第80話 宣戦布告の魔王軍
「ウェスカー、前から気になっていたのだが」
破いたドレスの隙間から、白くて眩しいおみ足を見せながら、魔将を吹き飛ばした方向へのしのし歩いて行くレヴィア。
俺はすいーっとガラスの板に乗ったまま、床を滑って彼女に並んだ。水属性魔法の応用で、ガラスの下に水を作り出して、床上を滑らせているのだ。
姫騎士はチラッと俺を見ると、口を開く。
「そのゴリラというのは私のことか?」
「あっ、ゴリラというのはですね、平和を愛する剛力の幻獣で平和的なところは姫様と全然違うんですけど」
「私もゴリラのことは知っている。だがあれほど毛深くは無いと思うのだが」
レヴィアが難しい顔をした。
ゴリラミサイルが聞こえていたようだ。
気にしてたのか。
「気を悪くしたんなら、これからゴリラという形容詞は封印しますよ」
「いや、本当のゴリラに会ってみれば、案外私が尊敬できるような幻獣かもしれない。それまでは使っていて構わないぞ」
「心が広いなあ」
俺は感心した。
いつかレヴィアも、本物のゴリラと出会うことであろう。
その時、晴れて俺は万感の思いを込めてゴリラという形容詞を用いるはずだ。
楽しみにしていよう。
さて、ぶち破った壁の向こう。
瓦礫の山に埋もれていたかと思ったフレア・タンだが、
すぐさま石の塊を吹き飛ばしながら立ち上がる。
「舐めた真似してくれるじゃねェか! はっはっは!! おもしれェ!!」
「あれを食らって立ち上がるとはな」
油断なく身構える姫騎士。
こう、ウェディングドレス姿の戦闘というのもオツですな。
「じゃあフレアス王子、二人がかりでボッコボコにするので」
俺はガラスをふわ~っと浮かせながら、広げた両手にエナジーボルトの光をバリバリさせる。
大変悪役っぽい構えだが気にしない。
……あれ?
そう言えばさっき、レヴィアを抱き上げたのに、ローブと彼女が反発しなかったな。
何故だろう。
俺は腕のあたりを見る。
すると、レヴィアに触れていた部分が、禍々しい色合いから、うっすらとなんか違う感じのツヤツヤした黒いローブに変化しているのだ。
馴染んできたのかな?
「行くぞオラァ!!」
床を焼き焦がしながら、フレア・タンが走ってくる。
拳を顔の前に構え、低い姿勢だ。何か、そういう格闘技なのかもしれない。
迎え撃つレヴィアは、魔将ほど洗練された構えをしていない。フレア・タンが洗練された人の技なら、姫騎士は力任せに叩き潰す獣の技だな。
……あれ?
「シッ!!」
炎をまとった、すごい速度の連続パンチがレヴィアを襲う。
まともに避けられないくらいの速さで、もちろん回避とか器用なことが苦手なうちの姫騎士は、ガンガンもろに喰らいながら突き進む。
よし、援護だ。
「エナジーボルト!」
姫騎士ごと巻き込みながら、俺は紫の光を撒き散らす。
近寄ってきていたトーチマンがぶっ飛ばされて、「ウグワーッ」とか叫んでいる。
「甥っ子! こっちは片付いたぜ! 残りはその王子様一人だけだ!」
ゼインが走ってきた。
「姫様! ウェスカーさん! 手を貸すよー!」
大きくなったボンゴレに乗って、メリッサもいる。
パンジャが『キューッ』と鳴きながら俺の横に浮遊し、光の網をフレア・タンめがけてバンバン吐き出す。
オークのチョキは、「ぶいーっ」と勇ましく鳴きながら、メリッサの横でかっこいいポーズをしている。前線に来る気が無いな。
「ちいっ! 海王が開放されてンのか!? 道理でトーチマンの減りがはええ!!」
ガンガンとレヴィアにパンチを当てながらも、フレア・タンが焦りの色を浮かべる。
その隙を見逃さないのが姫騎士のゴリラたる
野生の勘で魔将の気の緩みを察知したレヴィアは、真っ直ぐに腕を伸ばし、魔将の髪を鷲掴みにした。
「ぬおおおおっ!? お、俺を掴むだとぉーっ!?」
フレア・タンの頭は炎と一体化してるみたいな髪なのだが、今のやる気になってるレヴィアは、全身に雷を纏ったようになっている。
雷と炎がいい感じで影響しあって、実体がなさそうな相手もつかめるのだろう。多分そうだ。
後でゼロイド師に聞いてみよう。
「てやあっ!!」
裂帛の気合と共に、魔性めがけて頭を振りかぶるレヴィア。
まさか、まさかの頭突きである。
王女様が!
王子様に!
頭突き!!
