第88話 見つけたり、謎のほこら
珊瑚礁の島を旅立った俺たちだったのだが、そこから少しのところに奇妙なものを発見したのである。
「あれはなんだろう」
今は操縦室にいる俺である。
久々に舵輪を握りつつ、横にはテーブルを置いて、油菓子などをパクパクやりつつ操舵している。
「なんだ、どうしたのだ? ……あれはなんだ」
窓際で潮風を楽しんでいたレヴィアだったが、彼女も俺の見たものに気づいたようだ。
俺の油菓子を一つパクリと食べて、窓から身を乗り出した。
「あっ、姫様が俺のお菓子を」
「ははは、たまにはいいだろう。しかし、あれは……島に見えるな。まるで、杭のような石に囲まれた島だ」
「なんですかね? 海の世界にあんなんありました?」
「見なかったと思うな。だが、私たちは逆方向で魔将と戦っていただろう。だからあれには気付かなかったのだろうな」
「そういうこともあるでしょうかね。あっ、姫様また俺の菓子を!!」
「美味いな、これは」
そう言って、むしゃむしゃと油菓子を食う彼女なのだった。
「上陸しよう」
レヴィア姫の言葉は、提案というよりは決定事項である。
よっぽど無茶じゃなければみんな止めないし。
あっ、無茶苦茶でも止めないな!
「いいですな!」
俺は賛成した。
まあ大体常に賛成している。判断基準が外にあるので、大変楽だな。
「じゃあ、船担当と見に行く担当で分かれたほうがいいんじゃないか?」
「私が操舵を担当しましょう」
「では、ゼインとクリストファが残ると」
「海のことですから、わたくしは同行いたしましょう。久しぶりに足をもとに戻して泳いでみたいんです」
「はーい! 私は一緒に行くね!」
「フャン」『キュー』「ぶいー」
「おっと、チョキは残れよ」
「ぶい!? ぶ、ぶ、ぶいー!」
小オークチョキは、ゼインに襟首を摘まれて確保されてしまった。
この直立する子豚、最近はハブーの工場で作ってもらった作業着を着ているのである。
「もうすぐ、チョキは操舵を覚えられますからね。ある程度できることが多いメンバーがいた方がいいんですよ」
「チョキ、頑張ってね!」
「ぶ!? ぶいー!」
メリッサの声援を受けたチョキ、ぐっとファイティングポーズをしてみせる。
「おっ、やる気だな!」
俺も対抗意識を燃え上がらせて、ファイティングポーズを返した。
チョキと俺、互いにこれからの健闘を称え合う。
なんか、これでしばらくお別れってわけでもないのに縁起でもないな!
「またウェスカーさんが、何か良からぬことをしている気がするなあ……」
メリッサのジト目を受けつつ、行動開始なのである。
「見知らぬ島か……。なんか見た目もおかしいしさ、気をつけて行けよウェスカー」
「おう、行ってくるー。お弁当ありがとうなー」
アナベルから包みを受け取った俺。
しおらしい彼女に礼を言うのである。
弁当の匂いを嗅ぐと、実に良い焼けた肉の匂いがする。
よし、茹でてないな!
