第79話 もう、しっちゃかめっちゃか

「姫様! よっと!」


「うん! とと……ガラスの足場はちょっと不安定だな」


 真っ白なドレス姿のレヴィアが、よろけて俺にくっついてきた。

 うーむ。

 うーむ!

 ドレスの構造的に半ばまでむき出しになった膨らみが潰れて、これはなんともけしからんですな!


「させると思うか魔導師!! かーっ!!」


 あっ、フレアス王子を失念していた。

 顔をあげると、王子の目が赤く輝いて、そこから非常に熱そうな真っ赤な光線が放たれたではないか。

 俺はレヴィア姫のドレス姿を眺めていたいので、ここは目から光線を辞めてだな。


「耳から!」


「な、なにぃーっ!?」


 俺の耳から放たれたエナジーボルトが、フレアス王子の光線とぶつかり合う。


「耳から魔法を撃つなど、報告を受けてねえぞ!?」


「いやあ、姫様エロい……じゃなくてエロい……じゃなくておっぱい……」


「うむ、ウェスカーがどこを注目しているのかよく分かったぞ」


 姫騎士的には軽めのチョップが、俺の額に叩き込まれた。

 全身が振動する程度の衝撃だ。


「ぬおっ!! 魔法が波打つだと!? オレの熱線が掻き消される!!」


 意外な効果だ。


「調べにあった実力よりも数段上だ。こいつは、オレたち魔将に匹敵するぞ!」


 王子の思わぬ独白に、俺に寄りかかっていたレヴィアの目がカッと見開かれた。

 不自然な動きで、傾いでいた体がまっすぐになり、背筋が伸びる。


「魔将……だと……?」


「いかにも!」


 フレアス王子の衣装が色を変える。

 真っ白だったタキシードが、真っ赤な炎の色に染まっていくのだ。

 逆立つ髪の毛は、炎のように揺らめく。

 肩から、炎が吹き出した。マントの形になって広がり、はためく。


「炎の魔将、“豪炎のフレア・タン”! ここまで緻密に組み上げてきた策略だったがァ……これでご破産だ!! 準備しろトーチマン!! 芝居は仕舞いってなァ!!」


 フレア・タンの声に合わせて、会場に詰めかけていたアードロイド王国側の兵士や来賓の頭が、冗談みたいにすっぽ抜けた。

 ポンポンと首が飛ぶ。

 会場は一瞬静かになってから、そりゃあもう大騒ぎだ。

 そして、首なし人間になったアードロイドの人間が立ち上がると、頭があった部分から、松明みたいに炎が吹き上がる。


「我らが王、フレア・タン!」


「どうぞご命令を!」


 一斉に、どこから出してるのか分からないが声を合わせる。

 フレアス王子、改めフレア・タンは両腕を広げると、宣言した。


「皆殺しだァ!! そしてェ、焼き尽くせ!!」


「はあっ!!」


 そこにいきなり殴り掛かるうちの姫騎士である。

 どこからか拾い上げた燭台を投げつけると、


