第84話 海原への第一歩
外で、ゴウゴウと大きな音がする。
蒸気船ハブーが動き出したと同時に鳴り出した音である。
「あれはなんだい」
「ああ。海を行くのに、橋の形をしていては色々非効率的だろう。ハブーは船の形に変形するんだ」
「変形というと」
「橋の両脇があるだろ? ここがなんと、反転して船の舳先になる」
「なるほどー」
なかなか凄まじい変化をしているようだ。
どれ、空を飛んで見に行ってみることにしよう。
「ウェスカーさん空から見るの? 私も行く!」
窓際から飛び立とうとした俺の背中に、メリッサが掴まってきた。
「あっ、この!」
今の声はアナベルのものである。
何やら悔しそうだ。
「……アナベルさんが行く?」
気遣いができる少女メリッサ、アナベルに話を振ってみる。
だが、負けん気の強い橋の街の少女は、強がることに決めたようだ。
「べっ、別にあたいは乗らなくてもいいよ! 上から街を眺めるんだろ? 兄貴がそのうち、飛べる機械だって作ってくれるし!」
「ハードルが猛烈に上げられた気がする」
「メリッサは乗るのか乗らないのかどっちなのだね」
業を煮やした俺が尋ねる。
すると、メリッサはチラチラとアナベルをみながら、「今日はやめておこうかなーなんて……」などと言うのだ。
では、アナベルを乗せるかなあと俺が思っていると、背後に何やらどっしりしたものが乗っかってきた。
「よしウェスカー! ならば私を乗せて飛べ!」
「あーっ! あなたはレヴィア姫様ーッ」
もうそろそろ、この人を背中に乗せるのは馴染んできた感がある。
背中ばかりでなく、腹の上やうお姫様抱っこといろいろやってきたが。
「す、素早い……!!」
アナベルが反応するよりも早く、俺に飛び乗ったようである。
かくして、俺は出発する。
手足から蒸気を発しながら、ブーンと空を飛翔するのだ。
「おおー! これは……城にいるときよりも風が気持ちいいな!」
姫様が俺にしがみついてくる。
この柔らかい感触、あなた鎧を脱いでいますな!?
「姫様、なかなか立派なものをお持ちで」
おっと、思考と口にする言葉が逆だった。
だが俺は男らしいので、その辺りを引っ込めたり訂正しない主義だ。
「ああ、鎧のことか? あんなものを着ていては、そなたが空を飛ぶ速度が落ちるだろう。ほら、見てみろウェスカー! 彼方にユーティリットの城が見えるぞ!」
ハブーの上空まで飛び上がった俺たち。
レヴィアが指差す方向には、険しい山々に囲まれたユーティリット王国の全景が見える。
山間からちょっと見えるのは、俺の故郷キーン村。
そこから街道が伸びて、王都がある。
随分小さく見えるな。
それに、思っていたよりも、国を囲んでいる山々が低く見える。
連なる山はどこまでも続き、多分、四王国を包み込むような形になっているはずだ。
そして、山の間に開かれた道から砂浜に続き、このハブーへと繋がっている。
「おっ、姫様、ハブーが動いてますよ。上から眺めながらついていきましょう」
今、舵輪を握っているのはクリストファだ。
俺はよくホイホイ遊びに行ってしまうので、魔力の管理やらが得意な彼に船長の代行をお願いしている。
船はゆっくりと進行方向を変え、エフエクスの島を回り込むような動きになっている。
上空から見ると、エフエクスも島じゃなくなってるんだよな。
その後ろに、広い広い地面が続くようになっている。
あそこに、オークや、まだ見たことがない魔物たちがいるのだ。
「それで、どこに行くつもりなのだ?」
「それはですね、海の世界で俺たちが会った、サンゴ礁の人たちに会いに行こうかなって」
「それはいいな! また、海の魔物を捕まえて食べるのも楽しみだ」
「あー。あそこの魔物は美味しかったですねえ」
しばらく、サンゴ礁の海域の魔物はどれが一番美味しかったかという談義で盛り上がる。
そんな事をしていると、すっかり四王国やエフエクスが遠くなってしまっていた。
向かう先には、なんにも見えないどこまでも広がる海。
広い。圧倒的に広い。
「どこまで続いているのだろうな。どうだウェスカー。とりあえず行けるところまで飛ぶというのは」
「えっ、絶対途中でお腹が減ったり、眠くなったりして落ちますよ。俺は忍耐力がないことには自信がある」
「そうか……。では今度、鍛えてやらねばな。力の方はついてきたようだし、もっと鍛えれば前衛で剣も振るえるぞ!」
