第75話 鉄格子ごしの会談

「どーれ」


「あっ!!」


 姫様が待っている部屋に、俺が一番乗りである。

 入り口を守っていた、完全武装の兵士が大慌てだが、彼の手をぬるりと軟体動物みたいに掻い潜り、俺は文字通り室内へ滑り込んだ。


「むっ! 王子とは、随分ウェスカーに似ている……!!」


 レヴィアの声がした。


「そりゃあもちろん、ウェスカーですから」


 俺が起き上がると、目の前にあるのは鉄格子だ。


「おや? 何か猛獣でも飼っているのかな……?」


 立ち上がり、鉄格子を掴んでみると、その奥に真っ白なドレス姿の美女がいる。

 長い金髪を結い上げ、色とりどりの宝石で飾っている。

 肌は白くて、首筋から肩に続くラインには実戦で鍛え上げられた筋肉……あっ、これレヴィア姫じゃねえ?


「確かに猛獣がいた」


「猛獣だと!?」


 途端に、目を輝かせて辺りを見回すレヴィア。

 その手足から、ジャラリと音がした。

 これは鎖で繋がれていますな。

 この人を一箇所に止め置くためには、賢明な措置であると言わざるを得ない。


「あっあっあっ、貴様、きちゃまーっ!!」


 血相を変えながら、次に飛び込んできたのはガーヴィンだ。


「貴様、礼とかそういうのを知らんのか!? 礼儀として許嫁である王子が先に入るものだろう!! そうでなくても、向こうの護衛が先に入って危険を確認してだな!! あーっ! 何を鉄格子を掴んでレヴィアと語らっているかーっ!!」


「ははは、王子は元気ですな」


 俺が朗らかに笑うと、ガーヴィンはばったり倒れてのたうち回った。


「あきゃーっ!! レヴィアと言いレヴィアの仲間といいこんなのばかりかーっ!! ぬぐわーっ!!」


 しばらく見ない間に、ここ王子は感情表現の幅が出来たな。

 ばたばたする様が大変楽しそうだったので、俺も倒れ込んで同じ動きをしてみる。


「あきゃーっ!」


「あきゃーっ!」


 二人でやっていると、後から入ってきたアードロイド王国の護衛が、「ええ……」とかとても困惑した声を出した。

 フレアス王子も入室してくる。


「何をやっているのだ? 楽しそうだな、オレも混ぜろ!」


 混ざってきたぞ。


「うむ。よくぞ来られたフレアス王子とやら。それは我が王家の正式な作法だ」


 しれっと嘘をつくレヴィア。

 どこかに隠れていたらしい侍女が、慌ててレヴィアの口調をたしなめる。


「姫様! フレアス殿下の御前なのですから、きちんと淑女らしい言葉遣いというものを……」


「知らん! これが私だ! 飾るつもりなどないぞ? うだうだ指図をするならば、この手足の鎖を今にも引きちぎる!」


 有言実行レヴィア姫。

 早速左腕に巻かれていた鎖を、力任せにぶちっと千切った。

 まるでボロの縄を千切るような要領で、鉄の鎖を壊す人である。

 明らかに最近の戦いを経て、姫騎士は強力になっていた。


「ひいーっ、お、お助けーっ」


 侍女が逃げ出していった。

 そりゃあ、鉄の鎖を引きちぎるような幻獣ゴリラめいた女子と、同じ檻の中では生命の危機も感じよう。

 俺みたいに慣れていないと、なかなか大変だと思うね。

 後ろの方で、フレアス王子は存分にじたばたして満足したようだ。

 心地よい汗を掻きながら起き上がる。


「ああ、たまにはこうして理性を投げ捨てるのもいいものだな……。初めてお目にかかる、レヴィア王女。ユーティリットの習慣、なかなか良いものだな」


「ほう」


 爽やかに笑うフレアスに、レヴィアが目を見開いた。


「姫様がちょっと興味を持ったようですな」


 俺が解説すると、なるほどと頷くフレアス。

 こうして、この鉄格子を隔てた、風変わりなお見合いが始まった。

 ガーヴィン王子は、後からやって来た兵士が回収していった。

 兵士は俺も回収したがっていたようだが、下手に俺のローブに触れると彼等はぶっ倒れてしまうのだ。

 ということで、俺はフレアス王子と並んで座ることになった。


「うーむ……変わった趣向の見合いだな……。オレも物語の中では、かつて存在していたという様々な国の婚姻の話を聞いてはいたが、関係ない男と隣り合って座るような形式は初めてだ」


