第81話 王国、大変な事になる

 ばしゃあっ、と炎上する王都全体に、バケツをぶちまけたみたいな水がぶっ掛けられた。

 マリエルが使った魔法なんである。

 お陰で、あちこちで起こっていた火事が一瞬で鎮火した。

 問題は、誰も彼も、何もかもびしょ濡れになってしまった事だ。

 魔力で作った水は、夜が明ける頃には消えてしまった。

 だが、これが魔力の面白いところで、魔力オドを持つものに降りかかった水は、そのまま現実にあるものとして固定されて消えなくなるのだ。

 ってことで、水作成で出した水は飲めば消えないし、水作成で水をぶっかけられたら、そのまま濡れっぱなしなんである。


「へっくしょい!」


「はーっくしょん!」


「くちゅん!」


 王都のあちこちからくしゃみの音が聞こえてくるなあ。


 魔博士オペルクが使った爆弾は、俺の魔法で大部分は消滅させたのだが、その余波だけで大変な騒ぎになっている。

 世界に空けた亀裂から爆風が漏れ、王都を焼いたのだ。

 結構な数が死んだらしいが、よくは分からない。

 ということで、王都は姫様の結婚式に浮かれる状況から、一夜にして絶望のどん底みたいな空気に包まれていた。


「ウェスカー! 君はどうやら世界魔法ですごい事をしたらしいじゃないか! ああ悔しい!! 私も見たかった……!!」


 駆けつけざまにローブの裾を噛みながらダーッと悔し涙を流しているのは、お馴染みのゼロイド師だ。

 どうやら、姫様と王子の結婚に強硬に反対していたので、軟禁されてしまっていたらしい。

 これは、イチイバとニルイダも一緒。

 お陰で、魔王軍にひどい目に遭わされずに済んだのだ。


「まさかウェスカーが、レヴィア殿下を式場からさらうなんて……。ちょっと見てみたかった」


 ニルイダが、俺とレヴィアをチラチラしながら言う。

 何気に、そういう婚約破棄的な物語をこよなく愛するタイプなのだそうだ。

 あまり表情が出ない女性だが、とても悔しそうなことはかもし出すオーラから分かる。


「それで、式場からさらった後、お二人は熱いキスなどされたんですか……!!」


 ニルイダがじりじり迫りながら、凄い迫力で言ってくる。


「何故だ」


 困惑しながら、心底不思議そうにレヴィア。

 俺もよく分からないので首を傾げた。

 するとニルイダ、大仰に溜め息を吐きながら肩をすくめた。


「分かってないですよ姫様……! いいですか、こういうシチュエーションは」


「おい、ニルイダが語り始めたら長くなるぞ。逃げろウェスカー」


 イチイバが助けの手を差し伸べてくれたので、この場から脱出する事にする。

 後に残るは、レヴィアがとても困った表情でニルイダにお説教されている光景だ。

 ニルイダは姫騎士より、頭一つ分近く小さいのだが、かもし出す何か訳の分からないオーラが彼女を大きく見せている。


「ひょえー、人は見かけによらないもんだなあ」


「うん、それはあるが、みんなお前には言われたくないだろうなあ」


 イチイバが失礼な事を言った。

 そして、俺とイチイバ、ゼロイド師、そしてクリストファとマリエルが集まることになる。


 今現在、俺たちは消火活動なんかを終えて仮眠し、目覚めたばかりである。

 姫様なんか、未だに破いたウェディングドレス姿だし、俺のローブは段々なんか禍々しさみたいなのが消えてきている。


「どうやら、魔将のローブがウェスカーの魔力と反応し、徐々に変質してきているようですね。さしずめこれは、大魔導のローブでしょうか」


「そうですね。ウェスカーさんもですが、姫様の持つ勇者の魔力……雷電の波動ライトニングサージに長く触れ続けたせいもあるのでしょう」


 クリストファに言葉に、うんうんと頷いていたゼロイド師。

 マリエルが話し出すと、目を丸くした。

 そして、俺に顔を寄せてくる。


「ウェスカー。彼女は一体何者なんだね……? そう言えばこの間戻ってきたときから、彼女が増えていた気がしたが」


「人魚のマリエルですよ」


「ほう、人魚のねえ。…………にっ、ににににっ、人魚!?」


 ゼロイド師が目を剥いた。


「おとぎ話だけの存在ではなかったのか! ちょっと君、済まんが足を魚に変えてくれないかね」


「いいですよ。ほら」


「うわーっ!! 人魚だーっ!!」


「ゼロイド師、楽しそうだなあ」


「師匠なあ。お前が来てから、本当に毎日楽しそうなんだよなあ。俺もあの人が、ああいう人だって知らなかったわ……」


 イチイバが達観した表情で言う。

 ゼロイド師からマリエルへの、人魚の生態インタビューが始まったので、俺とクリストファ、イチイバで話を進めることにする。


「一応、師匠も暴走するああなることは分かってて俺に情報や議題はレクチャーしてくれたからさ。話を始めよう。それで、見た感じ、ウェスカーはローブもパワーアップしたんだな?」


