ぐわーっ」


「ぎゃーっ、ば、馬車の天井が壊れたー!!」


 俺と御者の悲鳴がシンクロする。

 向こうからは俺たちの姿が見えないから、いきなり馬車の天井が吹き飛んだように見えるのだろう。


「ウェスカー、そなた大丈夫か? あ、いや大丈夫か」


「俺が答える前に結論を出しましたね?」


 仕方がないので、馬車の縁に降り立つ俺である。

 眼下では、天井がなくなった馬車の座席で、意識を取り戻した役人がいる。

 彼は狼狽しながら、「ひいーっ!? なんだ、何が起こっているんだー!? だからこんな魔物の地になぞ来たくなかったのだあ!」などと喚いていた。

 ともかく、これで馬車には取り付いたわけなので、急ぐ必要もなくなった。


「ウェスカー、そろそろ私を降ろせ! ええい、降ろせ降ろせ!」


「うわーっ、ポカポカ叩かないでください」


「ば、馬車が揺れる!! 何かが馬車を揺らしておるのか!? ひいーっ!!」


「お役人様落ち着いて! 馬が、馬が怯えますうーっ!!」


 かくして、大騒ぎしながらオエスツー王国跡を、俺たちは疾走するのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る