「ぬおわあっ!?」
炎の髪を千切られながら、再びぶっ飛ぶフレア・タン。
だが、すぐに体勢を立て直して着地した。
「ああ、畜生! 調子が出やがらねえ! なんだなんだ!? このユーティリット王国には、何かあるってのかよ?」
「負け惜しみか! 行くぞ魔将! いや、王子が魔将で本当に良かった!」
本音ダダ漏れでフレア・タンめがけて襲いかかるレヴィア。
並走するのはゼインとボンゴレ。メリッサは降りている。
この三人からの攻撃を、魔将は受け流すのではなく、体を前後左右に振ってかわし、大振りなボンゴレの爪の後に、見事にカウンターの炎のパンチを叩き込んだりしてくる。
「負け惜しみだァ!? 馬鹿野郎!! オレはこれからが本番なんだよ!」
「フャン!」
「ボンゴレ!」
「めっちゃ避けるなあ。どれ、俺も」
ボンゴレとタッチ交代の俺。
スッと空いた穴に入って、いきなり目からエナジーボルトを出した。
「うおわっ!?」
慌てて仰け反り、回避するフレア・タン。
そこをめがけて、レヴィアが跳んだ。
「いいぞウェスカー! これでも喰らえっ!!」
体を起こそうとした魔将の頭を抱え込み、体重をかけて床に叩きつける。
「なんか、姫様、王子相手には掴み技が多いですな」
「ああ。こやつには、打撃では勝てないと悟った。だから、別の戦い方をするのだ!」
「ま、避けたり受け止めたりは、俺が専門だな。姫様は俺に壁を任せて、必殺の一撃を狙ってりゃいいんですよ」
そんな事を言いながら、容赦なく魔将にとどめを刺そうとするゼイン。
魔剣を振り下ろすのだが、これをフレア・タンは首の力だけでレヴィアを振りほどき、バック転しながら回避する。
本当によく動く魔将だ。
今までで一番じゃないか。
だが、流石に向こうも肩で息をしている。
「ちっくしょう! ネプトゥルフが伝えてきた情報以上に、ずっと強力になってるじゃねェか。こりゃ、下手な魔将なら討ち取られちまうわな……」
フレア・タンが距離を取ろうとする。
「逃さんぞ!!」
追いかけようとするレヴィア。
何というか、防具もつけないで素手のままというか、破れたウェディングドレスでよく戦うものだなと感心してしまう。
まあ、俺も放っておけないので、レヴィア姫を追いかけるわけだが。
「待って下さい姫様ー」
さて、どうやって相手の動きを止めてやっつけようか。
そんな事を考えた矢先である。
唐突に、大聖堂裏手にある城壁が砕け散った。
「何っ!?」
一瞬動きが止まるレヴィア。
俺は、何か強烈な魔法みたいなものが放たれたのを感知していたので、咄嗟に姫騎士を庇って前に立つ。
前に立ちながら、とりあえず口からエナジーボルトを吐いた。
それと、飛来してきた魔法が激突する。
なんだこれ。
まるで、風の魔法で作られた刃物みたいなものだ。
「いやはや!! 感服致しましたな!」
拍手の音がする。
響いた声は聞き覚えがない。
これを耳にしたのか、フレア・タンがしかめっ面になった。
「ほっほっほ! フレア・タンともあろう者がどうしたのかの? 叩いてみせた大言は、さては虚仮威しじゃったか!」
「…………」
新たに三人、現れた。
いきなりだ。
一人は、さっきの風みたいな魔法を放ってきた男で、宙に浮いている。
で、片足を振り上げてるので、どうやら風の魔法はこの男の蹴りだったらしい。
緑色のマフラーを纏った褐色肌の男で、革のジャケットを着ている。
「みどもの蹴りを口から放つ魔法で相殺! いやはや、人間技とは思えませんなぁ!」
もう一人は、小柄で白髪白ひげ、角を生やしたおじいさんだ。目玉のついた杖を突いている。
そして横に、こう、見覚えがある赤い甲冑の男が無言で付き従っている。
あれ、シュテルンじゃないかなー。
「シュテルン! 生きていたのか!?」
反射的に姫騎士があちらに突っ込もうとしたので、
「ストップ! 姫様、ステイ!」
俺は慌てて正面から組み付く。
だが、姫騎士は急には止まらないのだ。
「パンジャ! 姫様止めて!」
『キュー!』
光の網が俺ごと姫様を絡め止め、さらにクリストファが俺たちの前に光の壁を出現させる。
「これは洒落になりませんね。恐らく、一人ひとりが魔将です。復活したと思しきシュテルンを含めて、四人……いえ」
うん、もう一匹いる。
「ほら、姫様、でかいのがいますよ。あれは無策で突っ込んだら死ぬやつです」
「くっ……!」
四人の背後に、金色に輝くどでかい怪物がいる。
というか、今突然実体化したように見えた。
翼に、四本の足。トカゲを凶悪にしたような顔をして、角が生えている。
