第87話 珊瑚の島とオオヤドカリ
いよいよ、珊瑚礁の島に上陸である。
蒸気船ハブーではあまりにも大きすぎるため、ここは船の内部に収納されていることが判明した小舟を使い、必要最小限の人員で上陸することにする。
船長たちは元の船に乗り込み、ハブー内部から海に出る。
「やっぱ、その船みたいな底をしてねえとこの辺りには進入ができねえな。何事も、その形をしているってことには理由があるもんだ」
俺たち一行が乗り込んだ船の、櫂を預かるのがゼイン。
併走する珊瑚の島の帆船を見ながら、うんうんと頷いている。
ちなみに、船にはアナベルは乗っていない。
兄であるアンドリューの方針で、安全が確認されていない島には下ろさないのだとか。
まあ正解じゃないだろうか。
ハブーからやってきた使節団みたいなのも、がっしりした労働者のおっさんや若者ばかりだし。
「ウェスカー、併走しているあの大きな貝は、確か海で戦った魔物だと思ったが」
「あれは改心したみたいですよ。そのうち姫様もあの貝殻に乗せてくれるんじゃないかと思いますけど」
「貝殻に乗れるのか!?」
「あー、ウェスカーさん余計なことを言うから、少年の心を持った姫様がその気になっちゃった」
「そういうメリッサも乗りたいのではないか」
「す……少しだけ」
「ぶいぶいー」
メリッサの告白に、隣でちょこんと座っていた子オークのチョキが賑やかに同意した。
こいつはメリッサが連れている魔物三人組の中でも、一番人間くさい。
飯を食うし、酒はちょっと飲んで酔っぱらって寝るし、なんと上手にトイレまで使うのだ。
頭も悪くないようで、メリッサの許しを得て、クリストファの後ろをついて回っている。
「チョキは最近、踏み台を用意してあげれば操舵ができるようになったのですよ」
「マジか」
驚愕すべき報告をクリストファから受けて、オークなる魔物の可能性を感じる俺なのである。
「チョキ、今度は俺がお前に魔法を教えてやろう……」
「うーん、ウェスカーさんの魔法は完全に感覚のみで行使していますから、他人が真似をするのは無理だと思いますけれど……。教えるなら、わたくしがいいでしょう」
マリエルが手を上げた。
何やら、俺たちみんなでチョキを英才教育する話になっている。
「だが、オークは肉体的には脆弱なのがちょっとな」
「姫様と比較したら、大体の魔物が脆弱になるんじゃないですかね」
メリッサの突っ込みが容赦ない。
『ほんにお前ら、賑やかじゃのう』
カタツムリみたいに目を伸ばして、ハーミットがしみじみと言う。
どんどん進む船と、速度を合わせて巨大な貝が移動する様は圧巻だ。
やがて珊瑚の島に到着すると、出迎えの人々がわいわいと現れた。
おや?
前に見たときは、島の中にある森に家が作られていた。
今は島から桟橋が延びて、その先に海に浮かんだ家が幾つも作られている。
「ようこそ! 伝書鳥で船長からの連絡は受けておりますよ!」
代表らしき人は、以前出会った長老ではなく、もっと若いおじさんである。
どうやら代替わりして、あの長老が亡くなり、今は孫にあたる彼が島の代表をしているのだとか。
彼らは、ハーミットを見ても驚かない。
それどころか、子供たちが駆け寄り、ハーミットの貝殻によじ登って行くではないか。
「ハーミットとは仲がいいの?」
「ええ。彼はこの世界が魔将から解放されてしばらくした時に現れ、仲良くなりました。我々が彼の甲羅を掃除するかわりに、彼は海の底の珍しい魚を捕ってきてくれるのです」
「なるほどー。魔物と人間が共存してる」
「ええ。かつて神々に従った動物は幻獣となり、魔王に従ったものが魔物となったと言われています。彼はすでに、魔物ではなく幻獣でしょう」
「では幻獣ゴリラは神々の獣だったのか」
「? ウェスカー、なぜ私を見ながら話をするのだ?」
「なんでもないです」
ここで、俺たちは珊瑚礁の島に対し、四王国がある場所へ招待する旨を告げるわけである。
彼らに遠洋航海ができる船を造ってもらわなければならないが、その技術はハブーからやってきた技術者が教えることになる。
さらに聞くことができたのは、この島の遠くにも世界が広がっているという話だ。
遠浅の海くらいまでしか航海できない、珊瑚礁の島の船。
彼らが遠くで、今までにはなかったはずの、山頂から煙を吹き出す山を見たというのだ。
だが、空が曇ってくると見えなくなってしまった。
それくらい遠くにある、と。
「なんか色々ありそうだなあ。とても興味を惹かれる」
「うむ、私も行ってみたい。ウェスカー、そなたが空を飛んで、私を乗せていけばすぐに行けてしまうのではないか?」
「行けるでしょうなあ。ですが積み込める食べ物が足りないのではないかと」
「むむむ」
新しい土地や出来事には、大体興味を示す姫様だ。
