第十三章・海原と船と大魔導

第83話 蒸気船ハブー、出航する

「おー! 来たなウェスカー! レヴィア姫様もようこそだよ! みんなも乗った乗った!」


 橋の街ハブーまで到着すると、いつの間にか俺たちが来るという知らせを受けていたようで、アナベルが出迎えてくれた。

 なんだなんだ。

 いつもの作業服じゃなくて、スカートなんぞ穿いて。


「なんでスカートな」


「どんかん!」


 俺が言いかけたところを、メリッサの肘打ちが襲った!


「あいたっ!? メリッサ、さすがにあばらは痛い」


「ウェスカーさんが鈍感だからでしょー! もー、皆まで言っちゃだめ! いつもみたいにニコニコしながら、『なるほど』って言ってればいいの!!」


「なるほど」


「それよ!!」


 僅かな間のやり取りだったが、何やらメリッサはアナベルがスカートである理由に勘付いたらしい。

 この人はその辺り有能なので、指示に従っておこう。


「なるほど、スカートか。似合う」


 とりあえず、思ったことを口にしておいた。

 すると、アナベルは一瞬ぽかんとして、すぐに首まで真っ赤になった。


「な、な、ななななな、何を言ってるんだよ! も、もう! いいからあたいについて来いよ! 兄貴がさ、ついに起動に成功したとか何とか言ってるんだよ」


「ほうほう」


「起動とな。ウェスカー、何のことか分かるか?」


「ああ、姫様。この街ね、海の上を動けるんですよ。言ってませんでしたっけ」


「何だと!!」


 俺とレヴィアが揃って、アナベルの後についていく。

 ソファゴーレムは橋の街の道を通るには大きすぎるので、何やら地下格納庫のようなところに収められるようだ。


『ま”ー』


 名残惜しそうに手を振っているではないか。

 俺も手を振り返してやった。


「どんどん感情豊かになっていきますね、ソファは」


「甥っ子が作り出したゴーレムだろ? 何が起こっても俺は驚かんね」


「まあ、この世界のソファはみんなああなのではないのですか?」


 クリストファ、ゼイン、マリエルの三人が俺たちの後に続く。

 メリッサは一番最後だったが、何やらお連れの魔物三匹に、指示を下している。


「いい? 三人とも、町に入るんだからお行儀良くしなくちゃダメよ?」


「フャン」『キュー』「ぶいー」


「それじゃあ、私に続いて、出発!」


「フャン!」『キュー!』「ぶいー!」


 一列になった三匹が、メリッサに合わせて行進する。面白い事になっているなあ。

 やがて、アナベルに先導された俺たちは、街の真ん中にぽっかりと口を開けた穴に入っていった。

 蒸気で動く昇降機が設置されている。

 こいつをゴーレムにしたなあ。懐かしい。

 ういーんと降りていくと、かなり下の層の通路に到着する。


「こっちだよ」


 アナベルがランタンを点けた。

 真っ暗な廊下だ。

 備え付けの照明らしきものはあちこちにあるんだが、動いてないな。


「暗いままなの?」


「プレージーナがいたころは、蒸気とあいつの魔力みたいなので点灯してたんだ。今はご覧の有様さ。悔しいけど、あたいたちの力じゃ、ハブーが持ってる機能を使い切れないみたいだ。もっとも、兄貴は絶対に使いこなして見せるって言ってるけどね!」