「じゃあ、行きますか!」
「よし、船を出せ!」
俺たちを乗せた小舟が出発する。
真ん中にメリッサとお供二匹。ボンゴレは水を嫌がっているのだが、前回の海の世界では、自分が同行しなかったせいでメリッサを危険な目に遭わせてしまったと自省していたようである。
ということで、赤猫、苦手を押しての参加。パンジャはいつもどおり、何を考えてるのか分からない。
真横にはマリエル。
人魚の姿になりながら、小舟と並びながら泳いでいる。
漕ぐのは後ろで、俺。
漕ぐというか、水中に手を突っ込んで、水作成で作り出した水で船を押していく作戦である。
先頭では、レヴィアが舳先に足をかけながら身を乗り出している。
「明らかに姫様が視界の邪魔なんですけど、まあいいか」
「ああ。いざとなれば私があの杭を破壊してやるからな! ぶつかる心配はしなくていい」
「おっ! ぶつからないように指示を出すという発想がないあたり流石ですな」
「ふふふ、そうおだてるな」
「姫様! 褒めてない、褒めてないですからね!?」
小舟はレヴィアの宣言通り、真っ向から杭に囲まれた島に突っ込んでいく。
なかなかの速度だ。
どれだけ速いかというと、蒸気船ハブーより速い。
馬よりは遅い程度だ。
「ああああああぶつかるううううう!!」
メリッサの悲鳴が響き渡り、「フャン!?」と大型化したボンゴレが、慌てて主人を助けようとのしかかる。
「ムギュー」
おっ、メリッサが静かになった。
大きくなったボンゴレに弾き飛ばされて、パンジャが外に落ちた。
これをマリエルがひょいっと拾う。
「パンジャさん乗るところなくなってしまいましたね」
『キュー』
マリエルの肩の上に乗っかり、まんざらでも無さそうな青い球体。
「う、浮気者ぉ」
ボンゴレにのしかかられながら、メリッサが呻いた。
「それ、杭に突っ込むぞ。……ふむ、思っていたよりも大きいな。まあ問題あるまい」
レヴィアが腕まくりする。
あの詠唱が来るぞ。
「“告げる! 滾れ血潮! 奮えよ筋肉! 風と火と水、そして土の力……!”」
腕まくりされたレヴィアの腕が鋼の光沢を帯びる。あれは新しい魔法だぞ!
「“元素変換、
雄々しい叫びが響き、レヴィアの拳が杭を打つ。
馬鹿でかい杭が、一瞬悲鳴みたいな音を上げたと思ったら、そのまま海底からすっぽ抜け、ひしゃげながら吹き飛んでいった。
この打撃音のうるさいことうるさいこと。
「フャン!?」
ボンゴレが前足で耳を押さえた。
突っ張っていた前足がなくなるので、メリッサは完全にアーマーレオパルドの毛皮に埋もれてしまった。
ムギューとも聞こえてこないな。
そして、船は俺が作り出した勢いのままに突っ走る。
杭が抜けた隙間を穿ち、その奥にある島へと一直線。
最後は砂浜にドーンと乗り上げて、「うわーっ」先端にいたレヴィアを島の奥までふっ飛ばしたのである。
「固定もしないで身を乗り出してるんだものなあ」
「あらあら。姫様ったらまた一番乗りなんですねえ」
ニコニコしながらマリエルも上陸してきた。
下半身がすぐに人間の足に変化し、どこからか巻きスカートを取り出して手早く身につける。
「っていうか姫様大丈夫……?」
「あの人ほど頑丈な人間はなかなかいないからな。大丈夫だろう」
俺が断言すると、メリッサとマリエルがじっと俺を見た。
「なんで俺を見るの」
「いや、ねえ。ウェスカーさんが言うなっていうか……」
「ウェスカーさんが仰ると……ねえ」
俺が姫様以上に頑丈だとでも言うのだろうか。
まさか。
俺は後ろでみんなを支援する魔導師だぞ。
案の定というか何というか、砂浜に頭から突っ込んで足だけが生えていたので、太ももの辺りを抱えて引っこ抜くのである。
「姫様無事だと思いますけど無事ですかね」
「無事だ。無事ではあるが何だその尋ね方は。私がやたらと頑丈なように取られては困る」
「ええー」
自分のことは自分がよく分からないものなのだなあ。
「だが助かったぞウェスカー。ありがとう。掘り出してもらった直後だが、早速島の奥へ行ってみようではないか」
髪からばらばらと砂の粒を落としながら、全く動じていないレヴィア。