俺が出会った頃は、もっとしっかりしてた気がするんだが、段々子供っぽくなってきている気がするなあ。
まあそれはそれでいいのだ。
「いや、姫様が無邪気な様子を見せるのは、ウェスカーといる時だけですよ」
「そうなの?」
「そうだったか……?」
クリストファの言葉に、俺とレヴィア、並んで首を傾げる。
『おおい、話が済んだか? わしからもお前らに伝えたいことがある』
ハーミットからのお呼びがかかった。
俺、姫様、クリストファでそちらに向かってみる。
『来たか大魔導。わしが今、このように穏やかな気持ちでいられるのは、お前のおかげなのじゃ。わしは長い間生きてきたヤドカリじゃったが、このように大きくなり、知恵を得た。そこに現れたのが魔王なのじゃ。魔王はわしに新しい甲羅と、主である魔将を寄越した。わしはあの黒い煙を吐き出す甲羅を背負った瞬間から、こう、真っ黒な考えに頭を支配されるようになっての。魔物になってしまったのじゃろう』
「魔王に洗脳されていたのですわね。わたくしたち人魚の中にも、そうなってしまった者は出ましたから。ですが、わたくしが魔王の力を魔力で撥ねつけたことで、魔王はわたくしを危険と判断したのでしょう。ネプトゥルフを差し向けてきたというわけです」
今語られる、海の世界の真実である。
で、マリエルとネプトゥルフ、何度か戦ううちにお互いのことが分かってきて、それであの微妙な関係になっていったと。
最後は魔王に命令されたネプトゥルフが、不思議な魔道具でマリエルたち人魚を石に変えてしまったらしい。
マリエルは人魚族の秘術で魂だけを逃がし、記憶を失った人魚の魔法使いとして、珊瑚礁の島にいたのだ。
「そもそも、魔王ってなんなんだ?」
そこで俺が感じた疑問である。
魔王は何者で、何が目的で、どこからやって来たんだろうなあ。
「神々の一員ではなかったことは確かですね。単体ならば、神ですら打ち倒す力を持っているでしょう」
「私も魔王が一体何なのかは知らないな。残されていた文書にも記述はなかったし、予言を行えたおばあさまも、魔王が何者なのかは最後まで口にすることはなかった」
この世界ではかなり魔王関連に詳しそうな、レヴィアですら知らないのである。
魔王ってのは一体なんなのだろうなあ。
それは、おいおい解き明かしていかねばならぬところであろう。
今はとりあえず、珊瑚の島の大歓迎を受けてまったりすることこそが重要。
「ま、とにかく難しいことは忘れて飲みますか!」
「そうだな。考えるのは私の仕事ではないからな!」
レヴィアも潔いことを言いながら同意した。
あまり頭を使わな過ぎるのもどうかとは思うが、俺も人のことは言えないし、今までどうにかなっているのだから、これからもどうにかなるであろう。
俺たちはハーミットとともに、島で大いに飲んで食って楽しんだ。
基本、海の幸ばかりでてくるので、どれもこれも珍味で美味い。
俺はハブーの料理以外はどれでも美味しく食べられる自信があるが、島の料理は新鮮さがずば抜けている気がする。
美味い。ひたすら美味い。
その反面、酒は島の果実を使ったものしかなくて、甘くてちょっとドロリとしている。
果汁みたいなもんだなこれは。
『時に大魔導。わしの甲羅は、ほれ見ての通り、新たな貝を使っておってな。ここがこのように』
「あっ、開いた!」
『さよう。そしてわしはここにお前たちを乗せて水中を行くことができるようじゃ。最初はこの貝殻、なんでこんなものがついているのかと疑問じゃったが、お前たちに再会してから、これは神の思し召しじゃと思ってな』
ハーミットは俺たちに敗れた後、海底に口を開けた溝に落ち込んでいたらしい。
魔王が与えた貝殻も失い、さらには深い海の底に落ちて、そこで我に返ったそうだ。
『魔王や魔将の命令は、深く深く潜ってしまえば届かなくなるでな。何かあれば、わしの甲羅に入って深く潜れば安心じゃ』
「なるほど。なんか操られてる相手がいたら、ハーミットに頼めばなんとかなりそうだな。それに、海底を散歩できるのはいいなあ」
『一回ごとに、肉か魚をお前一人分の重さ寄越せば乗せてやろう』
「ええっ、代価を要求するのか!」
『当たり前じゃろうが!』
俺とハーミットのやりとりが面白かったのか、何やらこの場にいた人々が、どっと笑いに沸く。
大変平和な状態である。
魔王軍もこの間顔を出したきり、何も動きがないから、きっと今は平和な状況なのであろう。
さて、次は煙を噴く山が見えたという、遠くの陸地を目指すか、それともハーミットに乗って海底に行くか……。
考えを巡らせる俺たちなのであった。
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