「ほう、大魔導にあえて剣を握らせようと!」
その発想はなかったなー。
などと会話しつつも、戻っていく俺たちなのだった。
下に目線を向けてみると、ハブーの形が大きく変化しているのが分かる。
上に街を乗せたまま、橋だったものが両端を変形させて、確かに船の形になっている。
今、舳先部分から俺たちが飛び出した、操縦席がせり上がってきた。
こうやって、外からも出入りがしやすくなるみたいだ。
「ただいまー」
俺たちが帰ってくると、ちょうどみんなが料理の配達を頼んだところだったらしい。
美味しそうな匂いがする。
「なにっ、ハブーで美味しそうな料理だと!!」
俺はここ最近で一番驚いた。
そりゃもう、姫様を落っことすくらい驚いた。「あいたっ」
「ウェスカーさん! 姫様が落っこちてる! まあ落っこちたくらいなら何ともない人だけど」
「まあ……。姫様が落ちた地面が砕けていますわね。頑丈なのですねえ」
「うむ。鍛えているからな」
アンドリューが頭を抱える中、ハブーの地面を砕きながら立ち上がるレヴィア。
「あっ、姫様ごめん」
「いいぞ。私もハブーの料理が美味しくなったと知れば、それくらい驚く。今、ウェスカーが私の分まで驚いたので、今は平然としているのだ」
「そんなもんですか。乙女心というのはむつかしいですな」
「ウェスカーさん違うからね!?」
メリッサの突っ込みが入ったところで、食事タイム。
操縦室の外にテーブルを展開しながら、みんなで飯を食うのだが、そのついでに船の行き先について相談をする。
「これは……鳥肉を焼いたもんだな。味もつけてあるからまあまあいける」
ゼインが切り分けた鳥肉を眺めた後、ぽい、と口に放り込んだ。
「焼いたのか」
「焼いてるようですね」
「焼いたんだ……」
「焼くことを覚えたのだな」
俺、クリストファ、メリッサ、姫様が感心する。
しかも下味までつけているとは。
一気に、ハブーの食事レベルが上がったではないか。
最悪この街では自炊まで覚悟していたのだが。
「そこはあれさ! エフエクスからやって来た人たちが、あたいたちのご飯を知って猛烈に怒ってね。ご飯革命が起こったのさ!」
「起こるでしょうね」
神妙な顔で頷くクリストファ。
人間のできている彼だが、かつては、このクリストファですらひどいと評する、ハブーのご飯であった。
そもそも、俺もクリストファも、メリッサに姫様も、食事にはそこまでうるさくない。メリッサに至っては、甘いお菓子があれば大体問題がなくなる。
だが、食事が美味しくなって困る人間はいない。
これからのハブーでの食事環境が向上したことを祝って、大いに肉を食べようではないか。
俺は切り分けられた鳥肉を、もりもりと食べた。
付け合せの芋をもりもりと食べた。
うん、芋は茹でてあるな。茹でただけの味。
「では、次なる目的地ですが。皆様が向かわれているのは、サンゴ礁の島でよろしいでしょうか?」
マリエルが確認を取ってきた。
口いっぱいに食べ物を含み、もぐもぐやっている俺たちが頷く。
「では、案内はわたくしが致しましょう。本来は、星と太陽の位置を見ながら航行致しますが、幸いここにはウェスカーさんという空を飛べる方がおられますので……」
「マリエルさんが甥っ子に乗ると。……俺も飛べたらなあ」
「もふぉふぉ、おふぃふぁんふぁふぉふ?」
「甥っ子、口の中のものを飲み込んでから話そうな」
「ふぉい」
こうして、今後の予定が決定した。
マリエルの先導に従って航行し、時々俺が彼女を乗せて飛ぶ。
そうして、上空から周囲を確認、と。
それから他にも俺に予定が……。
「じゃあ次はあたいな! あたいも飛びたい! なあウェスカー!」
「じゃあ、アナベルさんの次は私が飛びたいです!」
「ふっ。私は大人だからな。アナベルとメリッサが終わった後でいい」
なんで姫様まで順番に加わっているんだろう。
それから、俺は船長では無かったのか。
明らかに一日中、誰かを背中に乗せて飛ぶ状況になっている。
「クリストファ、これでいいのか。俺、操縦室にいられそうにないが」
「これでいいのです」
「いいのか」
「いいんですよ」
いいのか……。
どうも押し切られてしまった気がしてならないが、このようにして、俺たちの予定は決定したのだった。
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