閑話:一方、魔王軍は 4

第82話 官僚たちが暗躍気分

「出ていったか」


「ああ。全く、いるだけで騒がしい。まるで嵐のような連中だ。レヴィア殿下一人ですら持て余していたというのに」


 城の窓から、男が外を見やった。

 あちこちが焼け焦げた王都を、砂煙を上げながら爆走する者がいる。

 レヴィア姫一行を乗せた、ソファゴーレムであろう。


「大体なんだ、あの速度は! 早馬よりも速くなっているではないか……!」


「あのウェスカーとか申す、殿下の腰巾着が常に改良を加えているとか……」


「ゼロイドですら我らの言うことを聞かぬというのに。やはり、宮廷に魔導師など不要。かの職位を早急に廃さねばな」


 そこは、王宮に務める官僚たちの職場であった。

 正しい意味で、ここはユーティリット王国の中心とも言える。

 全ての政治と、政策決定はここで行われていた。

 王家とは彼等官僚の言葉を、民衆に伝える窓口でしかない。


 長く続いた平和な時代。

 ユーティリットを収めていた王族は、徐々に内政を疎かにするようになっていた。

 他国との交流や、晩餐会に舞踏会。

 外交関連は王族でなければ立ち行かない。

 だが、外からは見えぬ内政とて、重要な仕事であることに変わりはない。

 むしろ、国民の生活に如実に影響する内政は、最重要とも言える。

 しかし、平和な生活に慣れた王族は、華やかな執務のみを求め、地味な内政に手を付けなくなっていった。

 代わりに、その職務を請け負ったのは家臣団である。

 彼等は数百年もの間、ユーティリットという国家の管理を請負い、政務をシステム化していった。

 そして、やがて家臣団は自らの位置を、明確に王家とは切り離していく。

 国家の実質的支配者として、彼等は家臣団を形成する貴族ではなく、官僚という存在に変わっていったのだ。


 ちなみに世襲である。

 この場にいるのは、五人の男女。

 年齢は三十代から六十代とまちまち。姿形も、太った男、痩せた女、腰の曲がった老人、眼鏡の男、背の低い女と、共通点は無い。

 だが、内心に燃え盛る権力への執着は似通っていた。


「大体、魔王軍とやらと戦いを始めたのはあやつらでは無いか! お陰でこの国は、あの有様だ! 一体、復興にどれだけの金が掛かることか……! 今から頭が痛い!」


「うむ。魔王軍とやらも、見てみれば魔物を束ねている者たちは人のような姿をしているではないか。中にはドラゴンを見たなどと世迷い言を口にする者もいたが」


「人の姿であれば、話が通じない道理がないな。大方、彼等も我等が知らぬ国の人間であろうよ」


 平和な時代の感性のまま、高を括って結論付ける。

 歴史書が記された始めた頃から、四王国が存在する世界は平和だった。

 小競り合いはあり、戦争じみたやり取りをすることはあった。

 だが、それも傭兵を使って争う程度。

 平和が常である世界で生きてきた人間にとって、魔王軍の危険さは理解から遠いのだ。

 それに、オエスツー、ウィドンという二つの王国が滅び、マクベロン王国が国力を大いに減じた今、ユーティリット王国はこの世界において、最も力がある国家となっていた。

 オエスツーの食料生産力と、ウィドンの鉱山、そしてマクベロン復興に手を貸す代わりに、かの国の魔道具作成技術を得るようになったからだ。


「その通り。その証拠に、魔王軍からわしに連絡があってな!」


 腰の曲がった老人が、にやりと笑った。


「おお! それは一体、なんと?」


「この間は、闖入者のせいで不幸なことになったと。詫びをしたいから、今一度こちらを訪れるそうだ」


 おお……と、官僚たちの間からどよめきが漏れる。

 彼等官僚も、先日行われたレヴィア王女の結婚式に参列していた。

 むしろ、レヴィアの結婚を早急に推し進めたのは、彼等の意思である。

 世間知らずなガーヴィン王子をそそのかし、国王を説得させ、邪魔者たるウェスカーを外に追いやって事を運んだのだ。

 だが、そこに、追い出したはずのお邪魔虫がやって来た。

 それも、最悪のタイミングで、である。

 この無礼に怒ったフレアス王子が、家臣に扮していた魔物たちを使い、花嫁を奪おうとした魔導師ウェスカーを征伐しようとした────。