「うむ。そうらしい。姫様をお姫様抱っこしても全く問題なかったからな」


 一瞬、イチイバがちょっと羨ましそうな目を向けてきた。


「これは、マリエルが言ったとおり、姫様の力とウェスカーの魔力がローブと反応し、元々ローブが持っていた魔物寄りの性質が変化したのでしょう。完全にローブがウェスカーのものになれば、彼の魔導師としての実力は一層高くなると思います」


「なるほど」


 今でさえ、寒い日は暖かく、熱い時は涼しく、水に浮いて、裾で指を拭いても汚れ一つつかない洗濯いらずの優秀なローブなのである。

 これがもっと快適になるということなのだな。

 ワクワクする。


「師匠の見立てなんだけどな。正直、俺も信じたくは無いが、俺たち魔導師や、この国の兵士じゃ魔王軍には勝てない。善戦すら出来ない。一方的にやられるだけだってのが、今の世界の状況だ。魔法の詠唱を省略できない魔導師は使い物にならないし、戦い慣れしてない兵士はすぐに潰れてしまう。お前たちだけが希望なんだ」


「ははあ。そんなもんかね」


 イマイチ実感が湧かない俺である。

 割とテキトーに魔王軍と戦ってきたので、やろうと思えばやれるんじゃないかな、くらいの気持ちでいたのだ。


「いや、そいつの言う事はマジだぞ」


 ここで会話に叔父さん参戦である。

 俺たち三人分の朝食を持ってきてくれている。ありがたい。


「マクベロンはな、王都の城壁は速攻で越えられた。で、都を盾にして篭城した。国民は見殺しだぜ。どうやったって救うには間に合わなかったからな。魔道具を作り上げる技術で強化された城壁に、魔法の武器で完全武装の兵士と魔導師。恐らく世界で最も戦力が整った国軍だったはずだ。おかげで三日持った」


「三日……」


 イチイバが息を呑んだ。

 え、三日って凄いのか? 短いのか?


「殺された兵士や魔導師は、即座にあのシュテルンとか言う奴の部下になった。あっちは殺せば殺すほど増える。補給だっていらない。こっちは減る一方で、飯や睡眠がなくちゃいけない。それに、奴らには普通の武器が通用しなかった。魔法の武器でなければ、有効な打撃を与えられなかったんだな。ま、俺は平気だったが、俺くらいの天才はマクベロンにも二人といなかったからな」


「叔父さんが自慢しとる」


「いいだろ? 魔将とタイマンで殴り合って生還できる戦士なんざ、世界でも俺ぐらいしかいねえぜ?」


「それは事実ですね。まあ、ここに魔将と一対一で殴りあって生還しそうな魔導師がいますが」


「なんで俺を見るのだ」


 叔父さんとクリストファ、イチイバの視線を感じる。

 とりあえず説明を聞きながら、朝食を摂ることにする。


「パンケーキだ!」


「パンケーキだ!!」


 俺が喜びの声を上げると同時に、向こうでメリッサも叫ぶ声がした。

 彼女は絶対にお代わりをする。賭けてもいい。

 フォークやらナイフが見当たらないので、粉砂糖と蜂蜜を振って、手づかみでむしゃむしゃ食べるのだ。


「うめえうめえ」


 合間合間にお茶を飲みながら、一枚目を平らげる。


「──ということで、王国側の官僚はあんたたちを疎ましく思っててだな」


「現実の認識が出来てねえんじゃねえか? もう利権とかそういう次元じゃなくなってきてるだろうに」


「本当に人間は度し難いですね」


「うめえうめえ」


 二枚目を平らげる。

 なくなった。

 お代わりだ!


「ちょっとお代わりもらいに行ってくる」


「いってらっしゃい」


「おう、俺の分の茶ももらってきてくれ」


「ほいほい」


 難しい話をしている彼らを置いて、俺は朝飯をもらいに厨房へ向かうのである。


「ウェスカーさん!」


 お供三匹を連れたメリッサと合流した。


「今日の朝ごはん、凄くない? 朝からパンケーキとか、もうこれはお祭りだよ!」


「昨日は実際お祭り騒ぎだったからな。俺たちが今日、パンケーキでお祭り騒ぎになるのも仕方ないのだ」


「絶対間違ってると思うけど、今の私はウェスカーさんを否定する気にならない!」


 ということで、人数分のパンケーキと、お茶が詰まったポットを受け取る。

 戻ってきた俺たちを出迎えたのは、人魚へのインタビューが終わったゼロイド師だった。

 ニコニコしながら紅潮した顔のこの宮廷魔導師は、俺の肩を嬉しげにバンバン叩いた。


「素晴らしい! 素晴らしいよウェスカー! まさか本当の人魚と出会えた上に、魔法談義まで交わせるとは! 生きていて良かった!!」


「あっあっ、お茶こぼれる」


「そこでウェスカー、いきなりだが……君たちの活躍で外の世界が広がったそうではないか。海に漕ぎ出す事が可能になったのだろう。私から君たちに依頼が……なに、世界の守りなんて放っておけばよろしい! 君たちには、広がった世界を見てきて、報告して欲しいのだ!」


「なるほど、いいでしょう」


 俺は安請け合いした。

 どうせ、姫様だって了承する案件に決まっているからだ。

 ねえ姫様、と目配せしたら、助けを求める顔のレヴィアと目が合ったのだった。

 ニルイダ、まだお説教してたのか。

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