「ユーティリット王国のならわしでしてな」


 俺は適当な事を言った。

 茶とかお菓子が出てきたので、俺はお代わりぶんのお茶まで要求し、むしゃむしゃお菓子を食べ始める。


「あっ、どうぞ続けてください」


「うむ」


 フレアス王子が重々しく頷いた。

 あまり動じない人である。


「レヴィア姫。オレの名はフレアス。フレアス・アードロイドだ。あなたがたによって、隔てられた世界から開放された、アードロイド王国の王子だ」


「ふむ、あなたたちの世界もまた、ワールドピースによって封印されていたのか」


 レヴィアが腕組みをすると、鎖がじゃらりと鳴った。

 どうしてこういうゴージャスなドレスは、胸元が半分あらわになっているのだろうな。

 お菓子を食べながら、じっとそこを見つめる俺である。

 ゴージャスなドレス、最高。


「そういうことになる。我が国は突如として、周囲を包んでいた山が消滅し、見渡す限りの巨大な水たまりが出現した。これが物語に聞く、湖というものだとは思ったのだが、対岸にあるらしき国は、どうやら廃墟のようになり、廃れているではないか。そこで、この世界に唯一の王国だという、ユーティリットの話を聞いてここまでやってきたのだ」


 そう言えば、海の世界のレヴィアはほとんど裸みたいな格好だったが、あれも良かったなあ。

 しかしドレスはドレスで、隠れてしまうからこそわかる良さみたいなものがある気がする。


「それにしても、婚約とはいきなりな話ではないか? 私たちには、まだ成すべき仕事がある」


 レヴィアが足組をする。

 ドレスがその形にふわりと動いていくのがまた、想像を掻き立てられるな。

 お茶とお菓子が進む。


「だからこそだ。オレは、宮廷で人の噂だの、恋の話だのに浮かれているような女たちには飽き飽きしているのだ! あなたのような、進むべき道を定め、ひたすらに邁進している女性の話を聞いた時、これはオレのものにせねばならないと確信したのだ!」


「フレアス殿下、俺のお菓子なくなったんでちょっともらっていいですか」


「ああ、構わんぞ」


 太っ腹である。

 なかなかいい人じゃないか。

 俺はもりもりとお菓子を食べた。


「むむ、それは……」


 俺の言葉じゃなく、フレアスの言葉に、レヴィアがむむむ、と眉根を寄せる。

 この人、男性に褒められるのに免疫がないので、こうして肯定的な話をされと戸惑うのだ。

 ナーバン相手でも、口車に乗せられかけていたからな。

 姫騎士は頭を使うのが苦手だ。


「なに、魔王軍とやらを追うのだろう? それはオレの妃となってからでも出来る! むしろ、あなたの国とアードロイド、二国があなたたちを支援することになるだろう! これはオレとあなただけの問題ではない。国と国、果ては、世界のためにも有用な選択だとは思わないか?」


「そ、それは、そうかもしれない……」


 反論する言葉を持たない姫様である。


「あ、ちょっといいですかフレアス王子」


 ということで、俺が加勢に入る。


「ふむ、なんだ、魔導師ウェスカー。申してみよ」


「もう、この国とそっちの国で、合意は出来上がってるんですよね? ってことは別に放っておいても、自動的に婚姻関係ができちゃうんでは?」


「ああ、そういうことになるな。だが、花嫁の姿を見てみたいというのは、男のさがではないか」


「勝利宣言をしに来た的な?」


「そういう見方をすることも出来ような。誰にと言えば……」


 じっと俺を見てニヤリと笑う。

 なぜだ。

 だが、なんとなく分かってきたぞ。

 この王子の目的は、姫様だけじゃないな。


「姫様はどうなんですかね」


「うーむ……。私はそういうのは全く分からん」


 だと思った。


「オレの妻となるあなたには、アードロイド王国が最大限の助力を約束しよう。この魔導師ウェスカーはユーティリット王国の支援を受け、あなたたちは今までに倍する力を得て魔王軍と戦うことができる。何をためらう必要があろうか」


「あっ、やっぱり俺と姫様は二分される感じですか。それはダメですなあ」


 フレアスから帰ってきた言葉を聞いて、俺は判断をつけた。

 この結婚は、無かった方向で。

 王子は訝しげな顔になる。


「駄目とはなんだ? これは、二つの国が決定した決定事項であるぞ? 一介の魔導師風情がどうこう言えるものでは……」


「まあまあ。物語にはですね、悪い魔法使いや、怪物を討ち果たした勇者が王女様と結婚する話も色々あるわけで」


「それは作り話に過ぎないだろう」


「魔王軍が現実にいたのに? いないと思ってたのがいたんだから、作り話が本当の話だっていいんじゃないですかね」


「……貴様、それが一体、何を意味している言葉なのか、分かって言っているのだろうな?」


「えっ、何を意味するんですかね」


 割りとノリで喋ってたので、言葉の意味とか考えていないぞ。

 すると、檻の向こうでレヴィアが重々しく頷いた。


「ウェスカー、それはだな。そなたが私を娶ると言っているのと同じことなのだ」


「ほう!」


 俺はびっくりした。

 ということで、何やら大変な流れになり始めるところで、このお見合いは終了を迎えるのである。

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