 そのように、官僚たちは捉えていた。

 事実、フレアス王子の部下であるトーチマンは、来賓に危害を加えることより、ウェスカーやレヴィアを相手にすることを優先したのである。

 その事から、魔王軍に害意なし、と官僚たちは考えたのである。

 人間、見たいと思うものしか見えないものである。


 そして数時間後。

 魔王軍からの使者はやって来た。

 白髪白髯の老人で、目玉のようなオブジェがついた杖を手にしている。


「オペルクと申す。偉大なるお方にお仕えする、そうさな、学者を務めておる」


 オペルクは好々爺然とした笑みを浮かべながら、持参した土産を差し出す。


「おお、これこれはご丁寧に……」


 官僚たちがオペルクに対しての好感度が上がる。

 箱を開けてみて、彼等は驚きの声を上げた。


「こ、これは……」


「高純度の外部魔力マナを凝縮した魔石ですじゃ。これを使えば、素養が無い人間でも魔法を使えましょうぞ。わしの手製でしてな」


「これはこれは結構なものを……! いやいや、話が分かるお方だ」


 オペルクの好感度がまた上がった。


「それぞれ、皆様に専用化してありますからな。この、装飾具と一緒に身に着けて……」


 わいわいと魔石を手にする官僚たち。


「で、レヴィア殿下はもうお出かけになられたのですかな。いや、こう、話の通じぬ御仁がおられると、少々なあ」


 オペルクが遠い目をした。

 レヴィアの他に、もう一人のことを考えているらしい。

 彼等二人が揃っていることを思い浮かべたようで、ぶるるっと震えた。


「それはもう……! レヴィア殿下と一行は、海の世界を探索にですな。宮廷魔導師たちも行かせていますからな。安心です」


「おお、おお、それは安心ですなあ。特にあの魔導師がいないのがいい。それでは、今後の話を……」


 官僚たちが魔石を身に着けたのを確認しつつ、オペルクは話を始めた。

 主に、ユーティリット王国官僚団が魔王軍と提携することで、どういうメリットを互いにもたらせるか、という話だ。


「魔王オルゴンゾーラは平和を愛するお方ですぞ。争いを望んではおられませぬ。悪いのは、平和に各世界を治めていた我ら魔将に、戦いを挑んでくるレヴィア殿下たちでしてな」


「確かに」


「殿下なら、相手が魔物とみるや、話も聞かずに殴り掛かるであろう……」


「腰巾着の魔導師も、会話が通じているかどうかも怪しい……」


「おかしな魔物を引き連れた娘に、マクベロンの騎士と、怪しげな仲間まで増やしておる」


「あ、ワタクシ、あの新しく増えた母性愛あふれる美女はタイプなんですが」


「あら、アタシも金髪のイケメンはちょっといいと思うんだけど」


「ゴホン!」


 この会合のまとめ役を務めているつもりなのか、腰の曲がった老人が咳払いをした。


「まあ、思惑は色々あるだろう。だが、思い返してもらいたい。今この世界に、混乱をもたらしている存在が何者なのか、ということだ」


「うむ……。レヴィア殿下があの男を連れ帰ってきてから、おかしな事ばかり起こるようになった」


「だが、あの時は魔王軍も我が国を攻めていたのではないか? それに、ウィドン王国やマクベロンは……」


 その言葉に対し、オペルクは深く頷いた。


「うむ、あれは不幸な行き違いじゃった。わしらもまた、怯えていたのじゃよ。レヴィア殿下に攻撃をされ、人間が敵であると勘違いしておった。じゃが、魔物と人間のこの不毛な争いも、ここで終わりにしようではありませんか」


「おお!」


 オペルクが立ち上がり、差し出した手。

 腰の曲がった老人は、何度も頷きながら手を差し出した。

 固く握手が交わされる。


「約束しましょう。今後、魔王軍はこの国に手出しはしませぬ。ユーティリット王国という国が、続く限りは」


「うむ、我らも魔物に徒に攻撃を加える行為は禁じることにしましょう! これは平和への第一歩だ。いや、記念すべき会合となりましたな……!」


 官僚たちの間から拍手が上がった。


「そう。この国が続く限りは、手は出さぬともさ。続く限りは」


 誰も、オペルクの言葉の意味に気付かない。

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