追いついたメリッサとマリエルが、彼女の頭や体についた砂をせっせと払い落とす。
その状況で、堂々と前に進んでいく辺り、王女の風格を感じる気が、しないでもない。
そして、奥へ行くと言っても、さほど歩く必要はなかった。
何故なら、俺たちよりも頭二つ、三つ高い程度の木々の間に、それはあったからだ。
「ほこら、ですね」
マリエルが感想を述べた。
全て石造りの、古びた建物。
あちこち風化して、苔むしてはいるが、辛うじてどこも崩れてはいない。
「入るのはちょっと待っていてくださいね。“告げる。魔力の兆しよ、我が目に映れ。
マリエルが詠唱すると、彼女の目がぼんやりと紫色に輝く。
エナジーボルトと同じ色の光だが、もっと優しい光である。あれは眩しくなさそう。
「中に魔力を感じます。動くものではありませんが、これは元素魔法の魔力ではありませんね」
「そうか。どれどれ」
「あっ、姫様が先に行ったぞ!!」
話を聞かないレヴィアである。
マリエルの説明をちょっと聞いた時点で合点して、先に行ってしまった。
「姫様は常に手綱がない暴れ馬のようだなあ」
「うん、私もそう思う。ウェスカーさんがいないと誰もあの人を止められないよ」
「そう?」
かくして、彼女の後を追う俺たち。
ほこらの入り口は、この中で一番背が高い俺よりも、なお高い。
だが、手を一杯に伸ばせるほどの高さではない。
中に入ってしまうと、もう少し天井は高い位置にあって、ところどころ崩れて蔦が生えていた。
で、カビ臭い。
「姫様ー」
鼻を摘みながら呼ぶと、「こっちだー」と返事があった。
どんどん奥に行ってしまっているらしい。
部屋の作りは、ぐるりと廻る廊下のようになっていて、突き当りを曲がり、また突き当りを曲がり……と進むと、レヴィアの後ろ姿が見えた。
ちょうどそこが行き止まり。
彼女は何かを前にして、首をひねりながら思案している。
「何か面白いものありました?」
「うーむ、これなんだが、何に見える?」
「何に見えるって」
指し示されたものは、どう見ても、蓋がされた井戸だ。
「蓋付き井戸ですねえ。というか、俺は姫様が衝動任せにこいつを開けなかったことに、今心底驚いてるんですが」
「そなた、私を何だと思っているんだ」
そう言えば、幻の幻獣ゴリラも、思慮深くて力持ちだったと記述があった気がする。
彼女がゴリラに近い姫騎士なら、徐々にゴリラのような思慮を覚えていっても不思議はないではないか。
ここはレヴィアの精神的成長を祝おうではないか。
「偉いですよ姫様」
「素直に喜べない褒められ方だな……。まあいい。私はこれを開けようと思う。そして何かが起きたとしても、ウェスカーがいれば対処できるだろう?」
「できるかもしれません」
「では開けるぞ」
メリッサとお供、マリエルの到着を待たず、俺達は井戸の蓋に手を掛けた。
これがまた、石で作られた分厚い蓋なのだ。
持ち上げたりずらすだけでも、かなりの力を必要とする。
「ほいさー!」
「ぬぅん!!」
ともに掛け声を上げながら、肩を押し付けて蓋を持ち上げていく。
すると、石の蓋の下から、突如として眩い光が溢れ出したのだ。
「こ、これは何だ……!?」
「うおー! 姫様、びっくりして力緩めないで下さい! 俺に蓋の全重量が!! か弱い魔導師の俺に!!」
「そなたがか弱いだと!? バカな事を言うな! 魔物や魔将と前線で一対一で戦う魔導師がか弱いわけがあるか!」
「それを言うなら姫様だって、やんごとない立場のくせに最前線へ突っ走っていって毎回怪我してるじゃないですか? 年頃の女性としていかがなものか」
「まさかウェスカーの口からそんな言葉を聞くとは……」
「お二人とも!! 何をいちゃいちゃしてるんですか!? そんな状況ではなく、その部屋から膨大な魔力が溢れ出し……!」
マリエルの切羽詰まった声を聞いた瞬間、俺の視界は井戸から放たれて凄まじい光に満たされ、何も分からなくなった。
どこか遠くへ飛ばされていくような、そんな不思議な感覚なのであった。
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