「なるほど」


 アナベルの兄は、技術者らしきイケメンで、妹ラブが大変強い男である。

 俺と何やらライバル関係的な感じで、威嚇しあった仲だ。

 彼ならやるだろう。無根拠にそう思うぞ。


「むっ、来たようだね、我が宿敵ウェスカー……!」


 広い空間にたどり着くと、パッと周囲が明るくなる。

 そこに、アナベルの兄アンドリューがいた。

 機械油で汚れたつなぎ姿だが、それでもなおイケメンだと分かる程度にはイケメンである。


「あれはクリストファといい勝負なのではないか」


「そうでしょうかね。ウェスカーもご自身では自覚がないようですが、あなたも別に顔が悪いわけではないのですよ」


「へえ。そうなのか」


「そうなのです」


「そうだったのか」


 俺がクリストファといつものをやっている。

 メリッサの突っ込みは来なかった。

 彼女はアンドリューを見て、なるほどー、と感心している。


「そりゃあ、イケメン好きの魔将に囚われちゃうはずですよね。アナベルさんもあのお兄さんの妹さんということは、将来美人さんになりますね!」


「ええーっ、そ、そうかなあ」


 照れるアナベル。その肩をがっしりと掴んで深く頷くアンドリュー。


「間違いない。僕が保証する!! アナベルは世界一の美女に……」


 そこで、アンドリューの視界にレヴィアが入ったようだ。

 姫騎士は物珍しそうに、ポカーンと口をあけながらキョロキョロしている。

 あんな間抜けな顔をしていても、凄い美女であることが分かると言う辺り、あの人の外見スペックは本当に高いな。


「世界で二番目の美女になれる」


「うん、持ち上げすぎだと思うけど嬉しいよ。世界一はあの人がいるからねえ……」


 兄妹でレヴィアを見て、うんうん言っている。


「おーい、二人で面白い話をしてるのはいいんだが、俺らはもっと別の理由があってここに来たんだからさ」


「あっ、そうだった!」


 ゼインの突っ込みで、アンドリューが我に返ったらしい。

 俺たちに振り返ると、空間の先を指し示した。

 そこには、水車を動かす装置が設置されていて、アンドリューと同じ格好の男たちが取り付いている。

 彼等は、レヴィアがやって来たことに気付くと立ち上がり、次々に会釈……しようとしてレヴィアにポーッと見惚れ、しばらくしてから我に返ってペコペコと頭を下げる。


「ああ、気にしなくていい。私のことは見学に来た村娘だとでも思ってくれ」


「こんな美貌の村娘はいないと思いますねえ」


 メリッサがボソリ。

 うんうん、メリッサの言うことが正しいと思うな。

 装置をいじっていた男たちは、皆、顔を赤くしてぎくしゃくとした動きになっている。

 今日の彼女は、冒険で薄汚れてもいないし、髪型だって整っている。

 俺から見ても大変あれだ。綺麗なのだ。


「それで、この装置はなんなのだ? 誰も手を触れていないというのに、ゆっくり回っているようだが」


「あ、それそれ。姫様、俺もこいつをこの間見たんですけど、なんか明らかに形が変わってるんですよね」


 俺は、水車を動かす装置に近づいた。

 触れてみると、陶器のような質感だ。


「ああ。実はあの後、ウェスカー、君が連れているゴーレムの車輪の情報を手に入れてね。これを参考にして我々で改造を加えたんだ。これは、動力機関・・・・。橋の街ハブーを、この開かれた大海へと送り出すための心臓部さ! これに合わせて、水車もまた改良を加えてある。構造と水を掻く性能を強化し、外車輪として生まれ変わったんだ」


「なるほど……。凄いことになっているのだな」


 色々と頑張っていたのは、俺たちだけでは無かったのだな。

 アナベルも、そんな兄を誇らしげに見上げている。


「ですけれど、ここからは外は見えませんね。海はとても広大なものです。どのようにして漕ぎ出して行くのですか?」


 質問はマリエルから投げかけられた。

 海王にして人魚である彼女は、言わば海の専門家である。


「いい質問ですね! あっ、また美女が!」


「兄貴」


「ゴホン! 我々は、自分たちをハブー技術班と呼称しています。我々もそれを考え、皆さんが旅立ったあとも、この街の地下を探索していました。そこで……発見したのです。この町を操作するための部屋を」


