第76話 へんてこな任務を言い渡される
「えーっ! 姫様の前で言ったの!? 言ったのーっ!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねて俺の二の腕をぺちぺちしてくるメリッサ。
耐性がついてるのか、ローブの上から俺に触っても平気そう。
というか、こんなに嬉しそうなメリッサは初めて……いや、食事時によく見る。
「なんでしょうか。何を喜んでいるのですかメリッサさん」
マリエルまでやって来た。
今は、ソファゴーレムを磨いている最中である。
このゴーレムは大変性能がいいので、自分でお風呂に入ったり、体を洗ったりできるのだ。だが、体格の都合上、どうしても自前の腕では届かないところがあるので、俺がこうして磨く。
「聞いて聞いてマリエルさん! あのね、ウェスカーさんったらねー、とうとう! 姫様と余所の王子様の前で、プロポーズを!!」
「まあ! 殿方同士でですか?」
「違う違う!」
マリエルが凄い聞き間違いをしている!
なんで嬉しそうなんだろう。
こういう魔将いたなあ。
「おや、ウェスカーが姫様と結婚するのですか? それはめでたいですね」
クリストファまでニコニコしながらやって来た。
彼等は暇なんだろうか。
いや、暇なんだろう。俺も暇だからなあ。
「なんだと!? 甥っ子がついに色気づいたか! ……いや、いくらなんでも遅いだろう。お前二十歳過ぎてるじゃないか」
叔父さんが来たので、これでフルメンバーだ。
どこで聞きつけてきたんだろう。
「いいかみんな。勘違いしているようだが、俺は別に姫様に求婚などしてないぞ。王子が結婚は国と国のやりとりで、勇者がお姫様を娶るのは物語の中だけだと言っていたからだな、魔王軍も物語の中だけだったのに現実に出てきているから、勇者がお姫様を娶るのも現実で良いんじゃね? と言ったのだ」
「それは真っ向からのプロポーズだよウェスカーさん!!」
「ウェスカーさんやりますね。男らしいです」
「間違いなくプロポーズですね」
「王族の前でよくやるもんだぜ……」
「フャンフャン」
『キューキュー』
ボンゴレにパンジャ、お前たちまで!
おかしい……。
仲間たちに囲まれて、大変掃除がし辛い状況の俺であったが、そこにやって来たゼロイド師に救われる形になった。
「君たち何をしているんだね? ああ、済まんが、頼み事を頼まれてもらえないだろうか」
俺たちが回収してきた、海を表す巨大なワールドピース。
それを調べていたらしいゼロイド師が、こうして足を運ぶとは珍しい。
「わざわざ来るなんて、なんかあったんです?」
「ああ、うむ。私も研究に没頭していたいのだが、研究費を減らすぞと脅されてな。陛下はよほど必死らしい……。ああ、そうそう。陛下直々の君たちへの依頼だ。何せ、君たちはどこにも所属していない、言うなればレヴィア殿下の仲間たちだからな。依頼という形で、報酬も出る」
「ははあ。なんですかね」
「食堂で話そうじゃないか。報酬には食堂でのスペシャルランチもついている」
「行こう」
「行こう!!」
俺とメリッサがやる気になったので、この依頼は受けることが決定してしまったのである。
「おおお!!」
「あああ!!」
俺とメリッサの咆哮が響く。
本来、みんなで取り分ける用の大皿に、堅焼き、ナッツ入り、レーズン入りのパンのスライスに、ジューシーに焼けた分厚い肉、そして甘く煮込んだ色とりどりの豆に根菜。
早速とびついた俺とメリッサが、猛烈な勢いで貪り喰らい始める。
「食べながらでいいから聞いて欲しい」
「わたくし、地上の食事はちょっと重くて……」
「あ、じゃあ俺と半分こしようぜ。俺もなあ……重い肉とかが胃にもたれるようになってきてなあ……」
「ああ、ゼロイド。彼等のことを気になさらず。私が代表してお聞きしましょう。大丈夫、誰が聞いても一緒ですから」
クリストファがにこやかに微笑みながら、スペシャルランチをひょいぱく、ひょいぱくと処理しつつ、ゼロイドの話に耳を傾ける。
「ああ、助かるよ。君たちがワールドピースを集め、世界を広げていったおかげで、エフエクス島の奥にさらに大きな島が出現した。さらに、ハブーの周囲を包んでいた見えない壁が消え、あの橋の街は自由に移動できるようになったようだ。だが、問題があってな。大きな島から夜な夜な、不気味な鳴き声が聞こえてくるという。エフエクス村の人々がすっかり不安がってしまっているのだ。君たちはこの鳴き声の出元をつきとめ、それが魔物の仕業なら退治してきてもらいたい」
「魔物なんですか。いいでしょう、引き受けます。それで、姫様は同行されるのですか?」