「いきなりかよ!? だがこんなもん、オレの炎の前ではオモチャ……ってガバァッ!?」


 フレア・タンが燭台を握り、どろどろに溶かして得意げに笑ったところで、その顔面に光り輝くレヴィアのパンチが炸裂している。

 なんか、拳がばりばりと小さな雷を放っているような。


「隙ありだ!!」


「やりますな姫様。じゃあ俺も!」


 俺は菓子の詰まった紙袋を空高く放り上げると、アンダースローの要領で炎の玉を放つ。

 ひょろひょろっと飛んでいった炎の玉が、殴り飛ばされたフレア・タンにぶつかると、爆発を起こした。


「やったか!?」


 とりあえず言っておく。


「炎の魔将が、炎でやられるわけがねェだろうが!!」


 爆風を蹴散らしながら、全く無傷のフレアタン。


「やっぱり効かなかったか!」


「効くかよ!」


「だが私の拳は効くようだな! 殴り倒すだけだ!」


 大変に生き生きとした姫様が、拳を握りしめて魔将に襲いかかる。

 シルクの手袋が放たれる稲妻でどんどん溶けていきますな。


「ハッハァ! 遅え! 遅えぞレヴィア! ドレスが邪魔になってるんじゃねえのか!?」


 レヴィア姫の猛烈なラッシュを、ダッキングやスウェーをしながらどんどん回避していくフレア・タン。

 彼も拳を握りしめると、そこが赤く燃え上がった。


「おらァ!!」


 そこから、カウンターの猛烈なフックである。


「ぐうっ!!」


 ふっ飛ばされるレヴィア。

 飛び出す俺。

 見事姫様をキャッチなんである。


「くっ、面目ない……! スカートが邪魔で……」


「ウェディングドレスであれだけ格闘できるのは凄いと思いますやね。ってか、大丈夫ですか、炎なパンチで叩かれましたけど」


「うむ、攻撃された瞬間、こうバリバリっと光ってだな」


「あー、ネプトゥルフが、ライトニング・サージとか言ってたあれですかね」


「おいおい! 悠長に喋ってる場合かよォ! ドラァ!!」


 フレア・タンが構えた拳を振り回す。

 フック、フック、ストレート。

 その動きに合わせた炎の玉が、こっちに飛んでくる。

 ヒェー、ありゃ、一発一発が俺の炎の玉みたいなもんだぞ。


「離脱、離脱にござる」


「あ、こらウェスカー!」


 俺はレヴィアをお姫様抱っこすると、そのまま足の裏から蒸気を噴き出しながら高速で飛び上がる。

 会場中が蒸気に包まれるが知ったことではないのだ。


「ぐわーっ、視界が!」


「何も見えウグワーッ」


 来賓とトーチマンの悲鳴が聞こえる。


「ウェスカー、どうして逃げた!」


「あいたっ、姫様、ぽかぽか叩かないで下さい。駄々っ子パンチでも一発一発が結構痛い! あと、流石に姫様でも、ドレスであれと戦うのは無理でしょ。あれ、魔法を使ってくるシュテルンみたいな感じだから」


