第77話 叔父さん、大いに語る
「ウェスカーじゃん!! おかえり!」
橋の街ハブーに入ると、作業着っぽいオーバーオールに三つ編み、キャスケットを被った娘が走ってきた。
アナベルだ。
「おー、アナベルは今日も元気そうだな!」
「そりゃもう! あたいは常に元気だよ! ウェスカーはあれ? ちょっと逞しくなったんじゃない?」
「フフフ、海で泳いできたからな」
「へえ! 道理でちょっと日焼けしてるはずだ!」
俺と彼女とで、パーンと手を打ち合わせ、その後、拳と拳、腕と腕、最後にがっしりと組み合わせた。
顔を見合わせて、ふはは、と笑う俺とアナベル。
「甥っ子にあんなに親しそうにする女が……! やるじゃねえか」
「えっ? 私だってウェスカーさんと仲いいでしょ?」
「メリッサはお子ちゃまだからな」
「なんですってー!! ボンゴレー!」
「うおー!?」
後ろでゼインとメリッサが何やらやり取りしている。
「アナベル、兄の人は今日はいないのかな」
「兄貴、ウェスカーのライバルだもんねー。残念だけど今日は仕事。いよいよ海に漕ぎ出せるようになったからって、街の動力部分をいじるんだって。これってさ、ウェスカーたちがやってくれたんでしょ?」
「もちろん!」
「やるう!」
「ええ、やるのです」
スッと会話に混ざってくるクリストファ。
「あーっ、イケメンも一緒じゃん!」
いえーい、とクリストファと手のひらを打ち合わせるアナベル。
大変元気だ。
「話は聞いてるぜ! これから国の仕事をしに行くんだろ? 頑張ってきて! ……それから」
アナベルが目を細めて、ヒソヒソ声になった。
「姫様結婚するって本当? どこの豪傑よ、そんな男。っていうか、あの人、噂に聞くだけでも人間が相手できる気がしないんだけど」
「うむ、そのような話がある。ということで、さっさと仕事を済ませて戻らないとなのだ」
「このように、ウェスカー自身、よく自分の感情が分かっていないようです。アナベルからも言ってあげて下さい」
クリストファは、何をよく分からんことを言っているのだろう。
だが、アナベルは理解したようだ。
得意げに小鼻を膨らませると、胸を張った。
うん、姫様の半分でもあれば良かったのにな。
「ウェスカーあんた、あたいの胸が無いって思ったろー! きー!!」
「な、なにぃ! なんでわかったんだ」
「ウェスカーはさ、顔に全部出るんだけど、きっとそんな事考えてるなんて、ありえないって状況で顔に出るから、見てる人にはむしろ分かんないんだよ! だから、なんかモヤモヤっとしたら、その気持に正直に突っ走った方がいいよ! ……まあ、あたいも経験は無いんだけど」
よく分からんが力強い言葉をもらってしまった。
ハブーを通り抜け、手を振って見送る彼女を見つつ、離れていく。
マリエルがこれを見て、
「ウェスカーさんは立ち寄る町ごとに親しい女性がいるのですか?」
そんな事を言う。
メリッサが何故か咳き込んだ。
「そ、それは無いです! ウェスカーさん、多分異性として見られてないですから」
「まあ、そうなのですか。ですけれど、先程のアナベルさんと言い、メリッサさんと言い、気を許せて頼れる男性がいるということは、良いことですね」
「そ、それはそうですけどぉ」
メリッサの分が悪くなっている。
珍しい。
何かよく分からん理屈で、マリエルがやり込めたようだぞ。
これは我がパーティのご意見番の立場が、入れ替わる時がやって来たか。
「ウェスカーさん、その顔、またへんてこなこと考えてるでしょ! 違いますー!」
時折メリッサは俺の心を読んだような物言いをするなあ。
そんな妙な感じの空気で、俺たち一行は現場に向かう。
レヴィアがいないと、調子が出ないな。
「おお、来てくれましたか皆さん! なんかまた二人増えて一人減っているような」
「ただいま! お話きかせて!」
「おお、メリッサ! 背が伸びたんじゃないか? なんかまた魔物が一匹増えたような……。そうだ。実は怪しげな鳴き声というのが……」
エフエクス村に到着し、今回の依頼の話が進んでいく。
俺はぼんやりと上の空である。
眺めている島の向こう側は、確かに海ではなく、陸地に変わっていた。
どこまで広がっているのか分からないほど、地の果てまで続く森。
遥かな向こうに、山みたいなのが見える。
あの山はでかいなあ。
「おう、甥っ子。珍しく考え込んでるな」
ソファゴーレムに腰掛けてぼうっとする俺の隣に、ゼインが乗り込んでくる。