すると、ゼロイドが目を逸らした。
「殿下はな……こう、お忙しいので同行はできない」
「もふぉ」
口いっぱいに食べ物を詰め込みつつ、俺は察した。
これは俺たちに仕事を与えて、それで美味しいものを食べさせて太らせる作戦ではないか。
メリッサなど食べ盛りだから、どんどん際限無く食べて丸々っとしたぽっちゃりガールになってしまうぞ。
ユーティリット王国、恐ろしいところだ。
それはそうと、このランチは美味い。
俺とクリストファの目が合った。
「ウェスカーも気付いたようですね。これはつまり……」
「ああ、とんでもない事を考えやがる」
メリッサを太らせようとはな。
俺の隣で、素晴らしい勢いで食べ物をお腹に収めていくメリッサ。
ボンゴレとパンジャが、明らかに許容量より多そうに見える食事を平らげる主人を見て、心配そうである。
「ウェスカー、この仕事……」
「いや、だが、実際に困っている人がいるかもしれないしな。それに、問題が起きたなら、後でどうとでもしてやるさ!」
俺の前にあるランチは無くなっていた。
メリッサがおでぶになっても、一緒にランニングしてダイエットすればいいだろう。
「なるほど……。流石です、ウェスカー。恐らく、あなたのそういうところを、魔王は一番恐れているのでしょう」
クリストファは一瞬面食らったようだったが、すぐに嬉しそうに笑った。
そうか、魔王はメリッサをダイエットさせる俺を恐れている……。
なんでだ。
ソファゴーレムに荷車を取り付けて、またも走り出すのである。
振り返ると、遠ざかる城の塔にレヴィアがいた。
大変羨ましそうな顔をしてこっちを見ている。
いつもなら、塔をあのパワーで破壊してこっちにやって来そうなものだが、どうしたことであろう。
「何らかの条件を出されて、城に縛られているのかもしれませんね。ウェスカー、これは早めに案件を片付けて戻って来たほうが良さそうですよ」
「縛られ? 鉄の鎖も引きちぎるような人なんだけどなあ。だけど、早く戻らなきゃってのは納得だ。そうしよう!」
半日も街道を走ると、故郷のキーン村が見えてくる。
あれっ?
なんだか、記憶にある頃よりも随分栄えている気がする。
村を囲んでいた、魔物除けだった障害はきちんとした壁になり、掘っ立て小屋みたいなのが多かった建物は、真新しい木と漆喰で作られた家になっていた。店も増えているぞ。
それに、村人だけじゃ説明できないくらい、たくさんの人達が行き交っている。
そう言えば、街道でも道を行く人たちを多く見かけたな。
「ウェスカー!」
ちょうど村の入口で、荷馬車に乗った商人と話していた男が、俺に気づいて手を振った。
「ありゃ。パスカーじゃないか。兄がこんなところで何をしてるのだ」
「ああ、聞いてるぞ。お前たちのお陰で世界が広くなってな。海を超えて、どんどん人がやってくるんだ。お陰で、キーン村は旅人を受け入れることになって、ご覧の忙しさだ!」
パスカーは、俺が見たこともないくらい生き生きとした顔をしている。
よくよく見ると、村人たちもぎこちない笑顔を浮かべて、店なんかやっているではないか。
彼等、割りとよそ者とか苦手だったはずなのだが、お店をやる関係上、接客しないといけないわけだな。
「これからもどんどん、やって来る人は増えるだろう! 世界は広がっている……! だから、その、だな」
メリッサが何やら、ピンと来た顔をして、俺を肘でつんつんと小突く。
なんだなんだ、くすぐったい。
「あんな風に、お前と姫様を追い出して、悪かったな」
「ああ、なんだ、そんなことか。いいぞいいぞ、許す」
「軽っ」
「いや、だがなメリッサ。別にあれはあれだろう。俺は俺で姫様と一緒で楽しかったので問題ないのだぞ」
「ウェスカーが旅立たなければ、普通に世の中は大変なことになっていましたからね」
「そうそう」
「そうですよね」
「そうそう」
「なんか、クリストファさんが入ってきたせいで、話がうやむやになったような……」
「いいのですよ。ウェスカーにはここで立ち止まられては困りますからね。まだまだ、神々は封印されていますし、そろそろ魔王も本格的に動き出すでしょう。結果的に問題なかったという、ウェスカーの言葉も正しいのですよ」
「ってことで、通過する。じゃあな、兄よ」
「お、おう」
俺たちは、ポカンとするパスカーを置き去りにして、海へと向かうのである。
視界いっぱいに広がる砂浜。
そして、堂々とそびえ立つ橋の街。
「急げ急げ!」
なんだか分からないが、気が急く。
ってことで、大急ぎで仕事場所へと向かうわけなのだ。
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