あれって……絵本で読んだことがある、ドラゴンじゃないか。
『千年ぶりに峰を出た甲斐があったというもの。オルゴンゾーラ殿が危惧する勇者とは、うぬらか。余は“覇竜”アポカリフ』
「みどもは“血風”ウィンゲル」
「わしは“魔博士”オペルク。そして、わしの自信作。強化再生させたシュテルンじゃ」
シュテルンの、骸骨型の兜が目を光らせる。
「なるほど」
俺は頷いた。
とりあえず、姫様を止めておく必要が無くなったためである。
「で、ご用件はなんですか」
「ほえー、お主、アホなのか豪胆なのか……。わしらやアポカリフ殿を見ても、なんとも思わんのか」
「いや、凄いなあと思ってるんだけど。アポカリフの人はあとで鱗を下さい」
『何を言っているのだ、このおかしな人の子は』
ダメらしい。
魔博士とやらが、咳払いした。
「まあ、これはわしらの顔見せじゃよ。ぬしらは見たところ、勇者の一行。ようよう、全員が揃ったらしい。これに一人ひとりで当たっては、わしらもちと厳しい」
ニヤリと笑う魔博士オペルク。
「これは、挨拶代わりじゃ。オルゴンゾーラ様がよろしくと言っておられたぞい」
目玉の付いた杖がパカっと開き、そこから青黒いドクドク脈動する玉が転がり落ちた。
「!! いけません、それは、神々に傷を負わせた爆弾です!」
クリストファが焦る声をあげる。
こんな声は初めて聞いた!
「もう遅いわい」
オペルクが笑う。
爆弾。
俺はその言葉を聞きながら考えた。
何か凄いことになるらしい。
これはあれだな。ピンチなのかもしれない。
目の前で歯噛みしているレヴィアを見る。
うむ。ここを凌いで、うちの姫騎士にちゃんと再戦する機会をあげないとな。
よし、やるか。
俺は、光の網と障壁に包まれた狭い中を、ぎゅうぎゅうと体を回転させた。
「むむっ、ウェスカー、あまりもぞもぞするな……!」
「すみませんね。ちょっとあっち向かないといけなくて。あっ、柔らかい」
そして、振り向ききった俺の目の前で、オペルクが放った爆弾が炸裂した。
同時に、俺は以前見たことがあるそれを再現する。
俺は、空間を認識した。
空気とかそういうのを超えて、世界そのものを一枚の板みたいに認識する。
そして、ちょっと気合を入れて、爆弾と俺たちの間の当たりを叩いた。
「そいっ! “
そう。
魔王オルゴンゾーラが、俺たち目掛けてやった攻撃を、独自に再現したのだ。
ひび割れを接着できたんだから、ひび割れを作れないはずがない。
ほら、現に世界が割れた。
「な────なにぃっ!?」
オペルクが唖然として口を開いた。
「おおーっ!!」
ウィンゲルが嬉しそうに唇の端を釣り上げる。
「げえっ!?」
フレア・タンが目を見開いた。
『むっ』
ドラゴンが鼻息を荒くする。
俺が世界を砕いたところに、穴が生まれる。
それが、爆弾の爆発をすっぽりと飲み込んでいくのだ。
ちょっと飲み込みきれずに、荒れ狂う爆風が王城や王都に飛び散っていく。
だが、これは随分と被害が抑えられたようだ。
オペルクが驚愕から、徐々に悔しそうな顔になっていく事で分かる。
「な、な、何者じゃ、おぬし。一人わけの分からぬ男がいるとは聞いておったが、わけが分からぬどころではない……! おぬし、今、
「オペルク殿。いかにも相手は未知数。ここは退くべきですぞ」
ウィンゲルが魔博士に囁いた。
フレア・タンが踵を返す。
「興を削がれた! オレは帰る!」
『面白いものを見たわ。見える時が楽しみぞ』
ドラゴンがまた、姿を薄くして消えていく。
「ええいっ!」
オペルクは腹立たしげに地面を蹴った。
「おじいちゃん、カッカすると体に良くない」
俺はちょっと心配した。
「うるさいわ!?」
オペルクは怒鳴ると、懐から取り出したボールを地面にぶつけた。
するとそこに、光で出来た扉が生まれる。
「いいか、わけの分からん男よ! おぬしのわけの分からんところは、わしが必ず解析してやる!」
「なるほど」
「なるほどじゃないわい!! 分かっとるのか!? ええい、帰る! わしは帰る! 行くぞシュテルン!」
最後に、シュテルンは俺たちに目線をやると、
「次こそは、勝つ」
そう言って消えていった。
そして誰もいなくなった。
「大変なことになったのであった」
俺が他人事のように呟くと、姫様が俺をぽかぽか叩いた。
「うわー、痛い痛い」
「くやしいーっ! 一人もやれなかったー!!」
ぶれない人だ。
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