うちのパーティで一番体が大きい男なので、ソファはバランスが崩れたようで、『ま”、ま”!』とか言いながら慌てて体の傾きを調整し始める。
「いや、何も考えて無かった。だけどちょっと調子が出なくてなー」
「ああ、分かるぜ。お前な、それは姫様のことが気がかりなんだ」
「そうなのかなあ」
「そうだろうが」
ゼインが断言した。
ゼインまでも、俺の心を読んだようなことを言うのだ。
「なんで分かるんだ?」
「顔に書いてあるだろうが。お前な、今まであまり、何かに執着することがないままに生きてきただろ。だから、みんなお前のことを変だと思ったし、お前はお前で、何者にも縛られないで自由にやって来たわけだ。ミンナ姉さんもな、結婚するまでは割りと自由な人だったからよく分かる。ウェスカーは、姉さんにそっくりなんだよ」
「母かあ」
「ミンナ姉さんは好きだろ?」
「うむ、俺は母のことは大好きだぞ」
そこは何のてらいもなく言える。
今の俺があるのは母があってこそである。
「じゃあ、母親が死んだ時悲しかったか?」
「うーむ……分からないな」
多分悲しかったのかもしれないが、あまりそのことは記憶に無い。
母が死んでも、俺はすぐに、野山に遊びに行ってしまったからだ。
母から教えられた事や、褒めてもらった事は、全部俺の中にあったし、それを俺が忘れないでいる限り、母は近くにいるのだと感じ続けていたからだ。
「うん、悲しくはあったが、別に大丈夫だった」
先程の言葉を訂正する。
ゼインが頷いた。
「お袋が死んだ時のミンナ姉さんもそうだった。お袋は死んでも、お袋の教えや心は自分たちとともにある、とか、泣いてる俺に向かってあの人は言ったもんだ。でな」
ゼインが俺の額を小突いた。
「いてっ」
「お前はな、大事だと思えるものを見つけたんだろう。ミンナ姉さんの教えの通りに生きてたお前が、初めて自分で、素晴らしいものを見つけた。それが」
「姫様か?」
脳裏に、情景が浮かび上がる。
姫騎士が雄叫びをあげながら、ゴーレムの膝を殴って砕く光景だ。
ザ・ゴリラ、という言葉を思いつく。
「確かに、あれは凄い」
俺は深く頷いた。
「だろ? お前が初めて執着するものができたんだ。これはな、もう少し進むと男と女の機微みたいになる。俺はその辺の経験が豊かだから分かるんだ。だがな、まだお前も姫様も、あれだ。てんでお子ちゃまだ。お互いよく分かってない。なので、大人たる俺は、迷える甥っ子の背中を押してやろうというわけだ」
「どういうことなんだ、ゼイン?」
俺の頭は混乱してきた。
何を言いたいのかよく分からんなあ。
だが、いつもは分からないものは、分からないままにしておけるのだが、今回はゼインの言葉が気になってならない。
「一つ聞くぞウェスカー。姫様と離れ離れになってもいいか?」
「嫌だな」
即答した。
割りと自分でびっくりする。
そうか、俺は姫様が物理的にじゃなく、結婚したりして自分とは遠く離れたところに行くのが嫌だったのだな。
「ならどうする?」
「ふむ」
少し考えた。
ならば、やることはなんだ。
一つしかあるまい。
「いやがらせをしようと思う」
「よし、やって来い!」
ゼインが俺の肩をバンと叩いた。
「あと、ついでに姫様をさらって逃げてこい!」
「ほう、さらう、と言うと……」
「いつもの要領で、あの人を抱きかかえて飛んで逃げればいいんだ」
「なるほど!!」
俺の中でモヤモヤしていたものが、一瞬にして晴れ渡った心持ちだった。
何をすればよいのか。
明確に分かってくる。
つまり、いつも通りだ。
「じゃあ、この仕事もさっさと片付けるか」
「その意気だぞ!」
俺は鼻息も荒く、ソファから飛び降りる。
そして、依頼の状況説明をメリッサから受けた。
山のある森の方向から、不気味な鳴き声が……。
「よし!!」
メリッサを抱えて、勢い良く飛び上がる俺である。
「きゃーっ!? な、なんかウェスカーさん元気になってる!?」
「うむ……。迷いは晴れた!」
「フャン!」
ボンゴレが元気に鳴いた。
おお、ボンゴレ、分かるか。この俺の晴れやかな気持ちが。
「フャン!」
メリッサの腕の中で、アーマーレオパルドが尻尾の先から光線を放つ。
森に降り注ぐ光線。
「よし、俺も負けないぞ! エナジーボルトだ!」
俺もまた、目から光線を放って森を薙ぎ払う。
『ウグワーッ』
なんか悲鳴が聞こえた。
さあ、この仕事を片付けて、レヴィア姫をさらいに行くのだ。
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