 天蓋をくり抜いた大聖堂を眼下に見ながら、ユーティリット王国上空を飛ぶ。

 すると、示し合わせていた仲間たちが到着したようだ。

 完全武装のソファゴーレムが、城門を蹴破って大聖堂に突っ込んでいく。

 先頭は、ゼインとメリッサ。


「ボンゴレ! パンジャ! チョキ!」


「フャン!」


『キュー!』


「ぶいー!」


「みんな来ていたのか! ……はて、一匹多いような」


「その通りですぞ姫様。なんか行った依頼先で、不気味な鳴き声の魔物に迫害されていたオークとかいう種族の子どもです」


 メリッサを守るように、赤い猫、青い玉、黄色い子豚が三方向に立つ。

 これが会場になだれ込み、トーチマンと殴り合いを開始するわけである。

 無論、貴賓の人々はみんな中にいる。

 避難誘導という文字は俺たちには無いのだ。


「いやいやいや! 人間巻き込んで戦闘始めるとか、お前ら正気かァ!?」


「ばっかお前、人間がたくさんいたほうが魔物も自由に動けないだろうが! そらそら!」


 おっ、ゼインがフレア・タンと戦い始めたみたいだ。

 ゼインには、レヴィアが使ってた魔剣を渡してある。

 とにかく、相手の足止めや時間稼ぎが得意な叔父さんなので、こっちの準備が整うまで持ちこたえてもらおう。


「マリエル、あなたは人と魔物を見分けて攻撃したりは?」


「ええ、可能です。少々詠唱が長くなりますから、その間はお任せしますわ」


「了解しました。私も少々、魔法で攻撃をしてみたくてですね……」


「あ、やばい、姫様、ちょっと遠ざかる。クリストファが攻撃するぞ」


「むっ!!」


 レヴィアが俺の首に手を回して体を固定する。

 俺はその場から、急速に後退した。

 直後、馬鹿でかい光の剣みたいなものが生まれて、大聖堂の上半分をスパッとスライスした。

 狙いを外したな。

 ってか、あれは狙いが正確だったら仲間ごと大聖堂を切断してたな。

 人間も魔物も巻き込んで阿鼻叫喚になっているであろう、大聖堂跡。

 これを遠く眺める辺りに着地した俺たちである。


「よし。着替える暇は無い」


 レヴィアはそう宣言すると、スカートに手を掛け、勢い良く破り捨てた。


「ちょっと勿体無いですな」


「何、本当にこういう衣装に身を包む時はまだ後だ」


 おや、レヴィアはドレスを着る気があるのかしら。

 チラッと俺を見て、笑った。


「今は動きやすい方が優先だな。素手、素足でいい」


「奇遇ですな。俺も何もつけてないのが好みです」


「いや、ウェスカーはすぐ裸になるからな。よし、行くぞ! 私を運べウェスカー!」


 ぴょんと俺の腕に飛び乗ってくるレヴィア。

 あっ、これはまたお姫様抱っこをご所望ですかね。


「この体勢から使える技を考えたのだ。耳を貸せウェスカー」


「ははぁ、ろくでもないことを考えますね。面白い! やりましょう!」


 戦場に舞い戻る俺たちである。

 眼前で、マリエルから放たれたと思わしき、無数に枝分かれした水流が放たれている。

 これが半壊した大聖堂に叩き込まれると、次々にトーチマンたちが打ち上げられていく。

 そこへ向かって、飛び上がるボンゴレ。

 尻尾から次々放たれる光線が、魔物を穿つ。

 パンジャが撃ち出した光の網が来賓を絡め取り、片っ端から大聖堂の外へ投げ飛ばす。


「皆さん、どんどん外へ! さもないと、私たちが皆さんを放り出しますよ! 大丈夫、死んでもちょっとの間なら復活させられますから」


 にこやかに笑いながら、来賓に呼びかけるクリストファだ。

 みんな真っ青になりながら逃げているじゃないか。

 追いすがってくるトーチマンを、我らが新メンバー、オークのチョキが押し留める。

 具体的には。


「ぶい、ぶいー!」


「チョキがんばれー!」


 メリッサに応援されながら、ちっちゃい槍を持った直立する子豚が、トーチマンのスネの辺りをちくちく刺していやがらせをしているのだ。

 地味に痛いので、トーチマンが嫌がってチョキに攻撃しようとする。

 すると、子豚モードになってササッと逃げる。

 で、無視するとまた戻ってきてスネを槍で突く。

 これを複数のトーチマン相手にやるのだから、なかなかのマルチタスクだ。

 おかげで、トーチマンの大渋滞が生まれる。

 ここにマリエルの攻撃魔法が叩き込まれる、と。


「さ、行きますよ姫様!」


「よし、私を撃ち出せ、ウェスカー!」


「アイサー!」


 俺は空から大聖堂へと突っ込む。

 お姫様抱っこしたレヴィアの足を、ゼインと戦うフレア・タンに向けた状態だ。


「あァ!? なんだお前ら、それは!?」


「姫騎士射出!」


 俺の両腕から、大量のエナジーボルトが放たれる。

 レヴィアを包む、雷のオーラみたいなものがこれと反発し、紫と金色の光が螺旋を描いた。

 魔将めがけて一直線に道ができるのだ。

 この上を、猛烈な速度でどんどん加速しながら、レヴィアが滑る!


「覚悟せよ、魔将ーっ!!」


「な、なんだそりゃぁぁぁぁっ!?」


 回避しようとするフレア・タンだが、全く間に合っていない。

 その胸板に、見事にレヴィアのキックが炸裂する。

 纏った雷の衝撃が爆発し、炎を吹き散らす。


「うおおおおおっ!!」


 ぶっ飛んだ魔将は背面の大型ステンドグラスを粉々に砕き、大聖堂の外へと放り出された。


「姫様を撃ち出すこの技、ゴリラ・ミサイルと名付けよう」


 素晴らしいネーミングに、俺は自分のセンスの良さを自画自賛するのだった。

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