 動力機関の先には、壁しか無いように見える。

 そこに、アンドリューは迷いなく近づいていった。

 壁に手を触れると、そこだけが扉のように展開した。


「回転して、中に入れるようになっているのです。精密に作られていたため、今まで誰も気づきませんでした」


「こりゃあ……すげえなあ。職人の仕事だぜ」


 ゼインが率先して中に入り、扉をくるくると回転させてみせる。

 回転扉だな。

 閉じてしまうと、ぴったりと壁に合わさって、全くわからなくなる。


「どれどれ、俺たちも」


「私が行く!」


 ぴゅーっとメリッサが走っていった。

 あとにお供の三匹も続く。


「メリッサずるいぞ!」


 あっ、姫様も行った!


「姫様、心はいつも少年のような方ですからね」


「まあ、微笑ましいじゃありませんか」


 クリストファとマリエル。まるでレヴィアの保護者みたいだな。

 俺も彼等の後をついていくことにした。

 暗い道かと思いきや、先に続く通路は明るくなっている。

 照明があるのではない。

 先から、強烈な明かりが漏れてきているのだ。


「なんだこれは」


 進む俺の鼻を、風が撫でていく。

 潮の香りがした。

 海の世界ですっかり慣れ親しんだ匂いだ。


「あれっ、これってまさか……」


「来い、ウェスカー!」


「ウェスカーさん、凄いよ!」


 女子二人が大興奮しながら俺を招く。

 何やら尋常ならざるものがあるらしい。

 そうなれば、好奇心が強めである俺としては黙っていられないではないか。


「なになに?」


 ダッシュした。

 通路を抜けると、また部屋が広がっている。

 さっきの動力機関の部屋と違うのは、ここには大きな窓がついていることだった。

 部屋の形は半円で、視界の端から端まで窓が開いている。

 そこから見えるのは、エフエクス島。そして、どこまでも広がる海だ。


「これが、橋の街……いや、蒸気船ハブーを操作するための操舵室だ!」


 アンドリューが高らかに宣言した。

 その横には、床から伸びる胸ほどの高さの台。

 取っ手がたくさん付いた車輪が取り付けられており、天井からは紐や、管楽器みたいなものがたくさん伸びている。


「問題は、この部屋と動力機関がまだ繋がっていないことで、恐らくは凄まじい量の魔力オドを注ぎ込み、これを呼び水にして外の魔力マナを引き込み、循環させると思うのだが」


「おお、じゃあ俺の仕事じゃないか」


 俺は腕まくりした。

 こういう、よく分からない魔力を使った仕事は俺の領分だ。


「ああ、頼むぞウェスカー!」


「任せろ」


 がっしりと、車輪の取っ手を握る。

 後で聞いたのだが、舵輪というのだそうだ。

 腕に魔力を込めるイメージ。

 すると、舵輪がぼんやりと輝き出す。

 舵輪から台へ、台から床へ。

 そして、光が通路を辿り、動力機関まで伸びていく。


「お……おおおっ!?」


 俺の魔力オドだけで繋いだ、この光は魔力の経路だ。そいつに、外からわんさか魔力が吸い寄せられてくるのが分かった。


「これでいけるか」


 俺が呟くと同時に、背後でズドンッ、と大きな音がした。

 歓声が聞こえてくる。

 どうやら、動力機関が稼働したらしい。


「さあ、ウェスカー、指示を出してくれ」


「ん? うちで指示を出すのは姫様の仕事じゃないの?」


 だが、レヴィアは窓から見える光景にかかりきりだ。

 少年の心を持つ姫騎士である。


「この船は、ウェスカーの魔力を使って起動した。だから、これの船長は君だ」


「そうかー。よし、ならば出発するしかあるまい」


 俺はなんとなく、天井から下がった紐を引っ張って宣言した。


「蒸気船ハブー、出発!」


 すると、ハブーは大きな管楽器のような重低音で応えたのである。

 蒸気船が動き出す。

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